![](https://tgfile.tg-static.com/static/web/img/placeholder.gif)
眉尻を下げた、当惑した表情で、娘は問い返す。 「……仮にも神のひとはしらを、精霊言語の名で呼びますか? それは、戦争ということになりますけど」 「その心配はないわ。どうせお前の『蒼天』は、間もなくこの世界からはじき出される」 時を刻まぬ空の代わりに、少女は水時計を置く。
2014-06-11 19:49:48![](https://tgfile.tg-static.com/static/web/img/placeholder.gif)
「人の身にあまるからと、神の座に据えればこの始末。――お前は元より存在していてはいけなかったのよ」 「そこは正しく表現してもらおうか」 厨房の奥から、大男の声が割り込んだ。 「彼女が美しすぎるのだと」 「火の!?」
2014-06-11 19:54:44![](https://tgfile.tg-static.com/static/web/img/placeholder.gif)
いかなる責め問いにも色を変えなかった娘の声色がにわかに上ずった。引き揚げたまま止まっていた揚げ物を、一度油へと取り落として、 「もう! そんな言い方して、バカだと思われたらどうするんですか!」 答えない背中に怒鳴りながら、揚げ物を拾いなおして、刻んだ草に油を吸わせる。
2014-06-11 19:56:52![](https://tgfile.tg-static.com/static/web/img/placeholder.gif)
「……おふたりとも大げさなんです。わたしは今も昔も、ただの料理が大好きな女の子ですよ?」 「だったら、その分を弁えて惨めに消滅するがいいわ」 水神の最終通告に、死神はただ曖昧な笑みだけを返した。
2014-06-11 19:59:10![](https://tgfile.tg-static.com/static/web/img/placeholder.gif)
「……火の」 「なんだ」 「道具を、いくつか借りていきますよ」 「きみの望み通りに。きみに間違いはないのだから」 「はい。……少し留守にするようです。お店のことを頼みますよ」 水時計が尽きる一瞬、娘は力の抜けた口元から、こぼれるような言葉を漏らす。
2014-06-11 20:02:08![](https://tgfile.tg-static.com/static/web/img/placeholder.gif)
雲は低く灰色に、山の頂に立つ街を覗き込むように流れていた。石畳を駆けていく風は人肌には冷たく切るようで、動く者の無い大通りを我が物のように遊び、白亜の壁にぶつかり散っていく。 そして悪戯な一陣の風が気まぐれに行き先を変えた先で、風は白い外套の裾を僅かに揺らした。
2014-06-11 21:56:40![](https://tgfile.tg-static.com/static/web/img/placeholder.gif)
白い外套。それに隠されてはいるものの華奢な体躯。袖から覗く手はきめ細やかな磁器のようで、艶やかな白髪と合わせてまるで絵画の住人かと見紛うような姿であった。風を意にも介さず歩き続けた彼女はやがて、街の中心に立つ建物を前に足を止めた。
2014-06-11 21:56:53![](https://tgfile.tg-static.com/static/web/img/placeholder.gif)
扉の前には初老の男性が立ち、その到来を待ちわびていたように見受けられる。 彼は言った。 「お待ちしておりました。今日はどのようなご用件でしょうか、聖女様」 彼女は返す。 「ご機嫌よう、聖地公。用件は事前に通達させたはずだが」
2014-06-11 21:57:04![](https://tgfile.tg-static.com/static/web/img/placeholder.gif)
聖地公と呼ばれた男性は、ここの領主なのだろう、頭を振って言う。 「ええ。お伺いしましたが…しかし…」 聖女と呼ばれた少女が再び口を開く。 「他の姉妹ならともかく、この俺相手に余計な遠慮は不要。素直にこう言えば良い『気でも違ったか?』と」
2014-06-11 21:57:17![](https://tgfile.tg-static.com/static/web/img/placeholder.gif)
大凡聖女という言葉から想像しうる偶像からかけ離れた言葉を吐く少女のその周囲、石畳の上に無数の白い花が咲いていく。 「生憎、俺は正気だ」 言葉を詰まらせる聖地公に相対して少女は更に言葉を連ねる。 「聖地教会に眠る『神の資料』、力尽くでも見せて貰う」
2014-06-11 21:57:25![](https://tgfile.tg-static.com/static/web/img/placeholder.gif)
「……聖女様、それがどのような意味を持つか、貴女だって分からないわけでは無いでしょう」 悲痛な面持ちで彼は言う。 「当然だ、金持ちだけ救って民衆を救わぬ都合の神なんてあるものか。そんなヤツはこの俺が暴いて、壊してやる」
2014-06-11 21:57:33![](https://tgfile.tg-static.com/static/web/img/placeholder.gif)
「俺ならそれができる、それも分かってるんだろう?」 挑発的な目線で問う彼女に聖地公は顔を伏せる。 「分かってるからこそ、こうして“迎撃”体勢を十全に整えたわけだ。いいぜ、路地裏に仕込んでいる兵も住居に隠した攻城具も全部使えよ。それで止められると思うなら、な」
2014-06-11 21:57:43![](https://tgfile.tg-static.com/static/web/img/placeholder.gif)
雪が、降り始めていた。大陸のほぼ全てを影響下に置く霊峰の頂に立つ聖地。石造りの堅牢な街並みを雪が白く染めていく。…血に染められた石畳を隠すように。まだ乾いてない血だまりに降った雪は始め赤く濁るもやがて重なる雪が全てを隠していく。
2014-06-11 21:57:52![](https://tgfile.tg-static.com/static/web/img/placeholder.gif)
否、その中で染まらぬ白い花が辺り一面に咲き誇っていた。なにがしかの奇跡を証すようなその花々が咲く先へと追いかけていくとそれは大聖堂の中へ奥へと続いて、懺悔室の隠し階段を抜けると地下の通路の先で先ほどの少女の足元で止まっていた。
2014-06-11 21:58:01![](https://tgfile.tg-static.com/static/web/img/placeholder.gif)
「この奥に、アレが…」 外の沈黙とは一切無縁であるかのように、全てがこの街に訪れた容姿そのままの少女は決意を瞳に宿して石の扉に手をかけ、それを押し開け、 ――白い光に呑み込まれた。
2014-06-11 21:58:10![](https://tgfile.tg-static.com/static/web/img/placeholder.gif)
「明日の英語の小テストやばいよなー、なあゼンは勉強する?」夕焼けに照らされた通学路、栗毛色の髪をした学ランの青年が話しかける。
2014-06-11 21:59:20![](https://tgfile.tg-static.com/static/web/img/placeholder.gif)
「俺は勉強しようにも、そもそも明日の範囲が何処かしらん!」栗毛色の青年はそう言いながら胸を張って、それを見た黒髪の青年は笑った。「駄目じゃん、どうせ教えてもやらないと思うけど一応範囲教えるよ。」
2014-06-11 22:02:59