二日目、夜の出来事 - 異世界奇譚婚礼祭

2014/04/23から2014/04/25までの、王子王女殿下方の記録です。
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ニルファタ @Nirfata

怖くはない。それが、私に切っ先を向けることはない。ゆっくりと深く、一度、呼吸をして。視線を上げる。 ――いま、其方は、私に、どんな目を向けている? ――いま、私は、其方に、どんな顔を見せている? わからない。 こわい。

2014-04-25 15:24:15
ジェルト @jeltferluo

扉が、開く。落とした視線。王子が来た長衣は、昨日とは柄が違う。ネザーフェミア調の模様のモチーフを、ニルファタは知らない。変わらぬのは、腰に佩いた両手剣の柄と、鞘の些細な飾りだけ。それと、上げた視線の先。 「……ようやっと、目を見てくれた」 紅い、瞳を細めた、屈託のない、笑顔だけ。

2014-04-25 15:34:24
ジェルト @jeltferluo

木靴を履いてしまえば、ニルファタの背丈は、ネザーフェミアの王子と、大して変わらない。彼は騎士でもあるが、決して獅金の王子のような偉丈夫ではない。けれど、 「……迎えに、と言った手前、俺は、其方を連れ出さねばならぬのだろうか?」 笑顔のまま、未だ差し出して来ない腕は、見た目よりも。

2014-04-25 15:37:23
ニルファタ @Nirfata

笑顔を見られたことに、安堵する。相手が、嘘偽りを作らないと、信じられるから、笑顔を向けられることが嬉しい。泣きそうになるくらいに。 「……迷惑を、かけた」 緊張した喉は、やや掠れた声しか発せず。小さく一度、咳く。丁寧に呼吸をする。意識をしないと、止まってしまいそうだ。

2014-04-25 16:51:19
ニルファタ @Nirfata

距離が縮まらない。どちらからも手を伸ばさない。 問いの形で続けられた言葉に、萎縮する。開けたまま、その外へは踏み出せずにいる扉。その板に身体を寄せる。隠れるように。 「……お嫌に、なられたか?」 笑みを返せぬ緑が、不安に揺れる。ドアノブに添えた手に、少し、力がこもる。

2014-04-25 16:51:22
ジェルト @jeltferluo

「いや」 笑みが、伏せる。口元は、柔らかく、弧を描いたまま。 「俺は、嘘が吐けん。だから、そのまま言おう。俺は、迷った。言葉にした手前、其方に、触れてもいいのか、解らん。漸く解りかけてきたが、其方は、俺と違って、思った事を言葉にしない」 開けた、扉。隔てるような、板切れが一枚。

2014-04-25 17:02:26
ジェルト @jeltferluo

「……だから、示してくれ。俺に、教えてくれ。其方が良いと言うのなら、何処へでも其方を連れ出そう、ニルファタ」 鎧は付けていない。真っ直ぐに見た瞳は、まるで幼子を見るようで。細く。 「行こう。何処でもいい。其方が居れば、俺にはきっと、景色など見えん」 布擦れの音と、差し出した、掌。

2014-04-25 17:08:11
ニルファタ @Nirfata

紅色の目が伏されても、笑みは変わらず。それを見ながら言葉を拾う私は、固唾を呑んで。細めた目がこちらへ向く。差し出された手を見て、呼吸が楽になる。そろり、指先を動かして。 「……此方は、嘘をつくのは好かぬ。できるが、好かぬ。特に、其方のような正直な方に偽るは、胸が痛む」

2014-04-25 17:35:39
ニルファタ @Nirfata

「だから、其方がそのように思うのは、此方が黙するゆえだろう。言うてはならぬと思うことが、山ほどあるのだ。言葉は容易く、人を傷つけるし、不興を買う。此方はそれを、恐れる」 傷つけたくない。嫌われたくない。そう思うほど、言い淀むのだと。

2014-04-25 17:35:49
ニルファタ @Nirfata

次の言葉を紡ぐ前に、深く、呼吸をする。心を、整える。 「此方は、其方の腕に囚われるを、心地良いと思う」 指先が、掌に届く。木靴の音が、扉から、外へ。

2014-04-25 17:35:55
ジェルト @jeltferluo

指先が、掌に乗る。踏み出した、足。背後で、扉が閉まる音がした。 「其方の肩は、抱き締めると壊れてしまわぬかと心配になるくらいに、細いのだ、ニルファタ」 差し出した手は、迷わず、青白い指先を握り締めた。緩く、引いた腕。寄せた体。指先を絡めて、顔を近付けて、それから、一度、息を吸う。

2014-04-25 17:46:35
ジェルト @jeltferluo

部屋の、外。夜風の届かない廊下。扉一枚を隔てて、熱病めいて地に伏せた床が、向こう側にある。それでも、檻の閂は、開いていた。 「何度も言葉にしてくれとは言わぬ。ただ、其方から、俺を抱き締めてくれ。そうすれば、俺はきっと、其方を何度でも抱き返せる」 吐息は、また蜂蜜の香りがしていた。

2014-04-25 17:51:50
ニルファタ @Nirfata

近づく。甘い吐息を肌に感じるほどの距離。けれど、まだ遠い。ここは、広い。広すぎて、自分はあまりに小さくて、無力で、虚空に溶けて消えてしまいそうな気がする。癒角族は、閉塞を失うことを、恐れる。自分だけの小さな檻を、強く求める。 「壊れぬ。壊れても構わぬ。其方には、此方は殺せぬ」

