【原発事故】環境破壊の責任と費用の負担配分について(2014.12.24)

まとめました。
環境 責任 費用負担 環境破壊 原発事故
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小森敦司 @komoriku_n
私は?→遠藤典子さんの「原子力損害賠償制度の研究」のp305。「機構法の改訂によって負担金総額に上限を求める、あるいは除染特措法で東電に求償することになっている除染費用や、廃炉費用については政府が引き受けるといった措置をもって、『事後的有限責任制』を導入することは可能であろう」
小森敦司 @komoriku_n
承前)これだと、原発稼働による儲けは電力会社に、事故が起きたら、その対策費用は政府(国民)に、ならないだろうか? もちろん、国策として進める国の責任もある。事故後、社会的責任という言葉で誤魔化しているのだが。
大島堅一 @kenichioshima
大佛次郎論壇賞の発表。遠藤典子氏の『原子力損害賠償制度の研究』(岩波書店)が対象と。本当に驚いた。理由はなぜだかさっぱりわからないから。とりあえず、私は遠藤氏には何の思いも足を引っ張る理由もないということは断っておきたい。
大島堅一 @kenichioshima
関係者に対してインタビューをしたのは努力として認めるし、損害賠償制度がどのような内部論理で作られたのか、ということは、読む人が読めば、まあそうなのだろうなとわかる。ただ特に新しい発見はない。
大島堅一 @kenichioshima
むしろ、問題は、政策当局者へのインタビューが基礎になっているが、政策当局者の考え方や論理をそのまま無批判に受け入れ、叙述をつなげているところ。論理展開が強引なところがみられる。
大島堅一 @kenichioshima
さらに疑問なのは、未曾有の事態に直面して、官僚によって課題が的確に整理され、国民負担を極小化する仕組みとして原子力損害賠償支援機構ができあがったと述べているところ。政策形成のあり方が本当に的確だったのか、国民負担が極小化されているのか、という点は内部論理とは別に
大島堅一 @kenichioshima
評価されなければならないと思われる。政府内部の思惑をつなげるだけでは、政策当局者がつくりあげた政策の正当化につながりかねないのではないか。
大島堅一 @kenichioshima
ちなみに、私自身は、国民負担の最小化ではなく、東電・電力会社の負担の最小化ではないか、と思っていますし、その点を問題提起する論文を大阪市大の除本さんと一緒に書いています。
大島堅一 @kenichioshima
研究書であれば、政策当局者の認識や決定が正しいと思われる場合であっても、政策当局者の内部論理だけで政策を評価するのではなく、政策当局者の主観から独立し、政策形成視や、政策、制度を客体として扱い、政策当局者の思惑とは別のエビデンスを示しつつ、筆者の理論や視角から政策や制度の
大島堅一 @kenichioshima
あり方を改めて評価すべきなのではないか。特に、今回のような巨大な問題を扱うような政策を評価するような場合は、政策当局者の思惑を相対化、客観化する作業が必要不可欠ではないかと思われました。
大島堅一 @kenichioshima
その他にも、引用の誤りが明らかではないかと思われるところがあったり、箇条書きの後にその説明をつなげていたりする部分が散見され、数字や用語の点でも誤解なのではないかと思われるところがあったりして、本当に審査員がきちんと評価したのだろうかと疑問に思うところも多々あります。
除本理史 @ma_yoke
@kenichioshima 遠藤氏著がでたあと2013年12月に原災本部がいわゆる福島復興加速指針を出して、国費投入を打ち出しました。それによって国民負担最小化という建前はすでに崩れているわけですね。大島・除本(2014)→twitter.com/ma_yoke/status…
大島堅一 @kenichioshima
以上の感想をもっていたので、私自身が受賞している大佛次郎論壇賞ということもあり、とても驚きました。審査員のコメントにも、本気なんだろうかと心から驚いた次第で、損害賠償制度の研究であれば、卯辰先生もいらっしゃるわけで、なんとも複雑な気分で一杯です。
大島堅一 @kenichioshima
私は朝日新聞が、遠藤氏のこの本に対してあえて賞を与えることに強い疑問を持ちました。ぜひ、朝日新聞社に答えていただきたいものです。それ以前に、岩波書店がこういう本を出していることにも実は内心驚いていたのですが。
大島堅一 @kenichioshima
遠藤氏には、別に個人的な恨みも思いもありません。インタビューに関してはよくやったと思いますし、一部勉強にもなりました。朝日新聞社と審査員の見解にびっくりしているわけです。
大島堅一 @kenichioshima
まとめると、ざっとこのような感じです。1)研究書であるにもかかわらず、重要な論点で十分な説明や注記がなく叙述が進んでいるところが随所で見られる。2)研究書における章の体裁をなしていないところがみられる。3)研究書として引用が不十分または不適切・不要な点がみられる。
大島堅一 @kenichioshima
4)用語、数字に誤りでは無いかと思われるところが散見される。5)研究書ではみられない表現がみられる。 といったところでしょうか。それらを考慮しても余りある功績があったということなのでしょうか。私のような者には理解できないことなのかもしれません。
大島堅一 @kenichioshima
ときどき来るのだが、今日はスイスから原発事故のコストと負担についての問い合わせがきていたので答えておいた。原発事故のコストと負担問題について英語論文を用意しようとしているところ。こういうことについては非常に関心が高いようだ。
切り取り線 @kiri_tori
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リンク 朝日新聞デジタル 原発事故の賠償、負担分配再考を 大佛論壇賞を受けて 遠藤典子:朝日新聞デジタル 原子力施設で破局的な事故が発生したとき、その巨額の損害賠償は誰がどのように負担すべきだろうか。今回受賞した『原子力損害賠償制度の研究』で描きたかったのは、日本の行政の裁量性の功罪である。 日本では半...
大島堅一 @kenichioshima
今日の文化欄に遠藤典子氏の原発事故費用の負担配分についての論考が載っていた。一言でいうと、責任論なき負担配分論であり最も重要な点が欠落している。事業者、政府にとっては実に都合のよい議論の組み立て方だ。それにしても朝日新聞とか岩波書店とか一体どうなってるのだろう。この程度だったか。
大島堅一 @kenichioshima
今からでもいいから、朝日新聞社の関係者、審査員、岩波書店関係者は、除本理史氏の『環境被害の責任と費用負担』(有斐閣)を読んでみるといい。環境費用の負担の仕組みは責任論抜きに構築できない。そうでなければ無責任な仕組みになることがわかるだろう。こういうのを本格的研究という。
大島堅一 @kenichioshima
原発事故費用を含め原発のコストは今、どんどん国民に転嫁されている。責任論を抜きにすると、転嫁を無原則に容認することにつながる。
大島堅一 @kenichioshima
(朝日新聞も、そういう方向でいくということなのだろうか。朝日、岩波にはがっかり。原稿もしばらく書きたくない気分。)
大島堅一 @kenichioshima
先ほど感想を述べた記事はこれ。責任論が抜けており、政府、事業者にとって都合がよい議論です。この組み立てでは、今後迷走を招くでしょう。digital.asahi.com/articles/DA3S1…
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コメント

yama @anonyy 2016年10月4日
なるほど。。。
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