モーサイダー!~Second Lap~Episode IX
- IngaSakimori
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「……っと」 本線の方向を眺めていると、見覚えのあるフォルムのバイクが走り抜けていった。もっとも、その速度はどこか控えめで、背中には悔しさがあふれているように見える。 #mor_cy_dar
2014-10-05 23:29:30「さっきのグラディウスか……」 「捕まったばっかりだと、アクセル開けるの怖いよね」 「へえ、玲矢でもスピード違反なんてするんだな」 「あはは……あ、あたしは初心者の頃にちょっとね」 #mor_cy_dar
2014-10-05 23:29:44「バイパスで前にだーれもしなかったから、思わず……そしたら、止まれっていう旗を持った人が出てきて……」 「……なるほどな」 困ったように笑う玲矢。ゆっくりと走っているように見えても、彼女もやはりバイク乗りなのだと、志智は実感する。 #mor_cy_dar
2014-10-05 23:29:53「志智くんって、取り締まりに引っかかったことってないの?」 「ないよ」 「ふえ~……意外だなあ。 一回も? 追いかけられたけど、逃げ切っちゃったとか、そういうこと?」 #mor_cy_dar
2014-10-05 23:30:06「逃げたりなんてしないよ……俺はバイトがバイク便だからさ。 一緒に働いてる人たちから、取り締まりについては耳にタコができるくらい聞かされるんだ。 危ない時はあったけど、捕まったことは一度もないよ」 「すごいなあ……」 #mor_cy_dar
2014-10-05 23:30:25「すごいって。たった今も捕まりかけたばかりじゃないか」 「でも、やっぱりすごいよ。 志智くんって、なんていうか、観察力とか鋭そうだし。バイクに乗ってるとき、オーラっていうか……雰囲気がすごいし。 他の人たちとは違う気がするなあ」 #mor_cy_dar
2014-10-05 23:30:34「………………ん」 悪意が込められているわけではない。 そんなことは自明であるというのに、玲矢の言葉に志智は反発にも近いものを覚えてしまう。 #mor_cy_dar
2014-10-05 23:30:41(なんでだろうな……) 観察力が鋭そう、と言われている。オーラがある、と言われている。 これは褒め言葉のはずだ。だというのに、なぜか喉元まで「俺の何を知っているんだ」という言葉がこみ上げてきている。 #mor_cy_dar
2014-10-05 23:30:51(バイクに乗っているときの……俺。その何を……玲矢は……) それを知っているのは。 モーターサイクルを駆る三鳥栖志智という男を余すことなく知り、そして理解することができるのは━━ #mor_cy_dar
2014-10-05 23:30:58「……志智くん? 急に黙ってどうしたの?」 「いや、何でもないんだ。そろそろ行こうぜ。ここからはどんなルートを通るんだ?」 「あ、うん。えーっとね、ここから宇佐美……えっと、伊東の方におりて、ご飯なんだけど。ちょっと早いかな。ペースが速かったから」 #mor_cy_dar
2014-10-05 23:31:09「まだ十時半ってところか。 昼時になると混むかもしれないし、食えるうちに食べておこうか」 「うんっ、そうしよ」 #mor_cy_dar
2014-10-05 23:31:24にっこりと笑って、玲矢はW800のミラーにかけていた、ジェットヘルメットをかぶる。 気負いのないその仕草。近所へコーヒーでも飲みに行くような、カジュアルさ。 #mor_cy_dar
2014-10-05 23:31:34(亞璃須とは違うよな……) 志智はどうしても、その一挙手一投足を比較してしまう。 (……亞璃須のやつと、ここに来たら。どんな1日になるのかな) 目の前に瀬尚玲矢がいるというのに、彼はそんなことを考えてしまう。 #mor_cy_dar
2014-10-05 23:31:43伊豆スカイラインの中間地点にあたる亀石峠ICを降りて、左折すると県道19号線の急激なダウンヒルが待ち受けている。 (ここも……結構いいな) 小気味のよいヘアピンが連続したかと思うと、不意に視界が開け、相模灘が見えた。 #mor_cy_dar
2014-10-05 23:32:07一人で走っていたなら、三速全開にしていただろう志智の衝動をおさえるように、前方に光るのはW800のテールランプ。 なめるようにリアブレーキを踏みながら、スピードをコントロールする玲矢の走りは、伊豆スカイラインの時よりも格段に安定しているように見える。 #mor_cy_dar
2014-10-05 23:32:18(意外と……下りの方が得意なのかな?) ヘアピンの手前でわざと車間をとり、なるべく高い速度で突っ込んでみる。それでもせいぜいが時速60km。だが、はじめて走るすばらしい道で、バイクを倒しこむ感覚は、楽しいの一言以外に表現しようがない。 #mor_cy_dar
2014-10-05 23:32:50(やっぱりいい道だ……) 対向車線との間は、コンクリート壁で区切られていた。見れば暴走行為を戒める看板が何枚も立っている。 #mor_cy_dar
2014-10-05 23:33:08「こういうところは、バイクブームのころ、いろいろ凄かったんだって……祇園田おじさんが言ってたな」 現代の目線でみれば、大げさにすぎる命の大切さを教える看板も、きっと当時では切実なものだったのだろう。 #mor_cy_dar
2014-10-05 23:33:31重力に引っ張られ、いきおい速度はあがっていく。10分もかからずに、志智たちは亀石峠から海沿いの町である宇佐美へと至っていた。 住宅が増え、観光客用ではない商店が散見されるようになると、ここには確かに歴史と産業が存在するのだと志智にも理解できる。 #mor_cy_dar
2014-10-05 23:33:38「……山のてっぺんから、もう海か」 太陽の光を反射する青い海原。潮のにおいが風に混じるT字路を右折する。 #mor_cy_dar
2014-10-05 23:33:55波とたわむれるサーファーの姿を、左手に眺めて楽しむ暇もなく、いくつかの信号を抜けた先でUターン。土産物屋の隣にある小さな食堂の前へ、玲矢はW800を止めた。 #mor_cy_dar
2014-10-05 23:33:59「とうちゃく~。お昼はここですっ」 「……個人経営の食堂、か。なんだか小さいところなんだな」 外食といえば、ファーストフードかせいぜいチェーンのレストランという印象しかない志智にとって、そのたたずまいはあまりに地味で、すこし面食らうものだった。 #mor_cy_dar
2014-10-05 23:34:11「ふっふ~ん。志智くん、ここはね。とっておきの場所なんだよ?」 「そうなのか?」 「うんっ! ほら、入って入って」 「ああ……」 がらがらと音が鳴る横開きのドアを開けると、玲矢に背中を押されて、志智は食堂に入った。 #mor_cy_dar
2014-10-05 23:34:20(うわっ……) まるで一般家庭のそれとしか思えない安っぽいテーブル。同レベルの椅子。 壁の高い位置にはテレビが据え付けられており、ワイドショーを流していた。まばらな客はそれを眺めながら、もくもくと白飯をかきこんでいる。 #mor_cy_dar
2014-10-05 23:34:29