ヒフウ・イン・ナイトメア・フロム・リューグー#3

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@nezumi_a

「奴ら、ホテルおっ建てただけで満足しねぇでまた浜を削りやがって……昨日の大雨もきっと竜神さまがお怒りなんだ……コワイ、ナムアミダブツ……」「いい加減にしねぇか!」怒鳴る店員だったが、老人はナムナムと呟くだけで、また卓に突っ伏してしまった。49

2014-03-22 19:35:38
@nezumi_a

部外者が首を突っ込む話題ではないと判断した蓮子は一礼するとしめやかに退出する。 店を出た蓮子は携帯IRCトーカーを開いた。50

2014-03-22 19:36:22
@nezumi_a

……30分後。「それで、お昼も食べずに私は何をしているのかしら」合流したメリーが半目で問う。声も低くドスが効いている、昨日の荒天のような機嫌だ。夢見が非常に悪く、起きてからも朦朧としていたメリーは蓮子の電話で呼び出された。「そうね、いつもの活動?」気にした風もなく答える蓮子。51

2014-03-22 19:39:41
@nezumi_a

呼び出し指定は旧市街。健気にも合流したメリーだったが、食事はまだだ。それを告げると蓮子は「私は食べたから大丈夫」とケロリと答えた。メリーは反射的に飛び掛かりそうになったが、辛うじて自制する。空腹が増すだけだからだ。聞けばオーガニックマグロ丼だったらしい。許さない。52

2014-03-22 19:41:57
@nezumi_a

だが復讐は後でも出来る。シルバードラゴンは健在なのだ。「メリーが来るまでに調べたのだけど」「待って蓮子、この旅行って」「あー、うん。人魚の情報じゃないけど面白そうだったから、ネ?話だけでも聞いてよ」蓮子は用意しておいたバイオ笹タッパーを差し出す。中身はスクロール・スシだ。 53

2014-03-22 19:43:30
@nezumi_a

屋台などでも売られているもので、スシネタとシャリを海苔で巻くことで手に持って食べる事が出来る。マグロ以外のネタもあり、手軽にスシを楽しめるファーストフードだ。恨めしげな目でスクロール・スシに齧りつくメリー。一口で目つきが変わった。見る間に機嫌が回復すのがわかる。54

2014-03-22 19:45:31
@nezumi_a

「この辺りって昔は結構な規模の漁港だったらしいのよ」歩きながら説明を始める蓮子。「うん」追従するメリー。スクロール・スシは移動にも対応する。二人が進むのは旧市街でも海岸沿いの地区、港がある一帯だ。二隻の漁船が従順なサイバー馬の様に行儀よく繋留され、港は静けさに満ちている。55

2014-03-22 19:47:50
@nezumi_a

港の広さに対して船の数が少ない。「でも、そうは見えないわね」見回しながらメリーが言った。よく見れば二隻のうち一隻は破損している。船体の一部に焦熱痕があった。ただの事故ではない事が伺える。海上は治安の目が届きにくく、ヤクザクランが漁船を襲うことも少なくないという。56

2014-03-22 19:49:39
@nezumi_a

「今はご覧の状態ね」簡単には浮かんでこない巨大な魚めいた真実が見え隠れしているのを感じる。二人は歩く。堤防の斜面に魚のヒモノが並び、それを盗み食いしていた痩せ猫が二人に威嚇の唸りを上げる。干物の番をしている老婆の前を通り過ぎる。「原因はヨロシサン。リゾートビーチと、アレ」57

2014-03-22 19:53:19
@nezumi_a

港を通り抜けると道は上り坂になっており、一気に視界が開けた。崖から見下ろせば、そこは入り江だ。円状の入り江の直径は約五キロほどか、そして、そこに見えてくる巨大な人工物があった。「なに、あれ?水産加工場?」マグロ・スシ二本とナット巻きを平らげたメリーが、チャのボトルを傾ける。58

2014-03-22 19:55:32
@nezumi_a

「惜しい。あれはバイオマグロの養殖場」海に張り出すように建てられた工場プラントめいた建物。壁面には大きく『マグロ』『ヨロシサン』『安全』『育てるおいしさ』とミンチョ体で書かれており、施設の用途を過剰なまでにアピールしていた。59

2014-03-22 19:57:13
@nezumi_a

入り江を東西に挟む形で四角い建物が見て取れる。二人が立つ西側に大きい建物、東側は小さくまだ新しい。東側には入り江に張り付くように巨大な工事重機が見えた。入り江はマグロ養殖らしき網でいくつか区切られており、西と東をつなぐ通路が橋渡しされている。60

