空想の街・灯りの樹の夜'14 最終日 #赤風車

#空想の街 (http://www4.atwiki.jp/fancytwon/)さんの「灯りの樹の夜」最終日(14/12/14) #赤風車 。公式様参加者様、お疲れ様でした。 時系列順に並んでおります。何か問題など御座いましたら、お手数をおかけして申し訳ないのですがご一報頂けますと幸いです。すぐに修正いたします。 他本編や番外などはこちら→http://nowhere7.sakura.ne.jp ※文章や画像の無断転載及び複製・自作発言等の行為はご遠慮ください。
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不可村 @nowhere_7

一文字はずっと海を見たままだったが、ゆっくりと細い顎を動かした。認めて徒華はそっと続ける。 「あの子は、自分の釣った鳴る風車を、いのちのあるものとして扱っていたんだ。だから、いのちは大事にしたい、汚したり変に価値をつけたりしたくないって、いつも言っていた」 #空想の街 #赤風車

2014-12-14 14:43:41
不可村 @nowhere_7

そうして徒華は言葉を締めくくる。「それだけは、憶えておいてほしい。君がもし弟の残していったあの風車を、売ってしまう、つもりなら、ずっと。もし可能なら、売った相手にも、どうか」 沈鬱に色を染めた言葉。冷たい潮風が一文字と徒華の持つ風車を、ころん、と鳴らした。 #空想の街 #赤風車

2014-12-14 14:49:21
不可村 @nowhere_7

「分かった」暫時の沈黙の後、一文字がそう答えて狐色の羽織りを整えた。「俺はその言葉を憶えていよう。ずっと」 「有難う」礼を言う徒華を一文字が柔らかく制した。いい、とその無表情が語っていた。 「――それよりお前様は、悩みにけりをつけられたか」 #空想の街 #赤風車

2014-12-14 14:53:31

ほんとうのものと、そうでないもの

不可村 @nowhere_7

問われ徒華ははっとする。言い合いをしたままの恋人のことだ。忘れていたわけではないのだが、けりをつけられたかと言われると少し返答に困る。 「櫻子には……昨日君が買ってくれたあの飴を渡したい。どうにか会って、もう一度話をしたい」 #空想の街 #赤風車

2014-12-14 14:58:08
不可村 @nowhere_7

徒華は無意識に顔を逸らし、男物のワイシャツを握り締める。長い黒髪で愁い顔が隠れた。 男なのか女なのかどっちだっていいのだが、そんなことは気にしないが、一文字にはそのちぐはぐな姿が徒華のものだというだけで無性に気にかかる。初対面からそうだったが言えないできた。 #空想の街 #赤風車

2014-12-14 15:01:04
不可村 @nowhere_7

「お前様よ」 とうとう口を出したと思ったが、一文字の声は止まらなかった。「気になっていたのだが、お前様は男装をしているな。それはいつからだ」 今更何を、と徒華は唐突な問いに目を瞠った。「女学校を卒業して、家業の手伝いをすると……櫻子と交際すると決めた時だ」 #空想の街 #赤風車

2014-12-14 15:06:05
不可村 @nowhere_7

「恋人殿はそれをお前様に強いたのか?」 一文字の目が読めない。徒華は顔を無意識に緊張させ、見ないままサスペンダーをいじった。「……櫻子はそんなことは言わない。これは私が勝手に決めたんだ」「何故」「櫻子と並んで歩いても、……あの町で櫻子が窮屈にならないように」 #空想の街 #赤風車

2014-12-14 15:08:27
不可村 @nowhere_7

「では何故」一文字の目はそのまま徒華の目を射抜いている。「何故その黒髪はそんなに長いのだ。並んで歩いても違和感を周囲にもたせないように、という理由の男装ならば、そんな半端なことにはならない」 徒華の息が浅い。本人はそれに気づけない。相手に見られていることも。 #空想の街 #赤風車

2014-12-14 15:11:21
不可村 @nowhere_7

ただの主義、譲れない部分であるなら、はっきり言える事ならこんな状況には陥っていないのだ。徒華ははっきり言えなかった。 確かに、長い黒髪は大事だった。姉などは豪快にマッシュルームヘアが最先端だなどと言って卒業と同時にばっさり切っていたが、徒華には出来なかった。 #空想の街 #赤風車

2014-12-14 15:14:04

石女が潜む砦

不可村 @nowhere_7

綺麗ね。その黒髪。 理知的な声が鮮やかに甦る。途端徒華の意識は女学生時代に舞い戻る。名前のせいで中々友人が出来なかった。漸く読書仲間の櫻子と知り合った時季に、その女性に声をかけられた。 名を訊かれ、躊躇いがちに告げれば女性は『素敵』と笑った。どうして。 #空想の街 #赤風車

