モーサイダー!~Second Lap~Episode IX
- IngaSakimori
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「すごい……光景だな」 「へ? そう? 家庭的でいいと思うけど」 「まあ、家庭的と言えば、家庭的なのかもしれないけどさ……」 「いらっしゃい」 愛想があるというより、近所の誰かに話しかけているような口調の中年女性が、注文を取りに来る。 #mor_cy_dar
2014-10-05 23:34:38「えっと、刺身定食をふたつ下さいっ」 「二人前食べるのか……すごいな」 「何言ってるの、もうっ。志智くんの分もだよ。ここはね! 刺身定食がおすすめなの! おいしいの! だから、勝手に頼んじゃいました! お値段、せんはちじゅうえん!」 #mor_cy_dar
2014-10-05 23:34:49「まあ、玲矢がそう言うなら構わないけど」 やたらと自信ありげな玲矢に頷きつつも、実際のところ、志智は気が気ではない。 #mor_cy_dar
2014-10-05 23:34:59(ものすごくまずい飯が出てきたりしないだろうな……) 一般家庭そのままの内装。狭苦しそうな厨房。汚いわけではないが、ぴかぴかに磨き上げられたフローリングの床でもない。もちろん絨毯も敷いていない。 こんな場所で、どんなグルメが味わえるというのだろう。 #mor_cy_dar
2014-10-05 23:35:08(うまい飯っていうのは、もっとこう……清潔で……ぴかぴかで……しっかりしているところで食べるものじゃ……) 厳格に管理された量産品を使って、統一された価格であるべきなのだと━━ #mor_cy_dar
2014-10-05 23:35:15「お待たせしました」 「……えっ」 そして、志智の前に運ばれてきた膳には、予想以上のものが載せられていた。 #mor_cy_dar
2014-10-05 23:35:24「……玲矢」 「なに、志智くん? あ、いただきますだよね。手を合わせないとね」 「いや、そうじゃなくて。注文間違えてないか? これで本当に……あの値段なのか?」 「うん、そうだよ」 #mor_cy_dar
2014-10-05 23:36:17志智の前には、まず白米があった。味噌汁があった。 刺身定食というだけあって、もちろん魚の刺身も存在した。しかし、そのボリュームが想像以上だった。漬け物もちゃんと小皿に並んでいる。 #mor_cy_dar
2014-10-05 23:36:26(もしかして……) さらには小さな陶器。ふたを開けてみると、それは果たして茶碗蒸しだった。 #mor_cy_dar
2014-10-05 23:36:32「……これであの値段?」 「うん。結構あるでしょ!」 「食べてもいいか?」 「ちゃんといただきますしてね」 「ああ、いただきます……ん」 #mor_cy_dar
2014-10-05 23:36:45赤白く透き通る刺身の一枚を口へ運んでみる。 その味を志智は覚えている。たしか、これは━━鯛だ。決して安い魚ではない。 いや、値段などどうでもいい。口の中でとろけるようだ。ただただ、うまい。それがこんなにたくさんあるとは、どういうことだ。 #mor_cy_dar
2014-10-05 23:37:10「……魚の刺身って、こんなにうまかったっけ……」 「おいしいでしょ? ねっ。ここはすごいんだから~」 向かい合った先では、秘密の場所を教えてあげた子供のような笑顔で、玲矢が笑っている。 #mor_cy_dar
2014-10-05 23:37:52「ツーリング先で、こういう地元のすてきなお店に入って……それで、おいしいものを食べるって、いいよねっ」 「………………そうか。そうだよな」 玲矢にとっては既知の楽しみ。そして、志智にとっては初めての驚き。 #mor_cy_dar
2014-10-05 23:38:01(バイクって……ただ、走りにいくだけじゃなくて……行った先で、うまいものを食べるなんて……楽しみ方もあるんだな……) ああ、同じような初めては去年も教えてもらった。他でもない、日原院亞璃須が彼に教えてくれた。 #mor_cy_dar
2014-10-05 23:38:24「……キャンプの他にも、バイクの楽しみってあるんだな……」 「志智くん?」 「いや」 #mor_cy_dar
2014-10-05 23:38:38ゆっくりと首を振ると、店内からやたらと興味ありげな視線が向けられているのがわかった。若い男女。それもモーターサイクル。あり得ない組み合わせではないが、珍しくはあるのだろう。 #mor_cy_dar
2014-10-05 23:38:48(そんなことはどうでもいい……) だが、志智にとって今、重要なのは他人ではなかった。 玲矢だった。目の前にいる、自分の知らないことを教えてくれた彼女に対して、示さねばならない感情があった。 #mor_cy_dar
2014-10-05 23:39:45だから、志智は彼女の目を見て、こう言った。 「ありがとうな、玲矢。こんな楽しみ方が……ツーリングがあるなんて、俺、はじめて知ったよ。 本当にありがとう。教えてくれて……ありがとうな」 「………………し、志智くんっ」 #mor_cy_dar
2014-10-05 23:40:05それは三鳥栖志智にとって、あくまで感謝の表明であり。 それ以外の思いなど、微塵も混じってはいなかったとしても。 #mor_cy_dar
2014-10-05 23:40:12「そ、そんな……こと言われて……あのっ、熱く見つめられたら……あ、あたし……は、恥ずかしくて……爆発しちゃうかも……」 「………………爆発?」 「はぅああああああ~~~~~~!! よかったあ~……勇気出してツーリング誘ってよかったよぉ……!!」 #mor_cy_dar
2014-10-05 23:40:23━━そう、あくまで三鳥栖志智は瀬尚玲矢に感謝しているだけなのだとしても。 恋する一人の乙女にとって、想い人から向けられる優しい微笑みは、超巨大爆弾にも匹敵する破壊力なのであった。 #mor_cy_dar
2014-10-05 23:40:32