<密蜂二人旅 左腕の男(前編)>

実験的にツイッタで書いている小説『★魔法少女血風録★』のまとめです。今回はトンデモ西部時代劇。
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おおらか @noba_nashi

「もう一つ!おめえら無事に帰ってよかったなあ。そんな化けモンにあってよお、よくぞ無事に帰ってきた。己はそれが本当に嬉しい」 その言葉に三人の兵は涙を零したが、しかし彼らの泣き声は聞こえなかった。その三人よりも八郎が大きな声で泣いていたからである。声量は身体の大きさに比例する。44

2014-12-02 00:54:30
おおらか @noba_nashi

しかしその場において、八郎のその様子を笑うものは誰一人いなかった。ここにいる全員が彼がそういう男であることをよく知っていたからだ。そして全員が、彼のそういうところを好いていたからだ。しかしその中でもただ一人、八郎といちばん付き合いの長い忠国だけはこっそりと笑いを堪えていた。45

2014-12-02 01:02:09
おおらか @noba_nashi

もはや一人でえんえんと泣いている八郎を放っておいて、忠国は毛虫のような眉毛をした兵に向かって聞いた。 「それで、あー、その女は黒牛森に行ったのか?」 「はっきり見たわけじゃありませんが、森の方へ向かったのは確かです。あの辺じゃあ他の大名の城もないし、村もない」46

2014-12-02 01:11:05
おおらか @noba_nashi

「近頃では森に近づく者は誰もいないというが、化け物同士、なにか相談事でもしているのかもしれん」忠国は腕を組んで、ウンと頷くと八郎へと顔を向けた。 「八郎様、どういたしましょう?」 「グスン、女の目的がなんだかわからねえが、グスン」八郎が目に溜まった涙をその大きな指で拭った。47

2014-12-02 01:12:59
おおらか @noba_nashi

「ただ、二つだけハッキリしてることがあるんだ」八郎はそう言うと、左手の薬指と小指を立てた。 「ほう。いったいなんでしょうか」忠国が微笑みを浮かべて聞く。 「一つ、そのまま山越えて他の大名のとこに行っちまうのは癪だってこと。もう一つ、己の仲間に手ぇ出したのは許せねえってこと」48

2014-12-02 01:19:47
おおらか @noba_nashi

「なるほど」 「だからとりあえず射る!」八郎が叫ぶように言った。ドッと周りに座っていた兵たちが活気づく。 忠国も今度は声を上げて笑った。 「それはよいお考えです」 「だろ?」 二カッと笑って、八郎は立ち上がった。そして、背後の壁に立てかけていた巨大な弓を手に取った。49

2014-12-02 01:22:38
おおらか @noba_nashi

のっしのっしと外へ出た八郎の後に兵たちが続く。八郎が拠点の中央である広場に着く頃には、彼の周りには人だかりができていた。 その様子をやれやれと眺めながらも阿蘇忠国は自分の心が弾んでいることに気づいていた。 (なんとも不思議な魅力を持つ男よ)50

2014-12-02 01:25:33
おおらか @noba_nashi

忠国は思う。 (戦の時は鬼そのもの、しかし戦が終わればまるで子ども。他者を従わせるには十分過ぎる力を持ちながら、純粋に仲間の無事を喜び涙を流し、その仲間のために弓を引く。なんともなんとも不思議な男よ) 「さぁて、引こう」 八郎は空を見上げて楽しげに言った。51

2014-12-02 01:34:18
おおらか @noba_nashi

大人五人がかりでようやく張ることができるかどうかという弓である。しかし八郎は軽々と矢をつがえると、さらに軽々と弦を引いた。 周りは騒々しかったが八郎は気にしていないようだった。むしろそれを喜んでいるようであった。 「さぁて」 八郎が微笑んだ。そして、矢は放たれた。52

2014-12-02 01:37:05
おおらか @noba_nashi

(大人五人がかりでようやく張ることができるかどうかという弓である。しかし八郎は軽々と矢をつがえると、さらに軽々と弦を引いた。 周りは騒々しかったが八郎は気にしていないようだった。むしろそれを喜んでいるようであった。 「さぁて」 八郎が微笑んだ。そして、矢は放たれた。52)

2014-12-03 23:09:16
おおらか @noba_nashi

-黒牛森- 薄暗い獣道を進んでいた密は足を止めた。 「…何か来る」 (奴か) 声を潜めて、ハチノスが言った。 「…違う」 彼女はそれまで自分が歩いてきた方向へと体を向けた。彼女の鋭い動物的感覚が危機を察知していた。 (馬に乗った男どもの群れだぜ。きっと) 「…いじわる」53

2014-12-03 23:11:21
おおらか @noba_nashi

密は素早くしゃがみ込み、肩に引っかけていた筒をおろした。 彼女の身長とほぼ同じぐらいの筒である。一見、頑強な木を使って作られた杖のようでもあったが、しかし各部に取り付けられた金属の不気味な輝きがその可能性を真っ先に否定していた。54

