古籏一浩氏の昔話【前篇】 ~ MZ-700版タイニーゼビウスの開発話

ソフトバンクの雑誌Oh!MZの1986年11月号に掲載された古籏一浩氏作のMZ-700版タイニーゼビウス(http://www.openspc2.org/mz700/XEVIOUS.html)に関するツイートのまとめです。 ◆関連 ・古籏一浩氏の昔話【後篇】 ~ MZ-700版スペースハリアーの開発話 http://togetter.com/li/737302
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古籏一浩 @openspc

昔話:BASICでは低速すぎて上から下にスクロールさせることは難しいため、ほとんどの場合、マシン語/機械語が使われていた。当時のBASICは低速部分をカバーするため機械語を呼び出して使うことができた。でも、さっぱり分からなかった。

2010-02-19 20:57:04
古籏一浩 @openspc

昔話:ゼビウスをBASICで作るといっても雰囲気を味わいたい程度のもの。まずは自機と敵(テラジ←最強の空中戦闘機)だけ。しかしBASICゆえに遅い。高速化しないととても遊べない。まず、自機の移動を改良した。消して書くという処理を高速化。自機は英文字のAなので左右に空白を入れた。

2010-02-19 22:33:08
古籏一浩 @openspc

昔話:自機であるAの左右に空白を入れる、つまり表示すると同時に消すことができる。PRINT " A ";でOK。これによりかなり高速化。このテクニックもベーマガで説明されていた。今なら全く不要な技術だけど、当時は結構役に立った。敵も同様に空白を利用し高速化することができた。

2010-02-19 22:37:46
古籏一浩 @openspc

昔話:技術不足という都合(!)により左右にしか移動しない自機。敵も上から下に来るだけ。でも、とりあえずザッパー(敵を倒す空中弾)を出すことに。弾の移動も弾の下に空白を表示すればOK。幸いにしてS-BASICにはカーソル位置制御のコントロールコードがあるので簡単だった。

2010-02-20 00:36:19
古籏一浩 @openspc

昔話:ゼビウスのザッパーは三連射。ということで単発を頑張って三連射に。でも配列がよくわからなかったのでZX1, ZX2, ZX3とかの名前にして処理。でも、三連射できず失敗。とにかく全く技術力がなかった。頼るべきはベーマガしかなかった。そして、そのベーマガにアレが登場したのだ。

2010-02-20 00:48:48
古籏一浩 @openspc

昔話:ベーマガのカラーページに思わぬものが掲載されていた。PC-6001版のタイニーゼビウスだった。色は黄色と緑と青とか、とにかく色は少なかった。でも、単純に遊んでみたかった。ということで、電波新聞社から発売されたPC-6001用タイニーゼビウスを購入した。そして電気屋で遊んだ。

2010-02-20 00:51:45
古籏一浩 @openspc

昔話:PC-6001のタイニーゼビウスくらいならと思ったけどS-BASICでは限度がある。という事でHuBASICにしてみた。が、低速なのは変わらず当然何も解決しなかった。最終的には機械語でないと駄目という結論になった。そこで、機械語の入門書を探し始めた。

2010-02-20 23:06:45
古籏一浩 @openspc

昔話:当時はベーマガ以外にもI/O(これは今でもある)や月刊マイコン、Oh!mzなどOh!シリーズとかいろいろあった。そこでmzシリーズを扱っているOh!mzを買ってみた。ページをめくると意味不明な数字、日本語なのに書いてあることが分からない状態で完全にお手上げだった。

2010-02-20 23:22:50
古籏一浩 @openspc

昔話:手に取った「マイコン機械語入門」の目次には「ブロックくずし-機械語はこんなにやさしい-」と書いてあった。作りたかったのはリアルタイムゲームなので、まさにぴったりな本だった。そして肝心な機械語は14ページにあった。それも少しだけ。あまりの少なさに驚いた。これだけなのか、と。

2010-02-22 00:47:34
古籏一浩 @openspc

昔話:機械語入門のブロックくずしは最初は画面にブロックと風車(これは作者が勝手につけたもの)を描くプログラムだった。画面の書きたい番地を指定して、そこに番号(mz-700の場合はディスプレイコード)を入れるだけ。あとはアドレスを1つずつずらしてブロックを書くだけ。簡単だった。