2014-04-25 18:16:03
ニルファタ @Nirfata

ほんの少し顔を逸らして、もっと近づく。頬が、耳が、触れ合う。胸がぶつかってもまだ遠い。恐る恐る、手探りで、腕を回す。絡められた指も解いて、両腕で、私の檻を求める。 震える。心臓がうるさい。聞かれている。顔が熱くなる。 「……こわい」 救いを求めるように、細く掠れた声が出た。

2014-04-25 18:16:09
ジェルト @jeltferluo

「そうか」 寄せた、身体。心音。呼吸。回された腕が、逸らした視線が、ゆっくりと布越しの肌に触れる。立ったままでは、少しだけ背を曲げなければ、頬が、耳が触れ合えない。震えるような声が、合図。肩に、腰に、檻の戸が閉じる。 「壊れても構わぬのなら、俺はもう、耐えられん」 錠が、落ちる。

2014-04-25 18:30:48
ジェルト @jeltferluo

木靴が、数歩、蹈鞴(たたら)を踏む。背を曲げた分だけ出来た空洞が惜しくて、回した腕が、腰を押した。背を反るような姿勢。それでも腕は体勢を崩す事を許してくれない。密着した、身体。心音が、二つ。 「……離さぬぞ。ニルファタ。俺は、もう、其方を離せぬ」 言葉と、湿った髪が、耳を撫でる。

2014-04-25 18:35:54
ニルファタ @Nirfata

一瞬、息が詰まった。不安定な姿勢。大地に両足でしっかりと立つことができないのは、切り離されるようで恐ろしいはずが、身体をぴたりと沿い合わせて、支えられているためか、怖くない。少しも離れぬよう、自分の腕にも力を込める。 「このまま、捕まえていてくれるなら、私は、満たされていられる」

2014-04-25 18:59:37
ニルファタ @Nirfata

肌が熱い。それをくすぐる髪が冷たい。目を開けば、視界は空色で縁取られていた。けれど、それしか見えぬなら、目は要らぬ。閉ざす。衣服越しに伝わる温度、耳に聞こえる、呼吸と鼓動。私のものとは違うそれに、満たされる。 「……其方を、愛せるかわからぬ。けれど、此方は、其方なしに生きられぬ」

2014-04-25 18:59:45
ニルファタ @Nirfata

ずいぶんと我儘で、滑稽な要求だと思った。呆れられるだろうか。見損なわれてしまうだろうか。それでも、私の正直な想いは、それなのだ。精一杯の、告白だった。

2014-04-25 18:59:50
ジェルト @jeltferluo

「……生きられぬとも。其方は、もう剣(おれ)を抜いてしまったのだから」 きつく、抱き締めた腕。肩から、指先が滑る。閉じた瞼の向こう、冠(かむり)を捕えるように、掌が髪に触れる。鼓動が、早くなる。これは、彼が生きている音だ。 「……俺も、そうだ。もう、俺は、剣(そなた)を手放せぬ」

2014-04-25 19:30:56
ジェルト @jeltferluo

一度、離した、首。閉じた瞳。傾けた顔。それを見る瞳が、唇を欲しがっている。微かに空気に触れた、耳の裏側が、熱い。 「俺と、共に在ってくれ。ニルファタ。俺は、剣を飾らぬ。剣を振り翳さぬ。俺は、儀を立てる時と、何かを殺す時以外に、剣を抜かぬ。だが、それが無ければ、生きては行けぬのだ」

2014-04-25 19:35:39
ニルファタ @Nirfata

ほんの少し離されて、瞼を上げる。紅い瞳の顔が見えるなら、私はその風景を眺めていたい。言葉で求められて、頷きを返した。迷わず。微笑みながら、薄い唇を小さく動かす。 「ジェルトどのと、共に、生きたい」 じわり、視界が滲む。見ていたいのに、よく見えぬ。浮かんだ涙を払うのに、瞼を下ろす。

2014-04-25 20:08:33
ジェルト @jeltferluo

掌が、髪を撫でる。金細工が緩く鳴る。滲んだ視界、閉じた瞼が、親指の腹で拭われる。優しく、撫でる指先と、再び開いた瞳が、そこで止まる。 「……結婚しよう。ニルファタ。俺が、其方を、二度と離さぬように」 唇が、近付く。頭の後ろに宛てた手は、彼女の視線を、唇を、逃がしてはくれなかった。

2014-04-25 20:29:57
ニルファタ @Nirfata

濡れた睫毛に光が反射して、きらきらと、光の粒の舞う、不思議な景色の中に、私の檻はあった。 逃げないと決めた。近づくと決めた。いまは、もっと、近づきたいと思う。唇が、重なる。言葉は、後で返そう。他の誰にも触れさせたことのない唇で、軽くついばむように甘える。もっと近く、もっと深くと。

2014-04-25 20:56:31
ジェルト @jeltferluo

唇が、重なる。鼻腔から抜けた吐息が、甘く、混ざる。 腰に触れた手は、身体を逃がしてはくれない。頭を撫でた手は、唇を逃がしてはくれない。 檻が、狭くなる。 触れ合う。近付く。 傾けた首。前髪が、布越しに、角に触れる。舌が、唇を割って入ってきた。甘い、味。彼の舌は、花の蜜の味がした。

2014-04-25 21:06:02
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