高橋源一郎先生の【慰安婦問題】について

高橋源一郎先生の【慰安婦問題】について。 朝日新聞論壇時評に掲載された、内容のまとめ。
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高橋源一郎 @takagengen

今日は、月に一度の朝日新聞論壇時評の日です。今回は「戦争と慰安婦」と題して、いままた論議を呼んでいる「慰安婦問題」について書きました。

2014-08-28 08:33:11
高橋源一郎 @takagengen

C・イーストウッドの映画「父親たちの星条旗」の冒頭には、「ほんとうに戦争を知っているものは、戦争について語ろうとしない」という意味のことばが流れます。深く知っているはずのないことについて大声でしゃべる人間には気をつけたい、とぼくは思ってきました。もちろん、ぼく自身についてもです。

2014-08-28 08:34:53
高橋源一郎 @takagengen

「慰安婦問題」でも、ある人たちは、「慰安婦」は「強制連行」され「性的な奴隷」にされた、と主張し、またある人たちは、「いや、あれは単なる娼婦で、自発的に志願して、かの地にわたり、大儲けしたのだ」と言います。けれど、朴裕河さんのいうように、どちらの場合もあった、というべきでしょう。

2014-08-28 08:36:42
高橋源一郎 @takagengen

そして、その間には無限のグラデーションがあり、「性的な奴隷」に見える中に日々の喜びもあり、また逆に、「自発的な娼婦」に見える中に、耐えられないほどの苦しみもあったはずです。けれど、この問題をめぐる議論は、お互いに「見たいもの」しか見ないことで不毛になっていったように思います。

2014-08-28 08:38:01
高橋源一郎 @takagengen

とりわけ、「戦争を知らない」世代が、紙の「資料」をもとにして、なんでも知っているかのように論じる姿に、ぼくは強い違和を感じてきました。実際に「戦争を知っている」世代は、そんな風な語り方は決してしなかったからです。

2014-08-28 08:39:24
高橋源一郎 @takagengen

戦争中、多くの作家たちだが、兵士として戦場に旅立ちました。そして生き残ったものたちは、帰国して後、戦場で見たものを小説に書き記しました。そこには、「慰安婦」たちの生々しい姿も刻みつけられています。有馬頼義、長谷川四郎、富士正晴、伊藤桂一、田村泰次郎、古山高麗雄、等々。

2014-08-28 08:41:16
高橋源一郎 @takagengen

彼らは見たものを書きました。頻発する強姦、民間人・農民の無差別虐殺、狂気に陥る兵士、自分が何をされるかわからないまま連れて来られた慰安婦たち。けれども、彼らは「わたしは知っている」とは書きませんでした。「わたしが見たのはそれだけだ。他のことはわからない」と書いたのです。

2014-08-28 08:43:02
高橋源一郎 @takagengen

古山高麗雄は、数多くの戦争小説を書き、その中で繰り返し、慰安婦を登場させました。けれど、彼は、戦場では慰安所に行こうとはしませんでした。「慰安婦は、殺人の褒賞であること」を知っていたからです。戦後しばらくたって「慰安婦問題」が大きく取り上げられるようになって、彼はこう書きました。

2014-08-28 08:44:58
高橋源一郎 @takagengen

「彼女は…生きているとしたら…どんなことを考えているのだろうか。彼女たちの被害を償えと叫ぶ正義の団体に対しては、どのように思っているのだろうか。そんな、わかりようもないことを、ときに、ふと想像してみる。そして、そのたびに、とてもとても想像の及ばぬことだと、思うのである」

2014-08-28 08:46:08
高橋源一郎 @takagengen

誰よりも、彼女たちの心に近かった古山でさえ、「想像の及ばぬことだ」というのだとしたら、遥か遠く、「戦争を知らない」ぼくたちは、もっと謙虚になるべきなのかもしれません。そんなことを書いてみました。ご笑覧くだされば幸いです。

2014-08-28 08:47:10
高橋源一郎 @takagengen

おはようございます。もろもろ忙しく、ご無沙汰していましたが、ツイッター再開します。今日は、月に一度の朝日新聞論壇時評の日です。今回は、ほぼ一回分を使って、去年、韓国で出版され、告訴されることなった、朴裕河さんの「帝国の慰安婦」について書きました。

2014-11-27 09:10:57
高橋源一郎 @takagengen

この本は、「慰安婦」を論じたあらゆるものの中で、もっとも優れた、かつ、もっとも深刻な内容のものです。これから、「慰安婦」について書こうとするなら、朴さんのこの本を無視することは不可能でしょう。そして、ぼくの知る限り、この本だけが、絶望的に見える日韓の和解の可能性を示唆しています。

