無名大戦；第一戦闘フェイズ　第七の狭間ログ

勇気fortitude @fortitude_nonam

何でもいい、という曖昧な欲に応えた『何か』は、剣の形を成した。それは『記憶』だった。フィルムを継ぎ接ぎにしたような、断片的で不連続な映像が、世界をスクリーンに映し出されるのを、《強欲》は見る。様々な時代、様々な場所、次々と風景が移り変わるのが、ある一瞬でぴたりと止まる。

勇気fortitude @fortitude_nonam

倒れた『俺』の傍らに、細剣を携えた女が佇んでいた。顔はヤスリで削られたようなノイズで判然としない。ただ、鏡に写したような赤い髪が印象的だった。 女は死にゆく『俺』の目の前にしゃがみこんで、砂埃と血に汚れて乱れた俺の髪を指で梳いた。 「最初から――は俺のものだったんだ、《――》。」

勇気fortitude @fortitude_nonam

劣化し、ざらついた音声が耳を掠める。女の声が言っている。 「名前をあげる。『キティ』、――。――、今度は――。」 ザザ、ザッ。ノイズが一段とひどくなって、映像は途切れた。 目の前には肉薄する『今』の俺と、『凝聚』された剣。『記憶』を垣間見る間に、実際の時間は少しもかからなかった。

勇気fortitude @fortitude_nonam

剣を取るなら、俺を切り捨てることは容易い。その形が、『記憶』の中の女が手にしていたものと、今、空気に突き立てられているものと、寸分違わぬ様であることの、意味を思わなければ。

強欲グリード @noname_greed

——なんだよこれ。 目の前に見えたそれに理解が追いつかない。ただ見るだけになる。『驚いている』のだとどこかが言って別のどこかが『唖然としている』と言う。 「……なんだよこれ」 こんなの知らない。わからない。目の前に剣が浮いている。ああそうだ武器。武器が欲しかった。

強欲グリード @noname_greed

何かを言っている。聞こえた声は意味にならない。理解できない。片方は《勇気》。もう片方は赤い髪の女。手を伸ばす。銀の剣を掴む。なんでもいい殺せば終わる。女が持っていた剣と同じそれを『強欲』が握る。意味なんて理解しなくていい感じなくていいそこにあればそれで良い。振るう。

強欲グリード @noname_greed

『強欲』に過去はない。『強欲』は最初には『凝聚』だけを持ってまっさらで最初に『凝聚し(手に入れ)』たのが『女』の『形』でその次に『凝聚し(欲し)』たのが『言葉』だったから『男』からそれを『奪』った。『強欲』にあるのはただ『凝聚』し続けた経験の蓄積と時間の経過の結果だけで。

強欲グリード @noname_greed

だから、理解する必要なんて無い。どうしてそう思うのかも。その景色の消える刹那にノイズの剥がれた女の顔から目を逸らしてただ剣をと頭の中の何処かが叫んだ理由もわからなくていい。握った剣を突き出す。防御の事など考えずにまっすぐに。 ——なんでも良い、なんでも良かった、これ以上は、

勇気fortitude @fortitude_nonam

手で突き出された細剣と、口にくわえた短剣とが、互いに交差すれば、どうなるか。相手に届いたのは、その一方だけだった。短剣は、音を立てて床に転がる。 片肺を貫いた剣の鍔が、俺の身を押しとどめた。鮮血が傷と喉から溢れ、呼吸を求めて激しく咳き込む。その動作で、刺さったままの刃が肉を抉る。

勇気fortitude @fortitude_nonam

この身体はもう、どう足掻いても助からない。ままならない呼吸では、言葉を遺すことさえできないだろう。 始める前に、名前を託せてよかった。と、思う。負傷の苦痛と敗北の悔しさに眉根を寄せながら、口元には笑みが浮かんだ。 ごぼごぼと血ばかりを吐き出す唇を動かす。 「いきて」 ああ、

勇気fortitude @fortitude_nonam

もう少しだけ、生きて、一緒にいたかったなあ――。

強欲グリード @noname_greed

短剣はただ、コートの袖を引っ掛けただけだった。布が裂かれる音はしても痛みは無い。貫いた感触は掌。細剣は簡単に《美徳》の胸から背へと突き抜ける。《勇気》の口から短剣が転がり落ちる。後を追うように溢れて流れた血が柄を握った手を覆う。袖を濡らしていく。途端に重くなる。

