「ティアーズ・オファード・トゥ・ザ・ソウル・オブ・クロム」(無修正版)前編 ――『ニンジャスレイヤー』二次創作小説

サイバーパンクニンジャ活劇『ニンジャスレイヤー』(@NJSLYR )の二次創作小説、前編です。 ・前編(このまとめ) ・後編(http://togetter.com/li/628117 )
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うさぎ小天狗(実写版) @USAGI_koTENGU

寝室の暗がりで、マコはハンナリを抱き寄せる。二人の唇が湿った音をたてる。「……だめよ」パサついた髪の脂じみた匂いを一心に嗅ぐマコにハンナリが言う。「今日はどうしたの……わかってるでしょ」「……悪い」「あと少しだから、我慢して」  9

2014-02-03 20:31:12
うさぎ小天狗(実写版) @USAGI_koTENGU

……フートンに二人横たわって、耳元に寄せられたハンナリの唇から規則正しい寝息が聞こえてきても、マコは目を開けている。その視線は、時折暗闇にぼんやりと形を結ぶ、壁の革ブルゾンのポケットに注がれる。いつしかブルゾンは透け、中の紙袋も透け、無骨な拳銃だけが暗闇に浮かぶ。 10

2014-02-03 20:33:16
うさぎ小天狗(実写版) @USAGI_koTENGU

……数時間前。「貴様には重大な任務を与える。」バラクラバの男、ヴァンキッシュは外国訛りの入った口調でそう言って、マコの前に紙袋を置いた。「明日の決行に際し、……なに、緊張するな。実際危険なことなどない」マコはテーブルから紙袋を拾い上げ、その重さと中身の硬い感触に息を飲んだ。 11

2014-02-03 20:35:08
うさぎ小天狗(実写版) @USAGI_koTENGU

「貴様には女が……女と子供がある。俺達ハヤイ・ツカイテ団はメガコーポとそれに群がるアリどもと違う。慈悲の心を持っている」ヴァンキッシュの声が耳を素通り。「陽動だ。なに、一階カフェテリアで軽く騒ぎを起こすだけ。貴様にも簡単で危険が少ない」 12

2014-02-03 20:37:08
うさぎ小天狗(実写版) @USAGI_koTENGU

マコは紙袋の中身を取り出した。小型拳銃。弾装に六発。スライドを引くと空虚がマコを見つめ返した。腹にズンと重いアトモスフィア。それをかき消すように、マコはスライドを戻し、弾装を収めた。顔を上げると、ヴァンキッシュの左右に立つ組織幹部の笑みが見えた。嫌な笑みだった。 13

2014-02-03 20:39:17
うさぎ小天狗(実写版) @USAGI_koTENGU

彼ら……アナキスト集団「ハヤイ・ツカイテ団」は、明日、搾取的メガコーポ「マグロ&ドラゴン社」を襲う。社長誘拐の実働部隊が社屋屋上からの侵入する際、ケビーシどもの目を引き付ける騒動をマコが起こす。……ヴァンキッシュは非人間的な威圧感を湛えた声で手順を説明する。 14

2014-02-03 20:41:40
うさぎ小天狗(実写版) @USAGI_koTENGU

それもそのはず、ヴァンキッシュは人ではない……ニンジャなのだ。マコはニンジャがどんな存在か知っている。彼らは人ではない。彼は少年時代にそのことをイヤというほど知らされていた……遠い過去、彼がまだネオサイタマにいた頃……人として扱われなかった、あの頃に。 15

2014-02-03 20:43:17
うさぎ小天狗(実写版) @USAGI_koTENGU

「どうした、手順は説明した。今日はもう帰っていいぞ」ヴァンキッシュの言葉に、もごもごと礼を言い、マコは作戦室を辞去。閉まるドアの隙間から、ヴァンキッシュと幹部たちの嘲りが聞こえた。組織に入って日の浅い、食い詰めものだったところを拾われた自分を嘲ってのことだとわかっていた。 16

2014-02-03 20:45:12
うさぎ小天狗(実写版) @USAGI_koTENGU

恐るべきニンジャに率いられた非合法組織、そのサンシタ。十中八九、テッポ・ダマとして使い潰されるだけだ。だが、今更後には引けない。カネがいる。更にその理由まで、ハンナリのことまで知られている。逃げ出そうにも追手がかかる。それに……どこへゆけばいい?これ以上どこへ逃げられる?  17

2014-02-03 20:47:45
うさぎ小天狗(実写版) @USAGI_koTENGU

「ちくしょう」マコの苦悶は寝室の闇に溶ける。鼻の奥がツンと痛み、マコは慌てて目を閉じた。すると、彼のニューロンにしまい込まれていた記憶のバイパスがつながり、遠い過去の日々が思い出された……涙、マコが自己憐憫の涙にまみれた人生で、たった一度、他人のために流した涙。 18

2014-02-03 20:49:46
うさぎ小天狗(実写版) @USAGI_koTENGU

……低い唸りが途切れることなく響く、暗く薄汚い倉庫。その畳四十枚はあろうかというがらんとした檻が、マコたちの巣穴だった。『宮殿』と呼ばれた、巨大非合法施設の地下、巨大ボイラー室そばのデッドスペース。頭上に重くのしかかる、より巨大な施設の正式名称は思い出せない。 20

