オバケのミカタ第四話『オバケのミカタと瀬戸大将』Bパート(2/3)

Bパートです。
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アンダーグラウンドノベルズ @OBAKEnoMIKATA

先ほど哀と一緒にいた女子中学生のグループがやって来て、簡単に別れを告げると先に出ていった。「今のは?」「ん、写真部の友達。私がお化けだってことは一応秘密だから、できたら黙っててね」「そりゃ言わないけど」「ありがと」眼帯姿の哀は、優雅な手つきで紅茶を飲んだ。 #OnM_4 70

2015-01-17 22:00:50
アンダーグラウンドノベルズ @OBAKEnoMIKATA

「話、戻しましょうか。ええと、どこまで話したかしら」「あたしが昨日……あなたたちの職場に行ったって話」「そうそう。聞いたんでしょ。昔、マコトが何をしてたのか」「いや……局長さんは何も教えてくれなくて」「別に隠さなくても、六実ちゃんから聞いたわよ」「ちょっ」 #OnM_4 71

2015-01-17 22:01:29
アンダーグラウンドノベルズ @OBAKEnoMIKATA

六実は神奈にマコトの過去を語って聞かせた張本人――ろくろ首の事務員だ。「あ、あの人が他言無用だって言ったのに!」「ばかねえ、初対面の相手に身内の事情をぺらぺら喋るような子よ? 口が軽いに決まってるじゃない」言われてみればその通りだが。「なんか釈然としない……」 #OnM_4 72

2015-01-17 22:02:08
アンダーグラウンドノベルズ @OBAKEnoMIKATA

「ま、そのことはいいのよ。他人の事情を詮索するのは上品な趣味とは言えないけど、あなたなりにあの子のことを気遣ってくれてたのは、こっちも分かっているつもりだし」神奈は首をすくめた。恥ずかしくて顔から火を噴きそうだ。哀は鷹揚に笑った。「しょげなくていいってば」 #OnM_4 73

2015-01-17 22:03:02
アンダーグラウンドノベルズ @OBAKEnoMIKATA

「個人的には、あなたには今後も、マコトと仲良くして欲しいのよ。もちろんそっちがよければ、だけど」「……そうなの?」「あら、意外?」「局長さん、怒ってたし」「ああ」哀は苦笑した。「釣鐘君は過保護すぎるのよねえ。あれは愛娘が男友達連れてきたときの心理だと思って」 #OnM_4 74

2015-01-17 22:03:39
アンダーグラウンドノベルズ @OBAKEnoMIKATA

「あたしゃ悪い虫か」「失礼な話よね、ごめんなさいね。ただまあ、彼の気持ちも分かるのよ。あの子、ちょっと危なっかしいところがあるから……。だからこそ、あなたみたいな子と付き合うことがプラスに働くんじゃないかって思うのだけど」「プラスに……なるかな。あたしが」 #OnM_4 75

2015-01-17 22:04:19
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「きっとね。やっぱり、同世代の友達がいるに越したことないと思うし。時間を共有できる相手って言うのかしら。あたしがお化けで歳とらないから、尚更そう思うのかもしれないけれど」そう言った哀の目つきは、どこか遠くを見るようだった。神奈はふと興味にかられた。 #OnM_4 76

2015-01-17 22:05:02
アンダーグラウンドノベルズ @OBAKEnoMIKATA

「ねえ。……お化けって死なないの?」「死ぬわよ」哀はこともなげに言った。「ただあなたたちの生き死にとちょっと違うのは事実ね。お化けはね、人間から忘れられると死んでしまうの」「どういうこと?」「あたしたちの正体が『文化』だって話は聞いたでしょう」 #OnM_4 77

2015-01-17 22:06:25
アンダーグラウンドノベルズ @OBAKEnoMIKATA

神奈は神妙に頷いた。忘れもしない――先月の事件で、神奈を監禁した破戒増がそんなことを言っていた。「たとえばそう……言葉ね。言葉っていうのは、人間が使うから存在しているものよね。ある言葉があったとして、もしもその言葉の意味を全人類が忘れてしまったとしたら」 #OnM_4 78

2015-01-17 22:07:11
アンダーグラウンドノベルズ @OBAKEnoMIKATA

「言葉が……消える?」「そう」「でも、紙に書いたら言葉は残るじゃない。紙が駄目なら、石とかでも」「確かに、記録が残っていれば復活の目はあるわね。だけどもし、言語ごと丸ごと滅びてしまって、誰もその記録を読めなくなったら――やっぱり言葉は死ぬ。お化けも同じでね」 #OnM_4 79

2015-01-17 22:08:00
アンダーグラウンドノベルズ @OBAKEnoMIKATA

「人間が一つ目小僧の噂をしたり、絵を描いたりしたとするでしょう。人間はそこで想像力を働かせる。その想像力がエクトプラズムになり、巡り巡ってあたしの所に届いて活力になる。それがなくなったらあたしは段々無気力になり、存在が希薄になって――最後は消えてしまう」 #OnM_4 80

2015-01-17 22:09:41
アンダーグラウンドノベルズ @OBAKEnoMIKATA

神奈は、人知れぬ山奥の洞窟で死を待つお化けを想像した。名前すら忘れられ、誰からも看取られることなく、やがてその姿さえも薄れて消えてゆく――。「……なんか、寂しいね」「そうね」哀は首元の一眼レフを玩んだ。「だけど、人間は違うでしょう」 #OnM_4 81

