【邪悪の樹――二籠】エピローグフェイズ

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【貪欲】ハープギーア @habgier_toe

幸いだったのは、その中で自らの対と呼べる存在がいたことだろう。自己の定義が曖昧だった紫苑は、対たる青の瞳をもって自己を定義した。 自他の区別が明確になって漸く、世界を区切る檻を認識し、それが煩わしくなった。外へ出ようと言い出したのは対で、応えたのは己。

2015-02-01 15:21:47
【貪欲】ハープギーア @habgier_toe

互いの手を強く握り、藍色の外套ばかりの追っ手を振り払い、そうして初めて見た景色……朝焼けに染まる海の色は、今も脳裏に鮮やかだ。その先の世界は煌びやかで、其処此処に滲む暗さすら覆い隠そうとしていた。

2015-02-01 15:23:06
【貪欲】ハープギーア @habgier_toe

いつしか痩躯は藍色の外套を纏い、槌を振るっていた。その傍らで同じ色に袖を通し剣を構えていた対は、紫苑の瞳が見る世界が増えるよう尽力してくれていた。 より正しいことを選べる存在は、より多くのことを知っている存在だから、と。

2015-02-01 15:23:27
【貪欲】ハープギーア @habgier_toe

知って、知って、知り尽くして……その先にあったのは、誰より近くにいた対の、未知の一面だった。 至った経緯も抱える内情も、把握することは時間と立場が許さなかった。対が最後に紡いだ言葉は、身の内の欲望は決して折れるべきものではないと支えるための、優しく甘やかな呪い。

2015-02-01 15:24:36
【貪欲】ハープギーア @habgier_toe

後に、二番目の世界も一番目の世界の延長線上にしかなかったことを知る。 世界は、不可視の檻の先に、更に広がっているのだということを。 行きたいと焦がれ、生きたいと求め――……

2015-02-01 15:24:53
【貪欲】ハープギーア @habgier_toe

「……そうしていつしか【邪悪】に堕ち、【貪欲】と呼ばれるようになったその存在は、欲望のままに同類の命さえ踏み躙り、世界の破滅を呼んだ。 ……もしもこの先、私を誰かが語るならば、そういうふうになるのかな」 崖に腰かけ、全ての肩書きが己のものとなった【貪欲】は、眼下を見下ろしていた。

2015-02-01 15:27:01
【貪欲】ハープギーア @habgier_toe

潮風と呼ぶには不穏に過ぎるものが、灰白の髪を弄び、雫の痕が残る頬を叩く。今や淀んだ水の塊としか形容出来ないかつての海は、遠くの雷鳴を飲みこんでは更に荒れていく。 「屋敷から出たら綺麗なものを見に行こうと思っていたんだけれど、海がこれじゃあ難しいだろうなぁ」 ひとつ、溜息をつく。

2015-02-01 15:27:59
【貪欲】ハープギーア @habgier_toe

足に外気が沁みて痛覚を刺激する。使い物にならなくなった右足代わりの義足だけは屋敷で出してきたのだが、焼け石に水だったようだ。 【貪欲】の禍罪は、一人で生きていけるようには出来ていない。真実一人で生き抜いていく術を、【貪欲】は知らない。

2015-02-01 15:28:15
【貪欲】ハープギーア @habgier_toe

――ならば、知りたい。 「この世界を楽しみつつ、まずは、まだ誰か生きていないか探さないと」 立ち上がる。それだけの動作が億劫だ。不便だなぁと笑う。 生き残ることは難しいだろうと、疾うに察している。何らかの打開策を講じなければ、自分の命もじきに尽きるだろう。 それでも。

2015-02-01 15:29:32
【貪欲】ハープギーア @habgier_toe

生き残ることが出来たのならば、自分の命はそれだけの価値があるということだ。 命尽きることがあるとしたなら、この世界を見るのは充分に足りたということだ。 どちらにしろ、知って、生きて……いつか【俺】に、同胞たちに、敵陣営らに、会うことが叶うときは。

2015-02-01 15:30:32
【貪欲】ハープギーア @habgier_toe

もう二度と手放さない。その温もりすら手に入れて、決して絶えないこの欲求の、終わりとしよう。 命はまだ続いていて、世界はまだ、ひどくかなしい。

2015-02-01 15:30:58

【愛(かな)しい世界】

エピローグ――『貪欲』

END

【邪悪の樹——三ツ牙】企画管理アカウント @treeofevil

無人となった屋敷に、一羽の鳥が降り立った。泥のように黒々として、雪のように白々しく笑った。 『人の世、秩序、崩れ行く。悪意満ち満ち花開く。君は破滅の世に生まれ来る……神様か、それとも悪魔か。 新たなる生命が芽吹き、生まれる、その日まで。この世は君の遊び場さ。』 #邪悪の樹

2015-02-03 00:00:03
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