完全番外編『間宮の過去』終局(後半)
- mamiya_AFS
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がちゃ。 グラスを取ろうとした伊良湖が食器同士を軽くぶつけた音が響いた。 「…ふぅん? それで?」 改めてグラスを2つ掴み、伊良湖がテーブルに並べる。引き出し式の冷凍庫を開き、いくつかの氷を掴み、グラスに放る。乾いた涼しい音が鳴る。ペットボトルを傾けられ、氷にヒビが入る。
2014-06-07 23:26:47間宮とテーブルを挟んだ向かいに腰を下ろした伊良湖は答えずに、氷が浮かぶグラスをじぃ、っと見詰めている。 時計の針が秒を刻む音だけが無為に流れ続け、互いの呼吸すら聞こえそうだった。 「…。お腹空いたな。お姉ちゃん、何か作って。甘いのがいいな」 答えは、完全に予想外であった。
2014-06-07 23:30:24「いいから。あたしは大丈夫だから」 グラスを見下ろしていた瞳を上げて、姉を見据える。 まっすぐに。恐怖も見栄も絶望も虚勢も諦観も悲哀のどれでもなく。 ただまっすぐに間宮の瞳を見ていた。 「お願い」
2014-06-07 23:34:47「うん、いいよー」 間宮の心情を知らないかのような、あっけらかんとした返答だった。 ついこないだまであれだけ楽しかったパフェ作りが、酷く辛い事に感じる。 なのに手はすんなりと動いていく。 伊良湖の好みに合わせた大好きなパフェが、出来上がっていく。
2014-06-07 23:48:29食材を口にし続け、壊れてしまった医師。 絶望し、息子を巻き添えに死を選んだ夫婦。 人としての禁忌を犯し人である事を捨てた男達。 ゴミ箱に捨てられていた饅頭。 一日で、どれだけの絶望を目の当たりにしたのだろう。
2014-06-07 23:54:54ことり、と一般家庭ではあまり需要の無いだろうパフェグラスを置く。 家族で街に赴いた際にデパートで購入してきた物だ。買った時の満面の笑顔が思い出される。 「これで間宮のパフェが食べられるわ!」 はしゃいでいた。笑っていた。 いつだって伊良湖は、笑ってくれていた。
2014-06-07 23:59:07「ありがと。うん、美味しそう!」 パフェグラスと一緒に買った細長いスプーン。 待っている間に結んだのだろう、お気に入りの赤いリボンが揺れた。 笑顔。 眩しいくらいに、笑っている。 「いっただきまーす!」 間宮の作ったお菓子や料理を食べる時は、いつだって彼女は笑っていた。
2014-06-08 00:02:11一口大のブラウニーと生クリームが銀に掬われ、彼女の口元へと運ばれていく。 柔らかそうな唇が開き、嬉しそうに彼女がわずかに身を前に乗り出す。 スプーンが、近付いていく。
2014-06-08 00:08:34もぐもぐ。 ごくん。 手に汗を握って見守る間宮は何を思ったか。 次いで妹がスプーンを動かし、パフェを食べ続ける。 『美味しそうに』『嬉しそうに』『満足そうに』。
2014-06-08 00:10:50思わず間宮がそう漏らす。 「んぐんぐ。無理? 何が?」 首を傾げるも、手と口は休める事なく伊良湖が間宮の作ったお菓子を徐々に減らしていく。急いでいる風もなく、必要以上に時間を掛けているわけでもなく、味わっているいつものペースと動きだった。
2014-06-08 00:13:22「ごちそうさまー!」 空になったパフェグラスにスプーンが差され、からんと鳴る。 「ふーむ。美味しかったけれど、何か考え事してたでしょ? ちょっと生クリームの肌理が粗かったよ? チョコソースも多いみたいだったし。それと…」 人差し指をくるくると回して、評価を順に述べていく。
2014-06-08 00:18:12的を得ている。 確かにいつもよりも雑になってしまったのは事実だった。まともに全力で作れるわけがない。甘さを控え目にした方がいいのか等と考えてしまっていた。 成長したのは間宮の料理の腕だけではない。 伊良湖もまた、間宮の為に勉強してきた娘である。
2014-06-08 00:20:38わずかに雑になってしまったとは言え間宮のパフェである。余程の料理評論家か調理師でもなければ、誰が食べても「美味しい」と評し、ダメだった点など挙げられはしないだろう。気付きもしないかもしれない。それ程までに間宮のお菓子作りの腕は精錬されている。 それでも伊良湖にはわかるのだ。
2014-06-08 00:22:54伊良湖もまた、間宮の為に役に立ちたいと思っていたから。 間宮が自分の為に一生懸命に作っている姿を、学んでいる姿を、ただ待っていたくないから。 間宮の料理の腕が今日までここまで来れたのは、他ならぬ伊良湖の的確な指摘があったからだ。 姉妹は、共に歩んできていた。 ずっと。
2014-06-08 00:25:16