モーサイダー!~Second Lap~Episode II
- IngaSakimori
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翌週の中頃。夕方のこと。 「あ~、俺が教官の山打(やまうち)だ。 三鳥栖(みとす)に、瀬尚(せなお)━━二人とも学生だな。バイクは何か乗っているか?」 「ホンダの250ccに乗っています」 #mor_cy_dar
2014-06-08 23:06:33いかにも教習所の人間といった顔立ちの教官にむかって、志智は淡々と答えた。 山打と名乗った教官は、志智をじっと見つめる。ラグビーや格闘技でもやっていたのではないかと思われる、太い首が印象的だった。 #mor_cy_dar
2014-06-08 23:06:41「250cc……レーサーレプリカか?」 「レプリカ、ですか? いえ、そんなに凄いバイクじゃないです。ホンダのスパーダっていうバイクで」 「ああ、スパーダか。意外に普通のバイクに乗ってるんだな……すまんな、何かやっていそうに見えたもんでな」 #mor_cy_dar
2014-06-08 23:06:56(やっていそう……?) 「さてと、君の方だが」 志智が首をかしげていると、山打は玲矢(れや)に目を向けた。 #mor_cy_dar
2014-06-08 23:07:04「はいっ! えーと、あたしはカワサキのエストレヤに乗ってまーす!」 「元気があって大変よろしいな。 エストレアか。なるほど、瀬尚はいかにもそれっぽいバイクなんだな」 #mor_cy_dar
2014-06-08 23:07:35「はいっ! いいえ、教官! エストレアじゃなくてエストレヤですっ!!」 「……あ~、それでは初回の教習だが」 満面笑顔のままで、訂正を迫った玲矢を「めんどくせえ」とでも言いたげに山打は無視して、手に持ったファイルをめくる。 #mor_cy_dar
2014-06-08 23:09:09「いちおう二人ともペーパーライダーじゃないわけだから、問題ないと思うが……大型バイクってやつは、大きさも重さも普通二輪とは違う。 まずは引き起こしと基本的な取り回しから見させてもらうからな」 #mor_cy_dar
2014-06-08 23:09:17そう言いながら、山打は歩き出した。「エストレヤ……エストレヤ……」と未練がましく繰り返している玲矢に続いて、志智もコースの端へと向かう。 #mor_cy_dar
2014-06-08 23:09:24(車もバイクも一緒に走ってるのはいいとして……なんか、平らでおもしろみがないな) 日本のほとんどの教習所がそうであるように、八王子ドライバーズスクールもまた限られた用地を最大限に生かすため、複雑で合理的なコースが形づくられていた。 #mor_cy_dar
2014-06-08 23:09:34オーバル状の外周部に隣接して、急制動用のスペースがあり、内周部はクランクやS字、さらにはスラローム、踏切といった定番課題がずらりと揃っている。 がしゃん、という音が聞こえてきた。クランクでエンストしたCB400SFが横倒しになっている。 #mor_cy_dar
2014-06-08 23:09:43「ああいうのは無しで頼むぞー。現役で乗ってるわけだからな」 プレッシャーをかけるように言う山打。そして、志智達が到着したのはコースの端にある小さな二輪用の車庫だった。 #mor_cy_dar
2014-06-08 23:09:59「さ。こいつが教習車だ。ホンダのナナハン。CB750だな。 と言っても、歴史的に有名なCB750とはまた別だが……若いお前達には関係ないか」 「あ、はいっ! 教官! あたし、知ってます!」 #mor_cy_dar
2014-06-08 23:10:15「CB750ってZ1に無様に敗北した、誰だって乗れるつまんないバイクですよね!! おとーさんがそう言ってました!」 「……いろいろ間違いはあるが、とにかく若いお前達には関係ない」 #mor_cy_dar
2014-06-08 23:10:31「じゃあ、とりあえず起こしてみてくれ」 そう言いながら、まるでゴミでも捨てるように、山打はCB750を倒した。 もっとも、倒したといっても派手な音は立たなかった。どうやら引き起こし専門の車体らしく、ご丁寧にバンパーへはゴムが巻き付けられている。 #mor_cy_dar
2014-06-08 23:10:41(なんか……いやだな) けれども、志智はその姿に。そして、日常のようにバイクを倒した山打へ、不満にも似た違和感を憶える。 #mor_cy_dar
2014-06-08 23:10:49(そんなふうに扱われるのってさ……バイクもきっと嫌だと思うんだけどな) 物言わず横倒しになっているCB750が、どこか哀れに志智は思えてくる。 #mor_cy_dar
2014-06-08 23:10:58「ん? どうした、三鳥栖」 「いえ」 CB750の傍らに歩み寄ると、まず志智はいたわるようにタンクを撫でた。 #mor_cy_dar
2014-06-08 23:11:06「よっ」 そして、ハンドルへ手を据えることもなく、簡単に引き起こしてしまう。 引き起こし時間よりも、その後の方が長かった。志智はゆっくりとした足どりでサイドスタンドを出すと、わざわざハンドルを左側いっぱいに切った形で、静止させた。 #mor_cy_dar
2014-06-08 23:11:19そして、山打へ向き直り、彼の目を見る。 「終わりました」 「ずいぶん心がこもった引き起こしだったな」 志智の心情を見透かしたように、山打は口元を笑わせた。 #mor_cy_dar
2014-06-08 23:11:27「けどな、三鳥栖。 バイクへの思い入れはほどほどにしておけよ」 「どういうことですか?」 疑問の声もどこか反感を含んでしまう。そんな志智の反応すらも予測のうちといった顔で、山打はニヤリと笑った。 #mor_cy_dar
2014-06-08 23:11:39「これからここで教えるのは、大型バイクの乗り方だ。 それは要するにバイクを安全に乗る方法だ……ところで安全ってのは何だと思う?」 「……それは」 志智には即答できなかった。言われてみれば、バイクにおける安全とは何だろう。 #mor_cy_dar
2014-06-08 23:11:52「事故らない……ことですか?」 「それは大前提だ。だけどな、それ以上にバイク乗りは気をつけなきゃならないことがある。 自分の身を守ることだよ」 そう言いながら、山打は教習コースを走り回るプリウスを指さした。 #mor_cy_dar
2014-06-08 23:12:06「見ろ。のろのろしたしょっぱい運転だ」 「教官とは思えないセリフですね」 「はっきり言うな。けどな、今の車はすごいんだぞ」 #mor_cy_dar
2014-06-08 23:12:21「時速100kmで事故っても、うまくドライバーを守ってくれる。そういうふうに設計されている。あんなヘタクソでも……ぶつけても、ぶつけられても、そうそう死にはしないんだ」 「………………」 #mor_cy_dar
2014-06-08 23:12:38