モーサイダー!~Motorcycle Diary~One Year Before IV~
- IngaSakimori
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亞璃須が驚きつつミラーを見ると、志智は体をシートからコーナーのイン側へずらすフォーム……つまり、ハングオンの姿勢をとっていた。 一体どこで勉強してきたのかと訊ねると、さっきすれ違ったバイクがこうやっていたから真似しただけだと、志智は言った。 #mor_cy_dar
2014-03-30 21:36:15(……理論も知識もないくせに、ただ真似をしてみただけで、あんなにコーナリングスピードが上がるだなんて) 危険だと、その時彼女は言うべきだったのかもしれない。 #mor_cy_dar
2014-03-30 21:36:23それはレーシングテクニックであり、公道でわざわざ用いるほどのものではないと。 何よりたまたま見ただけのものを、高速で走るモーターサイクルで安易に真似てみるなど、即転倒につながりかねない行為だと。 #mor_cy_dar
2014-03-30 21:36:32(でも……) けれど、亞璃須は言わなかった。 (もしかしたら……志智なら) たとえ異常に高性能なマシンの補助があったとはいえ、自分のブレーキングスキルにたちまち追いついてしまったほどの男ならば。 #mor_cy_dar
2014-03-30 21:37:21(わたくしを追い越すくらいに……) 何もかも。およそテクニックと呼べるものは、すべて吸収してしまうかもしれない。それだけの素質があるかもしれない。 その時の日原院亞璃須は、そんなどこか淡くも強い確信を抱いていたのだった。 #mor_cy_dar
2014-03-30 21:37:45そして、四月の第一週が終わろうとする土曜日のこと。 「明日で春休みも終わりですわね」 「そうだな。月曜から学校だしな……」 夕方から雨になるという予報を無視するかのように、彼と彼女は今日も大多磨周遊道路にいた。 #mor_cy_dar
2014-03-30 21:38:10空はいよいよ暗くなり、ツーリングに来ていたライダー達も足早に去った。 いまや川野駐車場には、二人のマシンと吉脇のハイエースが止まっているだけだ。 #mor_cy_dar
2014-03-30 21:38:18「……終わり、ですわね」 「……終わり、だな」 その言葉を志智と亞璃須は噛みしめる。 #mor_cy_dar
2014-03-30 21:38:29なぜか特別な意味があるかのように思えた。明日が来て、明後日が来ようと毎日はつづくのに。この大多磨周遊道路がなくなるわけでもないというのに。 ━━ここに来れば、会えるはずなのに。 #mor_cy_dar
2014-03-30 21:38:36「……いろいろ考えたんだけど、まず言いたいことがあるんだ」 「なんですの?」 「ありがとうな、亞璃須。お前の教え方とか別にうまいとは思わないけど……何だか、すごくやる気になるんだ」 #mor_cy_dar
2014-03-30 21:39:01「はは、スパルタって言うのかな。負けてたまるかって思えて……さ。ずいぶんマシな走りができるようになったと思う」 「……どういたしまして」 照れたように笑う志智に、亞璃須も微笑みで返す。 #mor_cy_dar
2014-03-30 21:39:09「それじゃあ、わたくしも言いたいことがあるんですけど」 「なんだ?」 「志智。あなた恐怖心はないんですか?」 「………………」 笑顔はまじめな詰問の表情へと変化する。 #mor_cy_dar
2014-03-30 21:39:20「ここは公道です。 砂が落ちているかもしれないですし、オイルがぶちまけられているかもしれません。 バイクは不安定な乗り物ですわ。そんなものに遭遇したら、簡単に転んでしまいます。その時、対向車がいたらおしまい。公道を走るってそういうことです」 #mor_cy_dar
2014-03-30 21:39:30「……いつも俺を置き去りにするような、走りをしてるやつのセリフとは思えないな」 「これでもわたくしはこの先に何かあったら━━と考えて走っています。 でも、あなたは違いますわよね?」 「………………」 志智の沈黙は肯定を表している。 #mor_cy_dar
2014-03-30 21:39:42「時々、考えます。あなたの後ろを走っていると、嫌でも考えさせられます。 あのままガードレールへ突っ込んで、死んでしまっても構わない……そういうつもりで、志智は走っているんじゃないかって」 「……あまり間違ってない、かな」 #mor_cy_dar
2014-03-30 21:40:04「なぜです?」 詰問は、僅かな怒りを含んだ。 どうしてそんなことをする? と彼女は彼を責め立てていた。 #mor_cy_dar
2014-03-30 21:40:11「あなたは最初に会ったとき、言いましたわね。 死ねるならそっちの方がいいって━━あの言葉、今でもさっぱり意味がわからないですけれど」 「………………」 #mor_cy_dar
2014-03-30 21:40:25「でも、わたくしの前を走っているときの志智……その後ろ姿を見ていると、どこか通じるものがあるように思えます。 なぜです? 志智には自殺願望でもあるんですか?」 「それは、お前には関係な━━」 そこまで唇を動かして。 #mor_cy_dar
2014-03-30 21:40:42志智の言葉は止まる。今にもこぼれ落ちそうなほど、瞳いっぱいに涙をためた亞璃須を見てしまったから。 #mor_cy_dar
2014-03-30 21:41:00「バイクに乗るのは楽しくないんですか……」 「………………」 「わたくしと……一緒に走るのは、つまらないですか……?」 「お前……なんて顔してるんだよ」 #mor_cy_dar
2014-03-30 21:41:10「あなただって、ひどい顔です。暗い目です。一緒に走って、ここに戻ってきて……そういうときは、そんな顔しなかったのに」 「………………」 そのとき、二人の頬へ空から雨粒が落ちてきた。 #mor_cy_dar
2014-03-30 21:41:23まるで芝居のシナリオにそう書かれていたかのように、志智と亞璃須は慌てた様子で頬をぬぐった。 そして、その液体が雨であることを確認すると、一抹の安堵をみせる。 #mor_cy_dar
2014-03-30 21:41:37「……明日、さ。最後だけどさ」 「はい」 しばらくの沈黙のあと、三鳥栖志智は口を開いた。 日原院亞璃須はまるで従順貞淑な婦女のように、うなずいて言葉を待った。 #mor_cy_dar
2014-03-30 21:41:48