強欲グリード @noname_greed

《勇気》の顔が歪む。痛いはずだ。苦しいはずだ。それもすぐに終わるはずだ。もう手を離してしまったも結果は変わらない。ひとつ《美徳》が消える。 それがもう手に取るように分かるのに柄から手が離れない。放す事が出来ない。力を入れすぎたのか。それとも力が入らないのか。 《勇気》がわらう。

強欲グリード @noname_greed

『強欲』には感情がわからない。『強欲』には人間らしい心というものが解らない。人間らしいものは全てが模倣で『強欲』それ自身から表れるものなど『欲』しかない。 だからわからない。どうして《勇気》がわらうのか。わらえるのか。痛いはずだ。苦しいはずだ。わからない。心があればそうなるのか。

強欲グリード @noname_greed

わからないから。わからないのに。 その《勇気》の唇の動きには、どうしてか、喚き散らしたいような、心地がする。そんなの、言われなくても。 耳の奥がうるさい。大きく動いて疲れたわけではないのに自分の呼吸の音がうるさい。《勇気》が崩れ落ちる。倒れて行く。引き摺られるように座り込む。

強欲グリード @noname_greed

——細剣が突き立っている。柄を握った女は赤髪。倒れた男は鏡に写したような赤い髪。無造作に散らばって乱れたそれは、僅かにも動かない。

勇気fortitude @fortitude_nonam

彼女にとっては不意のことだったろう。『キティ』の手の中から、剣の感触が失われる。消え去ったわけじゃない。胸を貫く刃は鈍く丸まり、短くなって、傷の中に埋もれて見えなくなる。 どうしてそうしたのか。たぶん、言葉を遺すことができないから。それが遺せないから、何か、形を遺そうと思った。

勇気fortitude @fortitude_nonam

大して時間も経たないうちに、キンと細い音を立ててそれは床に転がった。『MY ALL FOR YOU』の文字が刻まれた、『銀で出来た十字架のピアス』。 持って行くなら、全部。『俺の死』ひとつきりしか受け取らないなんて、そんなことはしないで。ねえ、いつか《勇気》を担う、幼い《強欲》。

強欲グリード @noname_greed

唐突に掌のそれが消える。目を向けるより早く支えを失った腕が落ちる。たんと音を立てて『強欲』の手が《　　》の胸に落ちて跳ねる。まるで偽の鼓動をというように。理由が解らないまま苦しかった呼吸が少しずつ落ち着いてくる。甲高い音。ゆっくりとしか動かない顔を向ければそれが床に転がっていた。

強欲グリード @noname_greed

「——、ない、」 手を伸ばす。十字ではない。床に散った赤髪へ。掌で触れれば指が埋もれる。掴んでいるとも撫でているとも梳いているとも見えるだろう。 「足りない」 それでも『強欲』には『欲』しかない。『強欲』は『欲』でしかない。『総てを』などと言われる前から『総て』を奪って来た。

強欲グリード @noname_greed

『凝聚』する。《　　》の記憶を。記憶はそれを成す経験の総てであると『強欲』は知っている。差し出されるまでもない。そこにある傷も痛みも奪い取る。その『苦しみ』を理解しきるだけの『感情』を『強欲』は理解しない。だから良い。ここにあれば良い。『強欲』の手の中にあるだけで良い。 「全部」

強欲グリード @noname_greed

「全部だ、『総て』だ」 手に力が籠る。『凝聚』する。形にすらならず『それ』は『強欲』の中に流れ込む。 言葉だけは、続いていた。 「名前だけじゃ足りない。お前が持っているものすべて。生も死も生きた過去も生きる未来も《勇気》も《傲慢》も何もかも」 それで満たされる事など決して無いが。

強欲グリード @noname_greed

「——その《勇気》の死も全部、『俺』のものだ」 宣言。声は揺れる事なく。 赤髪から手を離す。転がった『銀で出来た十字架のピアス』を掴んで立ち上がる。迷わずそれを耳朶に突き刺せばそれが『総て』の証になる。『強欲』はそのまま背を向けて歩き始める。

強欲グリード @noname_greed

『強欲』は振り返らない。振り返るだけの『感情』など持ち合わせない。 　 ——ただひとつだけの『理解』を唯一の『傷』として。 　　——『強欲』は扉を潜る。