《IF邂逅》二つの船

くぐさん(@hakuzia)と結奈(@a_yuina)の創作っ子がエンカウントしました
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紺青ものえ @almiyy

「そうかもしれません、でも、私は満ち足りてます」 充実している、といってもいいかもしれない。 ちゃぷ、と揺らされるコップを見やり、その表情をちらと見る。 ……聞かなければよかったかも。 そう一瞬思い、 「弟、さん、ですか?」 ぱちりと緑眼を瞬かせる。弟、家族。少女には遠いものだ。

2014-05-20 18:37:17
紺青ものえ @almiyy

「十年以上も……なんだか、淋しいです」 家族に会えないというのは悲しいことだと眉を下げる。浮かべられた微笑みもなんだか寂しく見えて、コップを少し強く握る。 「ずっと会えていなかったら、心配でしょう……?」 そう問うことが、自分に許されるかは別だろうけれど。

2014-05-20 18:40:44
紺青ものえ @almiyy

家族に会えないと寂しさは、とても大きなものだったから、少女は想像し、感じ、しかしそれ以上は何も言わず、コップの中身を見つめ、ゆっくりと傾けるように飲み干した。

2014-05-20 18:43:25
ウィリアム・ウィドー @s_akiyui

満ち足りていると言った少女には迷いが無い。だから男は、そうか、と頷くだけにした。それ以上、言うことはなかった。 コップを揺らす。淋しいかと言われれば、そうだろう。もう長いこと家族とは縁が無い。誰も彼も男を置いて逝ってしまった。残ったのは、男と、十年以上も前に家を出て行った弟だけ。

2014-05-20 22:19:20
ウィリアム・ウィドー @s_akiyui

「あー……心配ではねぇな」 しかし、その弟が心配かと言われれば、それは違う。断言出来る。弟は自ら家を出て、男はそれを承諾した。その己が弟を案じるのは違うと、男は思う。それに。 「アイツ、悪運強いし、頭良いし。なんかあったら適当に押し付けて自分はさっさと逃げてんだろうしなぁ……」

2014-05-20 22:19:28
ウィリアム・ウィドー @s_akiyui

男が案じる必要も無いほどに弟は強かだ。家を出た時だって、家で一番高い骨董品を持ち逃げしやがった。しかも御丁寧にオークションに出していやがった。それを知って怒り狂った母を宥めるのに己がどれだけ苦労したことか! 「むしろアイツに関わってしまった不幸な奴らの方が心配になるな。うん」

2014-05-20 22:19:34
ウィリアム・ウィドー @s_akiyui

蘇りそうになる怒気を誤魔化すようにコップの水を煽って飲み干し、隣を見る。ゆっくりと水を飲む少女は、やはりとても可愛らしい。一挙手一投足が、可憐なのだ。この純粋な可愛らしさが弟にもあったら良かったんだがなぁ。そう思いながら脳裏に浮かべた弟の顔は、実に爽やかでゲスい笑顔だった。

2014-05-20 22:19:57
紺青ものえ @almiyy

心配ではないということは、身を案じないということは、無事を、信じているのだろうか。その僅かな部分に『家族』を感じ笑う。 「関わってしまうと、怖い方なのですか?」 不幸、それがどんな事かは分からないし、聞かないほうがいいのかもしれない。人それぞれだ。変に受け取ってしまう必要はない。

2014-05-21 11:08:37
紺青ものえ @almiyy

人は誰しも何かを抱えている。それは少女だけではない。それを抱えて立っている人は数え切れないほどいる。それを、少女は頭の中では理解していた。そして、少女は抱えて立てなかった人間だ。縋った先は遠い海を航行する彼と、海神様。 思い返せば、逃げのようだった。いや、逃げでよかったのだ。

2014-05-21 11:08:41
紺青ものえ @almiyy

少女はそうして、今、立っていたのだから。 「弟さんに会えるといいですね、」 微笑んで、コップを置く。水差しを手にとって、海のような眸を見て、おかわりはいかがでしょう?と尋ねた。

2014-05-21 11:08:47
ウィリアム・ウィドー @s_akiyui

「怖くはねぇさ。ただ、ちょっとズレてんだ、アイツ」 少女の笑った顔に、男もまた笑みを浮かべる。コップの淵を指先でなぞり、爪の先でカン、と叩いた。 弟の『ズレ』は『ちょっと』などと可愛らしいものではない。

2014-05-22 11:30:04
ウィリアム・ウィドー @s_akiyui

実を言えば、人の心を解さない悪魔が取り憑いているのかもしれないとすら思ったことがある。そのくらい、弟はズレている。 「……そうだなぁ」 少女の優しげな言葉にそう答えながらも、おそらく、会わないことが一番だろうと思っている。会わずにいることが一番だ、と。

2014-05-22 11:30:09
ウィリアム・ウィドー @s_akiyui

それは弟の『ズレ』のせいではない。もはや兄弟という単純な括りでは無くなってしまった、そのせいだった。 少女が水差しを手に取る。その柔らかな緑眼に、男は眩しそうに目を細め、いただこう、と頷いて、手に持ったままのコップを差し出した。