2014-02-03 20:53:18
うさぎ小天狗(実写版) @USAGI_koTENGU

マコを含めた九人の子供が、下水道のバイオネズミめいて、檻の中の檻に身を寄せ合っていた。すきっ歯のシンジ、くせ毛のタツヤ、あばた面のドヒコ、痩せっぽちのメメ。片手の小指がないジャクラ、太っちょのオーイシ、黒人とのハーフのロボ、背の高いドド、そして一番年上のマコ。 21

2014-02-03 20:55:26
うさぎ小天狗(実写版) @USAGI_koTENGU

彼らは『宮殿』の下働き……というより奴隷だった。ある者は施設クリーニング部門で大量の洗濯物と格闘し、ある者は搬入部門で力仕事。メメだけは彼女の姉で、かつて同じ奴隷であったユキらオイランたちの小間使い。……年長のマコは、シンジとともに、調理場でゴミ処理と清掃をさせられていた。 22

2014-02-03 20:57:12
うさぎ小天狗(実写版) @USAGI_koTENGU

ある日、シンジが死んだ。彼らの「主」である、恐ろしい料理人の怒りに触れ、蹴り殺されたのだ。身にまとう、濡れてすえた臭いを放つボロ布のようになった彼を、料理人たちはマコに捨てさせた。マコは両手のゴミ袋とともに、背負った「弟」の亡骸をダストシュートに投げ込んだ。 23

2014-02-03 20:59:32
うさぎ小天狗(実写版) @USAGI_koTENGU

その夜遅く、巣穴に戻ったマコの報告を、疲れきった弟妹は逍遥と受け入れた。すでに。彼らに他人のために流す涙はない。泣くことがあったとしても、それはそのような不条理を受け入れざるを得ない己の境遇を呪う涙だった。事実、マコのそうした嗚咽はボイラーの低い唸りにかき消された。 24

2014-02-03 21:01:44
うさぎ小天狗(実写版) @USAGI_koTENGU

そして……翌日、彼が現れた。 25

2014-02-03 21:03:22
うさぎ小天狗(実写版) @USAGI_koTENGU

(……マコはシンジが死んだその日以前のことを思い出せない。親の顔も、故郷の景色も。シンジ以前にも、死んだ「兄弟」はいたはずなのに、彼らの顔も名前も思い出せない。たぶん、シンジのように処理していったはずだ。なのになぜ……マコには長らくわからなかった) 26

2014-02-03 21:05:25
うさぎ小天狗(実写版) @USAGI_koTENGU

(しかし今、暗闇に横臥するマコは思い至る……彼だ。シンジが死んで、彼がやってきた。あの鋼の瞳をした、美しい少年。その日こそ、自分にとって忘れえぬ日々の始まりだったからだ) 27

2014-02-03 21:07:33
うさぎ小天狗(実写版) @USAGI_koTENGU

「フジオだ」美々しいトーガに身を包んだニンジャは、巣穴の前の廊下に並んだマコたちにそいつを紹介した。マコは最初、そいつをメメと同じ少女だと錯覚した。美しい、冷たい顔。ふくよかな頬は固くこわばり、不自然に整えられた灰色の前髪の下、くすんだ瞳がうつろにマコたちを眺めていた。 28

2014-02-03 21:09:28
うさぎ小天狗(実写版) @USAGI_koTENGU

「ザイゴ=サンが手が足りないというものだから、特別に増やしてやった」トーガのニンジャ……『宮殿』警備担当ニコメデスは子供の痩せた肩を撫でた。子供の頬がひきつるのをマコは見た。そういうことか、とマコはおぼろげに察した。調理場を仕切る料理人ザイゴにとってのシンジと同じなのだ。  29

2014-02-03 21:11:18
うさぎ小天狗(実写版) @USAGI_koTENGU

「せいぜい仲良くしろ。怪我させるなよ」ニコメデスは低い声で厳命し、屈みこんでフジオの耳元に鼻を寄せ、大きく息を吸い込むと、くるりと背を向けて廊下を歩み去った。サンダルの足音が消えるまで、八と一人の子供はそこに佇んでいた。 30

2014-02-03 21:13:15
うさぎ小天狗(実写版) @USAGI_koTENGU

ボイラーの唸りだけが聞こえるようになって、初めて、フジオの頬がゆるんだ。「来いよ」マコは鋼鉄の引き戸を両手で開けた。ドヒコがよろよろと、タツヤが片足を引きずり、ロボが、ジャクラが、ドドが、オーイシがそれに続いた。メメが最後に、何度も何度もフジオを振り返りながら巣穴に戻った。 31

2014-02-03 21:15:20
うさぎ小天狗(実写版) @USAGI_koTENGU

「どうした」棒立ちのまま動かないフジオに、マコは声をかけた。「そんなところに突っ立っててもなんもねえぞ」「……そうだね」変声期前の柔らかい声でフジオは答え、ぎくしゃくした動きでマコの側を通った。ふわりと石鹸の香りがマコの鼻孔をくすぐった。 32

2014-02-03 21:17:33
うさぎ小天狗(実写版) @USAGI_koTENGU

……その日から、フジオはマコたちの新しい「兄弟」となった。もっとも、フジオはシンジと違い、口数の極端に少ない少年だった。むっつりと黙りこむ横顔はメメの姉のユキと同じくらい美しかったが、美しいオイランの痩せた頬に時折浮かぶ柔らかい笑みとは似ても似つかぬ冷たさがあった。 33

2014-02-03 21:19:51