ゆっくりと背後に視線をやり、待機していた船員に下がるように指示を出す。 「ええ、分かっています。今、貴方がたとこちらは対等、条件も同様に。それでよろしいですね?」 首を傾け、緑髪を流す。組んでいた手を離し、一歩下がる。海を見渡せるデッキ、そこにある椅子を示し、
2014-05-15 16:56:26「あちらでよろしいですか?」 と問う。船室、という選択肢は無い。どちらにせよ、話だけなら外でもできるだろうと暗に示した。……それに部外者を船室に入れてしまうのは、後々、怒られてしまうかもしれない、という危惧からでもあった。
2014-05-15 16:56:30「勿論!異存はねぇな」 頷き、同意する。それから少女が示したデッキの椅子に目を向け。 「良いぜ」 これにも依存はなかった。船室などと言う選択肢は元より有り得ない。提示されたところで男は断ったろう。賢明な少女だ、と男は笑うと、すぐ後ろに待機させていた船員から剣を受け取った。
2014-05-15 21:16:51余計な装飾品の多いそれを迷うことなく抜き去り、甲板に突き立て手を離す。それからマントと腰に下げていた銃を問答無用で船員に押し付けると、戸惑う船員を尻目に男は縁に足を掛けた。 「よっと」 そのまま軽々と少女の船へと跳び移る。同時、背後で船員たちが声を上げた。
2014-05-15 21:26:23野次もあるがその大半は男を案じたもので。まあ流石に丸腰だしなぁ、などとシャツとズボンにブーツと少々の装飾品という装備の己を見下ろしながら能天気に後ろ手に右手を振った。馬鹿船長と言った奴は後でシメよう。だが困った、ほぼ全員だ。そんなことを考えながら男は姿勢を正して少女の前に立った。
2014-05-15 21:26:42あれよあれよと丸腰になって仲間からの心配を含んだ野次を受ける男は、身軽な動作でこちらの船に飛び乗った。再び一歩下がり男を見上げる。思ったより、大きかった。 何も持ってこないとは思いませんでした、と呟くような声量でこぼして、仰ぐ視線を下げて椅子へ向かう。
2014-05-16 11:50:36木で出来たその椅子は装飾もなく簡素だがしっかりとした作りで、置かれている場所は眺めがよい。船員がテーブルと二つのコップ、氷の浮かぶ水差しを置いていった。 「嗜好品は殆ど持ち込んではいませんので」 水しかありませんが、と隣の椅子を示して少女は浅く座る。飲むのも飲まないのも自由。
2014-05-16 11:50:42少女の呟きに、そりゃそうだろうなぁと、予想より小さな体躯を見下ろしながらこれまた能天気に男は笑う。周囲が抱く危機感など男には何処吹く風で、全く気にしていないようだった。 少女に倣って男も椅子へと歩み寄る。指し示されるままに隣に腰掛け、出された水差しとコップに目を向けた。
2014-05-16 13:02:09「そこまでは要求しねぇさ。ありがとうな、お嬢さん」 そして、これまた全く何も気にする素振りも見せずにコップに水を注いで一口。なにやらまた馬鹿船長コールが高らかに響いたような気もするが無視だ。 喉を潤す水を飲み込んで息をつく。コップを置き、椅子に寄りかかって周囲を見回した。
2014-05-16 13:03:08見晴らし良好。良い眺めだ。 「悪くねぇな」 それから少女に視線を戻し。 「俺はビクトール・エルベリア・ハルディ。ビクトールで良いぜ。お嬢さん、名前は?答えられるなら、教えてくれると嬉しいね」
2014-05-16 13:03:29疑わないのだろうか。そう、男の行動を追いながら、何故か不安になった。 害する意思は全くない。しかし、ここまで疑いもなく座り、水を飲まれてしまうと、本来持つべき己の懐疑心が罪深く感じてしまう。あとで贖罪の祈りをしましょう。 『ばかせんちょー』と聞こえる度に、くすりと笑い、
2014-05-16 17:05:26「ビクトール、さん、ですね」 パチリと緑眼を瞬かせ、復唱する。呼びやすい名だ。次いで己の名を問われ、笑みを作る。 「私は――、『贖罪』です」 それは、海神より受けた加護、そして少女を示すもの。しかし少女の名前ではない。偽るつもりはないが習慣的に名乗るのはいつもそれだった。
2014-05-16 17:05:37控えめに少女が笑う。自然に零れたらしい、可愛らしい笑みだ。己の名を紡ぐ柔らかな声には笑んで、「そうだ」と頷いた。やはり、女性に名を呼ばれるのは心が躍る。それが可愛らしい少女となればなおさらで、もっと自然に笑んでくれたら良いと思う。