2014-11-27 09:12:31
高橋源一郎 @takagengen

朴さんは、「慰安婦」問題について、それを否定する側も、慰安婦を支援する側も、それぞれが持っている「大日本帝国」のイメージに合わせて、彼女たちがする話の中から、自分の聞きたい話だけを聞いてきた、と書いています。彼女たちの複雑な立場と思いを聞きとる努力がされることはありませんでした。

2014-11-27 09:14:16
高橋源一郎 @takagengen

朴さんは、慰安婦たちを戦場に連れ出した「責任」と「罪」は、まず帝国日本にあるとしながら、同じ「責任」と「罪」を持つべき存在として、朝鮮人同胞の業者、そして、女子の生涯を支配し、自由を許さなかった「家父長制」を指さします。彼らは、帝国日本の意向に沿って、彼女たちを「売った」のです。

2014-11-27 09:16:21
高橋源一郎 @takagengen

韓国(や北朝鮮)で、彼らの「罪」が問われなかったのは、そこに植民地・韓国(北朝鮮)の、忘れたい過去があったからです。植民地の民は、時に、本国民より熱狂的に宗主国に愛や協力を誓います。慰安婦も、彼女たちを連れ出した業者も、植民地の「準日本人」として「愛国者」の役割を果たしたのです。

2014-11-27 09:18:14
高橋源一郎 @takagengen

「朝鮮人慰安婦」にとって、日本人兵士は、時に自分の肉体を蹂躙する敵であり、時に、自分と同じく戦場で「もの」として扱われる「同志」でもありえたのです。だが、彼女たちの複雑な思いと立場は、日本と韓国の、それぞれの公的な「記憶」の中では、不都合な存在とされてきました。

2014-11-27 09:19:58
高橋源一郎 @takagengen

それぞれの国で、慰安婦たちは「単なる売春婦」か「強制的に連れて来られた性奴隷」のいずれかでなければならなかったのです。かつて、自分の肉体と心の「主人」であることを許されなかった慰安婦たちは、いまは、自分自身の「記憶」の主人であることを許されてはいないのです。

2014-11-27 09:21:57
高橋源一郎 @takagengen

朴裕河は、「慰安婦問題」の淵源を、明治以降、海外に渡った日本人娼婦、「からゆきさん」に見ています。彼女たちも、絶望的な貧困と、「家父長制」の下、自由に生きられなかった日本の女たちの典型として、海外へ膨張を始めた帝国日本の先兵の男たちを慰める役目をになって、出国したのでした。

2014-11-27 09:23:52
高橋源一郎 @takagengen

森崎和江の「からゆきさん」には、その様子が生き生きと描かれています。「からゆきさん」も、悲惨で絶望的な状況を生きました。騙されて連れてゆかれた女たちも多かった。けれど、森崎は、「からゆきさん」を、ただ苦しんだだけの「奴隷」としては描かず、彼女たちに寄り添い、その声を聞いたのです。

2014-11-27 09:25:35
高橋源一郎 @takagengen

苦しみの中にあって、それでも、人間として生きようとする「からゆきさん」たちの苦闘を、森崎は描いています。朴裕河の「慰安婦」たちも同じです。彼女たちを人間として認めること、そのためには、国家の公的な「記憶」の持ち主ではなく、彼女たちのかけがえのない個人の「記憶」に耳をかたむけること

2014-11-27 09:27:03
高橋源一郎 @takagengen

朴裕河は「同胞の罪」を問うたために、韓国内では激しく批判されました。ちょうど、ハンナ・アーレントが「イェルサレムのアイヒマン」で、ナチスがユダヤ人を強制収容所に連行する際、ユダヤ人社会が協力したことの罪を問い、ユダヤ人社会の激烈な反発を招いたように、です。

2014-11-27 09:29:11
高橋源一郎 @takagengen

アーレントは、ユダヤ人社会の協力を責めることはナチスの罪を軽減することになる、という批判に対して、真実を明らかにすることからしか、真の解決は始まらない、と応答しました。アーレントの本のように、朴裕河の本が孤独な顔つきをしているのは、同じ問題に向かい合っているからなのかもしれません

2014-11-27 09:30:37
高橋源一郎 @takagengen

長々と書きました。論壇時評、読んでくださると嬉しいです。それでは。

2014-11-27 09:31:03