2014-05-22 11:30:13
紺青ものえ @almiyy

「ずれて、いる……」 難しい表現に少女は首を傾げたが、それを疑問にはしなかった。それ以上深く聞いてはいけないし、知る必要もない。 だから、笑みのまま、差し出されたコップへ水を注いだ。七分目まで注ぎ、止め、ほんのちょっと余った水を自分のコップにも注ぐ。空っぽになった水差しを置き、

2014-05-23 23:04:08
紺青ものえ @almiyy

先ほどより少し傾いた太陽、射した光を反射する穏やかな波を見た。 「明日も、きっと波は穏やかですね」 青く澄み晴れた空、嵐は遠いだろう。遠くに見える海鳥の影。心地良い風。これも海神様の恩恵だ。緑髪を軽く払い、ポケットの中にある、小さな懐中時計を確認。祈りの時間が近づいていた。

2014-05-23 23:04:11
紺青ものえ @almiyy

ついでに、予定していた航路からも少し外れてしまっているかもしれない。 少し離れた所からこちらをチラチラと気にしている船員を一瞥し、 「ビクトールさん、そろそろ私の方のお時間が迫っているみたいです」 そちらは大丈夫ですか?と暗に尋ねる。

2014-05-23 23:04:19
ウィリアム・ウィドー @s_akiyui

首を傾げながらも、少女が追及する気配はない。男はフッと笑って、脳裏のビジョンを消した。楽しい時に、思い出すものでは、到底無いのだ。 注がれた水。少女に礼を軽く述べて、口を付ける。その水を飲み干して、ぷはっ、と息を吐き出した。冷やされた内側がスッとする。絡まりが解けるようだった。

2014-05-24 00:20:52
ウィリアム・ウィドー @s_akiyui

「そうだなぁ」 少女の言葉に頷いて、海を見る。良い海だと、男は笑った。騒がしく賑やかなことを男は好むが、穏やかな海を航行するのは嫌いではない。退屈でさえ、無ければ。 此方をチラチラと見てきている少女の船員たちに、ほんの一瞬目を向ける。それから、少女を見る。

2014-05-24 00:21:02
ウィリアム・ウィドー @s_akiyui

その緑の髪を、緑の目を。 「ああ、ちょっとばかし長居し過ぎたか。悪かったなぁ、お嬢さん」 男はコップを置いて、立ち上がった。自身の船では、自身の船員たちが帰りを待っているのが見える。ひらりと手を振る。 「んじゃ、俺は戻ろうかね。アイツらも待ってるしな。世話になった」

2014-05-24 00:21:07
紺青ものえ @almiyy

水を飲み干した男の目がこちらを向く。視線を合わせ、その色を見た。綺麗な、青い石のようなそれを見つめ、眼を細めた。 「あっという間でした」 お話でこんなに時間が経つとは思わなかったと笑い、立ち上がる。目線が高くなり海がさらに広がった。 「たまには、ゆっくりお話するのもいいですね」

2014-05-24 23:14:17
紺青ものえ @almiyy

男との時間は息抜きのようにゆっくりで、ここ数日詰めていた時間や仕事を忘れられた。忘れてしまう、というのは良くないけれど。 「だいぶお待たせしてしまってますよね、申し訳ないです」 仲の良さそうなそれを見て、和やかさを感じ、くすりと。

2014-05-24 23:14:20
ウィリアム・ウィドー @s_akiyui

「はは、たまには気を抜くのも良いもんだろ?俺も退屈が紛れたしなぁ。だから何も気にすんな。アイツらも気にしてねぇだろうしさ」 言いながら、男は能天気に笑う。そこには嘘偽りも建前もなく、警戒などは以ての外で。立ち上がった少女の頭を撫でるかのようにポンと軽く手を置いたかと思えば、

2014-05-25 01:26:39
ウィリアム・ウィドー @s_akiyui

何の未練も見せずに離れ、背を向け歩き出す。 「よっ」 船の縁から縁へ。軽々と狭間を飛び越え移動する。まるで重さなどないかのようなその動きは、人としては異常であった。 そして男は縁に立ったまま、くるりと振り返り。 「なあ、お嬢さん——『贖罪』さんよ」 ギラリと光る目を細め、笑った。

2014-05-25 01:27:00
紺青ものえ @almiyy

「わ、」 頭を撫でられ、きょとんと。誰かに撫でられたことなど、あまりない。撫でてくれる人は居れど、あまり会えないまま。一瞬懐かしさと恋しさをぷかりと浮かべ、しかしそれを表に出さないように、淡い笑みのみを浮かべる。

2014-05-25 23:58:27
紺青ものえ @almiyy

気ままな男は船へ飛び移り、振り返り、少女の名を呼ぶ。『贖罪』と。はっきり聞こえ、返事をする刹那、緑眼は隔てのない柔らかな光を湛えたまま、しかし男の目に鋭さを見つけ、 「なんでしょう、ビクトールさん」 ただ柔和を返した。握っていた指先、それがゆっくりと解かれ、地を向いた。

2014-05-25 23:58:31