2010-02-22 00:57:04
古籏一浩 @openspc

昔話:あれだけ意味不明で高尚(!)な機械が、あまりに簡単なものだというのが判明(?)した。そこで、本のブロック崩しを入力し無事に動いた後、ゼビウスのタイトル画面を描くことに挑戦した。まずは、SCOREの文字と得点を示す0000を書いてみた。できた・・・あっさりと・・・。

2010-02-22 01:00:00
古籏一浩 @openspc

昔話:バンク切り替えは銀行を変えるわけではなくZ80でより多くのRAMを使うための1つの方法だった。mz-700の場合は$0000と$D000の2カ所をバンク切り替えできた。mz-2500あたりになると、これがメモリにマッピングする方式まで進化していった。

2010-02-23 01:56:37
古籏一浩 @openspc

昔話:ゼビウスのタイトルはできた。が、それはグリーンで表示されていた。カラーモニタではなかったからだ。とりあえずタイトルができたら、次は左から右に星を動かすことを考えた。これはブロック崩しのパドル移動と同じだったので簡単にできた。

2010-02-23 01:59:07
古籏一浩 @openspc

昔話:そして、中途半端なタイトルだけ作って高校受験となった。ところが、受験なのにパソコンいじっていたので先生から落ちるぞ、と面接で言われた。おまけに名指しではなかったけどクラス全員の前で「この中で一人だけ落ちる」とご丁寧にアナウンス。受験に失敗する予定だったのが自分だった。

2010-02-23 02:03:38
古籏一浩 @openspc

昔話:高校受験は終了した。あとは結果だけだった。受験が終わってしまえばmz-700で遊ぶことができた。ずっとゼビウス作っていたわけではなく、ベーマガに掲載されたゲームを入力して遊ぶというパターンだった。そして合格発表の日。先生の予告通りクラスで一人だけ落ちた・・・私ではない人が

2010-02-24 04:38:30
古籏一浩 @openspc

昔話:とにかく高校には受かった。ということで春休みはmz-700でゲーム三昧。ベーマガのゲームを入力して遊ぶ日々。あとは時々畑仕事とかお手伝い。そして高校に入学しクラブ活動を始めた。頭を使う部は駄目なタイプなので運動系、まあ体育会系の部に入った。

2010-02-24 23:01:28
古籏一浩 @openspc

昔話:時代がマイコンからパソコンに呼び方が変わった時期で、プログラムを作れる人も多くいた。となりの電気科ではソードのM5で何かのコンテストで優勝した人もいた(隣の隣のクラスだったかも)。まだ、16ビットマシンの時代ではなく8ビットマシンの全盛期だった。

2010-02-27 20:49:18
MusicVideoman @MusicVideoman

ぜひ #OldPCJPで! RT @openspc: 昔話:時代がマイコンからパソコンに呼び方が変わった時期で、プログラムを作れる人も多くいた…

2010-02-27 20:51:38
古籏一浩 @openspc

@MusicVideoman いや〜まあ、ここらへんはひそかに楽しむネタということで...。RT ぜひ #OldPCJPで! RT @openspc: 昔話:時代がマイコンからパソコンに呼び方が変わった時期で、プログラムを作れる人も多くいた…

2010-02-27 21:03:11
古籏一浩 @openspc

昔話:各人が持っているマシンもバラエティに富んでいた。私はmz-700だったけど他はPASOPIA, PASOPIA 7, PC-8801, FM-7, mz-1500, X1, PC-9801等々。他のクラスまで広げるとM5やJR-200などのユーザーもいた。

2010-02-27 20:52:29
古籏一浩 @openspc

昔話:ゼビウスのタイトル画面はロゴの一部の色が素早く点滅し光っているように見せるようになっている。そこで赤と白を交互に点滅させるコード(もちろん機械語)を作って動かした。PC-6001のタイニーゼビウスのタイトルよりはるかに素晴らしかった(自画自賛^^;)。

2010-03-01 03:21:52
古籏一浩 @openspc

昔話:mz-1500が出てしまったのでmz-700は見る影もない。ソフトも当然激減。激減しても自分で作ればよい時代だったので、そこらへんは苦にならなかった。ゼビウスもタイトルの次はキーを押したら森でも表示させて驚かせてやろうと思った。

2010-03-05 02:35:18
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