2014-05-16 21:02:24だが、流石にそれは高望みだろうと、男は言葉を飲み込んだ。 男がそうしているうちに、少女が名乗る。その名に男は面食らったが、直ぐに「ああ」と合点した。 「『贖罪』、ね。それがお嬢さんの『役割(名)』かい」 それはおそらく、少女の『役割』なのだろう。馴染みはないが、男にも覚えがある。
2014-05-16 21:02:27少女が口にしたものとは、性質も、意味も、全く違うが、確かに。 「誇りある名だ」 腕を組み、少女を見つめる。 「お嬢さんに合う、綺麗な名だ。ちょっとばかし呼びにくいのが、玉に瑕だがな」 そう言って、イタズラっぽく笑う。安っぽい言葉だが、そこに世辞は無かった。
2014-05-16 21:02:49褒めて貰えたことは純粋に嬉しく、ありがとうございますと少女は笑んだ。 「ええ、海神様の加護、『贖罪』が私を示す『名』であり『役目』です」 少女にとって『贖罪』は無くてはならないものだった。失えば立つことも出来ないほど、頼ってしまう。それが悪いことだとは思わない。
2014-05-17 20:53:52頼って生きる。頼ってでも生きる。そして頼った分を精算しながら、贖罪を続ける。 自分はそれだけ、贖罪を背負うほどに罪深い。 ……『役割』といった彼にも、何かあるのだろうか。 水差しを傾けてコップの半分ほどを満たしながら、
2014-05-17 20:53:56「……呼びにくいですか?」 きょとんと目を見開いて、首を傾ける。今まで普通に流していたが、そう言われるとそうなのかもしれない。悪戯っぽく笑う男に釣られて笑い、 「こうやって普通に、誰かとお話するのは久しぶりです」 肩の力を抜いた少女は遠い水平線を見た。
2014-05-17 20:54:02「ほんの少しだけな」 『役目』、『名』。穏やかに語る少女から感じられる芯の強さが、好ましく映る。やはり、良い『名』だと思う。目を丸くして、それから笑った少女は年相応に見えた。 「久しぶり、ねぇ」 呟いて、同じように水平線を眺める。遠いそこは、波さえも立っていないかのように静かで。
2014-05-18 14:40:28「勿体ねぇな。誰かと普通に話すってのは、それだけでも十分に良いもんだ」 陽の光を反射してキラキラと輝くそれに目を細めて。 「仲間とはあまり話さねぇのか?」 なんとはなしに尋ねてから、聞かない方が良かったかもしれないと思った。それぞれの事情は、それぞれだ。
2014-05-18 14:40:41少し、なら、大丈夫だろうか。 水平線を視線でなぞり、 「皆で集まることはあまりありませんし、皆さん多忙な身のです。鳩を飛ばして、連絡を取り合うことはありますけど、それ以外はなかなか……」 最後に会ったのはいつのことか。ぱっと浮かばないほど、しかし、忘れる程ではない最近。
2014-05-19 16:53:18大切なものと離れて過ごす、その感覚は酷く虚しく、寂しいものだ。しかし、その分、会った時の嬉しさは計り知れない。時に寂しさは大切なのかも、と思い、少女は視線を男へと戻した。 「ビクトールさんは、お話したい人はいますか?」 踏み込んだ言葉かもしれない。しかし、少女の言葉は真っ直ぐに。
2014-05-19 16:53:23「へぇ。若いのに大変なんだなぁ」 そう感心したように呟きながら、コップに再び水を注いだ。会う暇が無いほど多忙な生活というのは、いったいどのようなものだろう。内心首を傾げつつ、考えてみたが分からない。そう言えば最近の俺は頗る暇だったなぁとしみじみしていれば、少女から問いかけられて。
2014-05-20 16:14:24「俺か?んあー……そうだなぁ……」 一度、目を合わせ。それからコップの水を見やる。手に取って持ち上げれば揺れる水面を、更に揺らして遊んでみる。ちゃぷん、と小さな水玉が跳ねて、溶けるように消えてった。 「弟、かねぇ。なにせもう十年以上会ってすらいねぇ」
2014-05-20 16:14:38コップの淵に口をつけ、傾ける。冷たい水が、唇を冷やして、口内を滑る。そして喉を通り抜け、胃へ落ちていくのを感じながら。 「まあ、元気でいりゃぁ、良いんだがな」 男は小さく微笑んだ。
2014-05-20 16:19:51