2014-12-14 15:17:40
不可村 @nowhere_7

困った自分に気づいたのだろう、女性は、悪く取らないでね、と優しく言った。そして続けてくれたのだ。 『実をつけない花にだって意味はあるわ。あなたが意味を見出していけばいいのよ。それにわたし、そうやって輝く花って、好きよ』 ――それが、徒華の憧れた人だった。 #空想の街 #赤風車

2014-12-14 15:20:45
不可村 @nowhere_7

あだばな。いたずらに実をつけぬ花。 姉の名は姉に似合って美しいのに、どうして自分はこんな名なのか、物心ついて級友にからかわれたときに親に訊いた。名づけは父だった。母は産後の肥え立ちが悪く、次女の名を考えられないでいたらしい。 #空想の街 #赤風車

2014-12-14 15:24:22
不可村 @nowhere_7

@tos 徒華の父は、宿の経営者としての能力は低くはなく、決して無学でもなかった筈なのだが、姉妹で名を並べたときの字面だけを見て命名してしまったという。父が辞書で意味を確認した時には、改名をしたくとももう遅かった。あの町の役人は頭が固く、そう簡単には例外というものを認めない。

2015-08-06 01:51:05
不可村 @nowhere_7

#空想の街 #赤風車 それからずっと名を呪った。 苗字はよくとも名を知られるのを嫌がった。両親は謝って不憫そうにしていたが、物心ついて女性にばかり気が向くようになった徒華は何もかもが怖かった。そういった気持ちに敏感な級友たちには仇名をつけられ遠巻きにされた。 曰く、心の石女、と。

2014-12-14 15:30:03
不可村 @nowhere_7

不幸中の幸いだったが、級友の女学生たちは皆独自の関係だけで固まっていて、町中に徒華の振る舞いが知られることはなかった。 けれど徒華の心にはずっとその呼び名が残っている。 そして、それを解かしてくれた女性の笑みも、鮮烈に。 #空想の街 #赤風車

2014-12-14 15:32:16

一本裁てば、首に一本

不可村 @nowhere_7

「なあ」ふいに一文字の声が差し込み、徒華は思考から意識を浮上させる。ゆるりと相手を見れば、一文字はすらと伸びた腕を少し動かしていた。「俺が思うにお前様の恋人殿は、今俺が言いたいことを言おうとしたのではないかね」 徒華は頭を回転させる。長い黒髪。男装。半端。 #空想の街 #赤風車

2014-12-14 15:38:40
不可村 @nowhere_7

――半端? 「何が言いたい、一文字」徒華の声が波に浚われる。「らしくないぞ。憶測でものを語るなんて」徒華の言を拾い上げておいて無視をした一文字は会話の駒を進めた。 「つまり――矛盾しているのだ。恋人殿のためと言いながら男装するお前様と、その長い髪が」 #空想の街 #赤風車

2014-12-14 15:43:01
不可村 @nowhere_7

一文字の語りがまだ続く。「恋人殿は『わたくしたちはほんとうじゃない』と言ったそうだな。ほんとう、の部分だ――心当たりは本当にないと言えるか」徒華は、一文字の三つ編みの赤い風車をぼうっと見ている。氷の声が追い討ちをかけた。 「お前様は、別の者を見てはいまいか」 #空想の街 #赤風車

2014-12-14 15:47:55
不可村 @nowhere_7

長く、海の音。風車はしんと黙り、二人の声を吸っている。 「いちもんじ」今度は徒華の声が凍った。一文字は聞こえているかいないか、それでもとまらなかった。 「恋人殿は戸惑ったように走り去ったと言っていたな。その分では恋人殿は言うまで随分躊躇ったのだろう。そして」 #空想の街 #赤風車

2014-12-14 15:54:08
不可村 @nowhere_7

そして。「お前様、恋人殿の目は普段の逢瀬で何を映しているか、はっきり言えるか」 「一文字!」徒華が声を荒げた。そのままの勢いで徒華はらしくなくよろけながら立ち上がる。風が風車を鳴らしたが、二人には聞こえない。「黙れ一文字。事情に詳しい友だといえどそれ以上は」 #空想の街 #赤風車

2014-12-14 15:56:33
不可村 @nowhere_7

「それ以上は」何だ、と一文字の目が透き通っている。眼球の裏側まで氷のようだ。先に広がる赤いものが見えるのではないかとまで徒華には思えてしまう。 段々と陽が落ちる、冬の海。いつもと違う場所。 「それ以上言うなら、……私は君を許せなくなる。友人などやめてやる」 #空想の街 #赤風車

2014-12-14 16:31:13
不可村 @nowhere_7

ならばやめるか。 ぽん。落ちた言の葉に、徒華はたたらを踏んで頬を押さえる。その瞳に狐色と桧皮色と紅色が混ざり、滲んで揺れた。 いま、この男はなんといった。長く友人をやっているこのにんげんはなんといったのだ。 #空想の街 #赤風車

2014-12-14 16:37:25
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