2015-01-17 22:10:14
アンダーグラウンドノベルズ @OBAKEnoMIKATA

「人間は誰かと一緒に老いていける――最期の刻まで、同じ時間を共有していける。マコトにもそういう、旅の道連れを見つけて欲しいのよ」神奈は息を呑んだ。「あたしをその、旅の道連れに?」「ああ、もちろんあなた一人に――」その先は、突如響きわたった騒音に掻き消された。 #OnM_4 82

2015-01-17 22:10:43
アンダーグラウンドノベルズ @OBAKEnoMIKATA

はじめは、陶器が粉々に砕ける音。続いて金属の食器が床に散らばる音、重い機械が床に落ちる音、ガラスの割れる音――。哀と神奈は目を丸くして、互いを見交わした。「何だろう」「厨房の方からね。……ちょっと見てくるわ」「えっ」「大丈夫、マスターとは知り合いなの」 #OnM_4 83

2015-01-17 22:11:19
アンダーグラウンドノベルズ @OBAKEnoMIKATA

哀はスルリと座席を抜け出すと、タブレット端末を小脇に抱え、店の奥へと消えていった。神奈は一人、残される。哀が飲みかけたコーヒーが、香ばしい湯気を吐きながらゆっくりと冷めていった。――神奈は立ち上がった。 #OnM_4 84

2015-01-17 22:11:45
アンダーグラウンドノベルズ @OBAKEnoMIKATA

座席の間をすり抜け、奥へ。『メンデスのバフォメット』がプリントされた暖簾(どこで売ってるんだ)をそっとくぐると、そこは小ぢんまりとした厨房だった。一つ目の正体をあらわにした哀と、困惑しきった髭の店員――きっとマスターだ――が同時に振り返る。「あら上繁さん」 #OnM_4 85

2015-01-17 22:12:47
アンダーグラウンドノベルズ @OBAKEnoMIKATA

厨房は惨々たる有様だった。皿やカップの破片が床一杯に散らばり、牛乳やホイップクリーム、割れた卵などと混じり合っている。水道の水は出しっぱなしで、薬缶はふきこぼれている。仲良く床に落下した電子レンジとトースターの上に――異様なものが立っていた。 #OnM_4 86

2015-01-17 22:13:18
アンダーグラウンドノベルズ @OBAKEnoMIKATA

「姫! どこにおられますか、我が姫君!」それはキイキイ声でわめいた。その頭はティーカップだった。胴はシュガーポットで、脚はミルクピッチャー。モザイクタイル状の腕でティースプーンとソーサーを剣と盾めいて構え、やたらに振り回している。「姫ェ――!!」 #OnM_4 87

2015-01-17 22:13:48
アンダーグラウンドノベルズ @OBAKEnoMIKATA

「こ……これって」「お化けね」哀が鼻を鳴らした。「歳経たティーカップの変化――さしずめ洋風《瀬戸大将》ってところかしら」 #OnM_4 88

2015-01-17 22:14:06
アンダーグラウンドノベルズ @OBAKEnoMIKATA

「瀬戸大将?」神奈が鸚鵡返しに問うた。「鳥山石燕が描いたお化けね。瀬戸物の寄せ集めみたいな姿をしてるの」「あのう」髭のマスターがおずおずと言った。「でもあれ、ウェッジウッドのカップなんだけど」「いいのよ! ウェッジウッド大将じゃ格好つかないでしょ!」 #OnM_4 89

2015-01-17 22:15:12
アンダーグラウンドノベルズ @OBAKEnoMIKATA

「格好つくかが大事なの?」と神奈。「大事よ。言ってみれば、名前があたしたちの本質なのだし」「それはいいからなんとかしておくれよう」マスターが情けない声を出した。「大損害だよう」「そもそもどこから出てきたのよ、あの子は」 #OnM_4 90

2015-01-17 22:15:48
アンダーグラウンドノベルズ @OBAKEnoMIKATA

「知らんよ。戸棚の中でゴトゴト音がするから、開けてみたら飛び出てきたんだ」「マスターが買ったカップなんでしょ」「そうだよ。自分用に買ったアンティークのティーセットさ」「はあん」哀は目を細めた。「アンティークね。じゃあきっと作られてから今年で九十九年なんだわ」 #OnM_4 91

2015-01-17 22:16:50
アンダーグラウンドノベルズ @OBAKEnoMIKATA

「付喪神ってやつかい。でも、それって日本の話だろう?」「日本で日本人が使ってたんだから日本の文化に染まるのは当然でしょうに」哀たちがそんな話をしている間も瀬戸大将は冷蔵庫を引っ掻き回しては、中身を次から次へと床にぶち撒けている。「姫! 姫ェー!」 #OnM_4 92

2015-01-17 22:17:14
アンダーグラウンドノベルズ @OBAKEnoMIKATA

「とりあえず、あれを落ち着かせないと駄目ね」哀は溜息をつくと、床に散らばったものを難儀そうに避けつつ冷蔵庫の傍へ歩いていった。しゃがみこみ、瀬戸大将に目線を合わせる。「ねえ。ちょっと、あなた」冷凍庫をあさる手を止め、瀬戸大将が向き直った。「何か」 #OnM_4 93

2015-01-17 22:17:37