2014-03-22 19:59:41
@nezumi_a

かなり離れた場所にいる二人にも、ネギトログラインダーやマグロミキサーのインダストリアルな駆動音が聞こえてくる。誰がどう見ても養殖施設と水産加工場だ。「よくわらないわ。ヨロシサンは製薬会社でしょう?マグロの養殖までしているの?」61

2014-03-22 20:01:50
@nezumi_a

江戸の頃より続くヨロシサン製薬はその技術を製薬部門にとどめない。バイオ技術に長じる技術者を数多く抱え、バイオ動植物の研究開発にも傾注、バイオ米などの国営食糧事業にも貢献している。62

2014-03-22 20:02:28
@nezumi_a

「これまではここの港の主な水揚げだったのよ。ところがヨロシサンが自然に近い環境で養殖するバイオマグロという商品を用意したのね。その産地がここ。この辺りは二十世紀の頃からマグロ養殖の研究が行われていた地域だから」「それなら漁港が衰退するのは仕方ないんじゃないかしら」63

2014-03-22 20:03:00
@nezumi_a

メリーの指摘に蓮子は養殖プラントの東側を指さす。「あれ。向こうで造成している」「それがどうかしたの」「さっき定食屋さんで面白い話を耳にしてね」蓮子は話を続ける。「この町には古い言い伝えがあるの」「昔話?」「昔むかし、エド時代くらい?この海には悪い竜が出たことがあったんだって」64

2014-03-22 20:06:05
@nezumi_a

蓮子は携帯UNIXを確認する。「んで、この辺りに棲み着いて悪さを働いたそうなのね」「悪さ」「沿岸部のこういう話だから、流刑になった罪人とか落ち延びた豪族とかその辺?」「それだけじゃない可能性もあるけどね」二人は昔話に上塗りされた、歴史存在の匂いを嗅ぎつける。65

2014-03-22 20:08:39
@nezumi_a

人の歴史の隣に潜むアヤカシの存在を知っているからだ。「そう、それであの辺り、向こうの入り江の辺り」蓮子が指さす先には入り江の東側プラントの近辺。その更に先の崖下のわずかな平地に古びた民家の集落が見えた。網を干しているから、向こう側も漁村だとわかる。66

2014-03-22 20:10:04
@nezumi_a

蓮子はエーットと、端末をみる。「あの辺りでここら村が総出で竜を退治したそうなの」メリーは聞きながらチャのボトルを渡す。チャで喉を湿らせると、蓮子は説明を続けた。「退治された竜は二度と悪さをしないと誓う事で命は助けられ、それ以降はこの海の守神として奉られるようになったんだって」67

2014-03-22 20:13:31
@nezumi_a

「つまり、」メリーが言う。「この入り江が造成されている事と?」メリーとて秘封倶楽部の一員、この世の陰に潜む怪異への警戒は怠っていない。伝承は創作ではなく根拠があることが多い。数多くの経験からそれを知るメリーは、蓮子が語った竜神の件と昨日の大雨が結びつく可能性を検討している。68

2014-03-22 20:15:30
@nezumi_a

極端な天候や地震、津波など、矮小な人間ではどうする事も出来ない事態。そういったものに直面した時、古の人は神や竜の姿を見たという。「お社がある入り江に工事が入り、信心のない余所者が好き放題にしている」蓮子が唇の端を吊り上げて笑う。「神様が信仰を失う典型的なパターンだわ」69

2014-03-22 20:17:16
@nezumi_a

メリーは冷ややかに言う。人類の驕りに呆れているのだ。かつてセキバハラの向こうにあったレイク・オブ・スワも、神を失い一夜にして涸れたという。「どう?人魚探しの予定とは違うけれど、私たち向きの話題だと思わない?」「構わないけど実際にはどうするの?結界の綻びがあるとしたら」70

2014-03-22 20:20:17
@nezumi_a

メリーは造成中の区画を見る。「入り江の戦場跡かお社だと思うわ」当然、関係者以外は立入り禁止だ。『安全を守りたい』と書かれたショドーがここからでも見える。「取りあえずもう少し近付いてみましょう。法に触れない範囲で」「妥当な線ね」そう言うと、二人は入り江を迂回し崖を降りていった。71

2014-03-22 20:23:28