2014-12-03 23:11:44
おおらか @noba_nashi

物には名前がある。先端に穴が開いている細長い鉄の筒の名は銃身、その銃身を支え、包み込むのが木の部分は銃床、そして鉄と木の境目に位置するのが引き金という名前だ。 そしてそれらによって構成されたその筒の名前は「銃」と言う。弾丸と呼ばれる鉛を放ち、敵を射抜く必殺の道具だ。55

2014-12-03 23:15:13
おおらか @noba_nashi

なぜ彼女がそのような物騒なものを?答えは簡単だ。彼女が魔法少女だからだ。 「…ハチノス、お願い」目を閉じて魔法少女は言った。 (同調ォ!同調ォ!) 胸元の髑髏の目が赤く光る。不気味!次の瞬間、無数の電気信号が魔法少女の体の中を奔流となって流れていった。56

2014-12-03 23:16:50
おおらか @noba_nashi

森に満ちる空気が肌に染み込んでくるような感覚。ハチノスはただ口喧しいだけの首飾りではない。彼は言わば動力源、密はハチノスの力を借りることにより自らの感覚を高めることができる。今この時から、この森に満ちる冷たい空気は彼女の耳であり目であった。57

2014-12-03 23:21:29
おおらか @noba_nashi

魔法少女がゆっくりと目を開く。開いたその眼は、おお、なんということだ。胸元の髑髏と同じく血のように赤く染まっている! 「…同調完了」 (同調完了ォ!) 密は銃床を肩に当て、目の前の薄い闇を見つめる。その視線は木々の間を抜け、森を飛び出す。 「…見えた」 そして彼女は捉えた。58

2014-12-03 23:23:05
おおらか @noba_nashi

(なんだありゃ) ハチノスが声を上げた。 「…馬に乗ったモノノフじゃないのは確かだね」 密は淡々と言った。 (ありゃ、ひょっとして矢か?) それは荒野を一直線に飛んでくる一本の矢であった。射手の姿は荒野にはない。ただ、矢だけがまるで森に引き寄せられるように飛んでくるのである。59

2014-12-03 23:24:26
おおらか @noba_nashi

密は引き金に指をかけた。矢の射線上にに彼女は立っていたからだ。そしてその線から外れれば矢は当たらないという常識があの矢には通じない気がしたからだ。 「…撃つ」 (射ァ!) そして弾丸は放たれた。60

2014-12-03 23:25:39
おおらか @noba_nashi

弾丸は森を飛ぶ。何枚もの風を貫きながら、純粋に、真っ直ぐ、進んでいく。 矢は荒野を飛ぶ。何枚もの風を貫きながら、純粋に、真っ直ぐ、進んでいく。 二つの純粋な凶器は、互いに互いを引き寄せあい、やがて、衝突した。 ガォォォォム!! 61

2014-12-03 23:26:57
おおらか @noba_nashi

-荒野の拠点- しばらく額に手を当てて、己が射た矢を見守っていた八郎はやがて大きな声で笑い出した。 周りの者は驚いた顔でそれを見た。しばらく八郎が笑っているので忠国が代表して理由を聞いた。 「どういたしました?」 「アッハッハ!忠国!すげえぞ!己の矢を射落としやがった!」62

2014-12-03 23:29:18
おおらか @noba_nashi

八郎のその言葉に周りの者はさらに驚いた。しばらく誰も口を聞けなかったので、忠国がまた聞くことになった。 「冗談でしょう?」 「あー!こうしちゃいられねえや!馬!誰か己の馬!」 「行かれるんですか?」 「ああ、おもしれえことになってきやがったからな!ちょっと面を拝んでくる」63

2014-12-03 23:30:20
おおらか @noba_nashi

「お一人のほうがよろしいでしょうな」 「うん。今度ばかりは己一人のほうがいいだろう」 そう楽しげに言ってから、八郎はハッとした顔つきになった。それからキョロキョロと周りを見ながら「別に、おめえらが足手まといだっていうんじゃねえんだぜ。己は、その」と慌てはじめた。64

2014-12-03 23:32:46
おおらか @noba_nashi

その様子を見て、今度は忠国が声を上げて笑う番だった。 (なんとも不思議な男だ。まったく) 「どうして君は、こういうことになると急に弱気になるのだ?」思わず忠国は砕けた口調になる。それから咳払いを一つすると、彼は幼子のような顔をした自分の大将に向かって、自信たっぷりに言った。65

2014-12-03 23:37:45
おおらか @noba_nashi

「ハッキリ言ってもらったほうがよいのですよ。そうしないとここにいる兵の心が締まりませぬ。民の心が落ち着きませぬ。鎮西八郎の矢を落とすような化け物とやり合うには私たちでは力不足でしょう?」 「うん、己もそう思うんだ」コックリと八郎は頷く。66

2014-12-03 23:38:13
おおらか @noba_nashi

「ならばハッキリ言わないとなりません」 「うん。分かった」 八郎は大きく息を吸うと「これから妖術女をぶっ飛ばしてくる!己に任せとけ!」と一息で叫んだ。 周りから喝采が上がり、それはやがて一つの大きな笑い声になった。67

2014-12-03 23:39:52