空想の街・灯りの樹の夜'14 最終日 #赤風車
その花に触れるな
夢の澱の中から、ゆっくり目を開ける。旅館の窓から見える空は快晴で、行きかう人の足は軽快に映った。 顔を洗っても、しっかり衣服を整えて着ても徒華の心は余り晴れなかった。今日でもうここの宿とはお別れである。すっかり愛着が湧いてしまったが、出ないわけにもいかない。 #赤風車 #空想の街
2014-12-14 11:50:45実は少し前には起きていたのだが、どうにも直ぐに一文字のいる廃屋へ向かう気が起きなかったのだ。その理由はこの宿が愛しいからというのもあったが、昔の夢を見た後で何もなかったように一文字の色素の薄い瞳を見たくなかった。 それでも愚図愚図してはいられない。 #空想の街 #赤風車
2014-12-14 11:53:51部屋の寝具を寄せ、孔雀荘の受付に礼をいい、徒華は芥子色のショールを巻いて外に出た。中にいたときは分からなかったが、冬の快晴もまた冷え込む。昨日渡された飴たちの眠る袋をしっかり抱え、風車がポケットに刺さっていることも確認し、徒華は東区の南へと向かった。 #空想の街 #赤風車
2014-12-14 11:59:50徒華には急ぐわけがあった。折角の素晴らしいオーナメントを早目に飾っておきたいということもあった。 それに、故郷に置いてきた長姉からは今日の夜には帰路に着くようにしつこくしつこく念押しされていたのだ。無視すれば帰宅後、事務所で万年筆と電話が飛ぶこと必須である。 #空想の街 #赤風車
2014-12-14 12:02:36長姉の怒りの顔を思い出している内に、海の見える場所まで来てしまった。冬の海は、怖い。この街の海は温かな色をしているが、それでも海は海だというだけで、徒華には恐ろしい部分があった。恐れというよりは畏れかもしれないが。 諦めを白い吐息に混ぜ、徒華は廃屋へ行く。 #空想の街 #赤風車
2014-12-14 12:05:12一文字、と声をかける。そのまま二度三度とゆっくり戸を叩いたが、もう昼になるにも関わらず扉は開かなかった。 いらえはなく、まさか凍死でもしたかとぞっとする。地元の町では幾ら警吏に引っ張られようと寒かろうと道端で眠る一文字だから心配しなかったが流石に堪えたか。 #空想の街 #赤風車
2014-12-14 12:08:51愈々不安が高じた頃、漸く「起きている」と声が返った。併し安心して開けた徒華の視界には中々見慣れたあの細い姿が入らない。どこだ、と思えば、弟がやったと思われる突き刺さる風車の向こう、隅で一文字は座禅でもするように腰を下ろしていた。 その眼鏡の奥に双眸が現れる。 #空想の街 #赤風車
2014-12-14 12:11:54「全く、一文字、君は驚くようなことしかしないな。君の突拍子のない行動には数年で慣れたつもりだったけど」徒華が安堵を溢せば相手は口元だけ笑いに歪め、ゆっくりと立ち上がる。鼻で笑う癖は何とか一日で克服したらしい。 #空想の街 #赤風車
2014-12-14 12:14:30自分しか知らないあのひねた癖がもう見られない、喜ばしいと思うべきことなのにそれが徒華にはひっかかり、違和感に目を伏せる。この友人と一年程ぶりに再会してこうして街を歩いて、それで。それで変わったのは何だろう、どちらだろう。 朝から沈む徒華の横を一文字が通る。 #空想の街 #赤風車
2014-12-14 12:17:01「驚かせたな。済まん。眠れたか」常の静かな一文字の声に、徒華は我に返って後を追った。考えていることは矢張りというかどういうべきか、同じらしい。 「いやこちらこそ。大丈夫、宿は本当に快適だった。君こそ眠れたのか」徒華の言葉に一文字は中央区へ歩きながら答える。 #空想の街 #赤風車
2014-12-14 12:21:19「俺が何年放浪を続けていると思うのだ。厳密にはまあ教えていないが、歳の半分はこれより酷い生活だぞ」 一文字の背を追って、第二東駅を通り過ぎる徒華は考える。一文字はいつだって、自分の出自を語りたがらない。性癖こそ初対面でこちらの動揺を察し明かしてくれたが。 #空想の街 #赤風車
2014-12-14 12:24:16友として気にならないことはなかったが、問い詰めて距離をとられるのも徒華には厭だった。今一文字が平和な場所にあればよかった。女学校を出て、それまで同級生だった女性と恋仲になって、徒華はどんどん独りになった。 憧れの人が結婚し、弟も消えた今、友を失いたくはない。 #空想の街 #赤風車
2014-12-14 12:26:40灯りの樹
昼を回り、少しずつ中央のほうにも人が増えている。祭の本当の見所は今日の夕方かららしい。 凍りつく青に浮かぶ時計塔を目に焼きつけ、徒華は袋から飾りつけ用の飴をそうっと取り出した。ひとつを一文字の手に渡してやる。 風車のような赤い花が、透明な球体に浮かんでいた。 #空想の街 #赤風車
2014-12-14 12:30:08これには徒華も素直に感嘆の声が漏れた。「綺麗だ。どうやったらこんなものが作れるんだろう」 金太郎飴などとも違う。球体だ。エー玉のような美しさがある。食べることが勿体無い、飾り用でよかったと思う反面、どんな味なのかも気になったのは内緒だ。 #空想の街 #赤風車
2014-12-14 12:33:09役所の者が準備してくれている、それなりに大きめの樹の枝に二人でそれをくくりつける。この世に二組だけの意匠だ、他にも眺めるだけで幸せに頬が緩む飾りが既に沢山あったが、これならまた夜に来てもすぐ見つけられる。 一文字の声が響いた。「お前様、もう直ぐ帰るのかね」 #空想の街 #赤風車
2014-12-14 12:37:13一文字のほうを向けば彼は彼なりに樹を愛でているようだ。これは子株であって真の灯りの樹ではないらしいが、何か堂々とした佇まいである。 徒華は考えた。名残惜しいのだ。一文字がそれを見、助け舟を出す。「急いで事故に遭っても敵わん。一度海に戻るか」 徒華は頷いた。 #空想の街 #赤風車
2014-12-14 12:40:29しがらみが首に絡む
“ 一 ”
弟がきっと釣り糸を垂らし、あの鳴る不思議な風車を延々と釣っていたであろう海を眺めるのも悪くない。二人は来た道を戻る。 通り過ぎる中、様々な家の庭で樹に飾りを吊るしたり、子供らが頬を赤くして走り回るのを見た。 うつくしい平和を見て心が痛むのは、逆を知るからだ。 #空想の街 #赤風車
2014-12-14 12:42:46弟がもしこの街で自由に能力を活かし生きていたのなら、有名になれたなら、子供らは音の鳴る不思議な風車を手に走ってくれただろうか。徒華は足を止めて時計塔のほうを振り返る。 徒華の歩幅に合わせていた一文字はそのまま進み、廃屋をすり抜け海へ向かった。 #空想の街 #赤風車
2014-12-14 12:45:28「ああ、一文字」すまない、と徒華は小走りで一文字の許へいった。危険でない場所まで海に近づき、示し合わせたわけでもないのに無言で二人で腰を下ろす。 手を伸ばしても絶対に相手に届かない、でもぎりぎりで届くかもしれない距離、それがこの二人のいつもの距離だった。 #空想の街 #赤風車
2014-12-14 12:47:54