「ツー・シップス・オブ・ムーンライト・ナイト」

Ricardo Berenguer @entry_yahhoo

リカルドは春雨の唐突な提案に驚いた。「駄目ですか？」「いや、別に問題はないが…どうして急に」「私、思ったんです。もしこの子を守るようになったら、今以上の力を持つようにならなきゃいけないって」「その理由は？」春雨は少し情けなさそうに笑いながら言った。「この子、私より強いんです」 7

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「成程」リカルドはそう言うなり、それ以上は追及しなかった。「流石に自分が守ろうとする子よりも弱いってちょっと格好がつかないというか」「分かった！分かった！稽古は付けてやるから！落ち着け！」「は、はい」リカルドは溜息を付き、諭すように言った。「焦るな。まずは一歩ずつ、だ」 8

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「はい！」春雨は目を輝かせ、リカルドの言葉に頷いた。「さて」リカルドは立ち上がった。「お仕事ですか？」「ああ、事後処理やら第三次組に報告やら、忙しいぜ」「頑張ってくださいね」「おうよ。これが終わったら、大淀と晩酌するんだ…」リカルドはそう言って、医療ドックから退出した。 9

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リカルドを見送り、春雨は再び駆逐棲姫を見た。彼女の白い髪を梳きながら思う。（未来がどうなるかはわからない。もしかしたらこの子にまた理不尽が襲い掛かるかもしれない…でも、それでも、私が、私が守る。守って見せる）心の中で、改めて決意を確かめながら、春雨は眠りに落ちていった。 10

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「おい」「ううん…」「起きろ」「もう食べられない…」「起きろ」パンッと軽い打撃音が響く。「うぇ！？」眠りから叩き起こされると同時に、春雨はベンチから滑り落ちた。「痛！？」「…起きたか」床に這いつくばった春雨がふと見上げると、そこには呆れ顔の若葉が居た。全身の包帯が痛々しい。 12

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「ええと…」「寝るなら寝室で寝ろ。風邪を引くぞ」「アッハイ…」春雨は茫然と立ち上がった。どうやら長いこと寝ていたらしい。「私、どれだけ寝ていました？」春雨は若葉に問うた。若葉は備え付けの時計を見て、何となく概算した。「2時間程か」「うう…大人しく部屋で寝ます」「それがいい」 13

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春雨は部屋に戻ろうとした。だが、違和感が春雨の足を止めた。「…どうした？」若葉が問うた。「若葉さん…」「何だ」「……駆逐棲姫ちゃん、見ませんでした？」「……起こした時には、いなかったが」若葉がそう言うや否や、春雨は駆けだした。「春雨！」その後を追う若葉！ 14

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春雨は船内を走り続けた。ウシミツアワーを迎えた船内に、人の姿はほぼ皆無だ。（まさか…まさか！）春雨のニューロンに、不吉な予感が過る。春雨はその可能性をずっと怖れていた。予感が強まる。何よりも、今まで感じられていた駆逐棲姫の気配が弱弱しく感じられるのが、春雨には恐ろしかった。 15

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春雨は走る。今にも消えそうな微弱な気配を追いかけながら。「春雨！待て！何があった！」後ろから聞こえる若葉の静止の声も聞かず、春雨は走った。不意に、眼前の扉が開く！「イヤーッ！」春雨は壁を蹴って、変則的トライアングル・リープで駆け抜ける！「ワッザ！？」戸を開けたのはリカルド！ 16

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「おい何があった！」「分からんが緊急事態だ！」「マジかよ！」後ろの喧騒を置き去りにし、春雨は走り抜けた。次第に、駆逐棲姫が何処に居るのかが分かってきた。「甲板！」スピードを殺さず、階段を駆け上がる！やがて、甲板に繋がる扉が見えてきた！「駆逐棲姫ちゃん！」扉を開け、跳び出す！ 17

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「ハァーッ…ハァーッ…」春雨は俯き、空気を求め喘いだ。「春雨…」苦しみながら、春雨は己を呼ぶ声の主を見た。そこに居たのは、嘗ての半機の少女ではなく、白い脚の生えた駆逐棲姫であった。「駆逐棲姫…ちゃん？」春雨は苦しそうになりながらも駆け、駆逐棲姫の傍まで近寄った。 18

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春雨は駆逐棲姫を見た。月を背に立つその姿は、人外の存在であることも合わせて、彼女をより一層この世の者とは思わせない美しさがあった。「駆逐棲姫ちゃん…脚が」「ああ、これか」駆逐棲姫は己の足を面白そうに見つめた。「目が覚めたら生えてた」「生えてたって…」春雨は思わず笑った。 19

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春雨は笑った。だが、その笑みは次第に泣き顔に変わっていった。目からポロポロと涙が溢れてきた。「泣くな、春雨」「だって…！だって！」駆逐棲姫は春雨の涙を拭おうとし、しかし叶わなかった。指が。肌をすり抜けてしまったからだ。春雨は悟った。もう駆逐棲姫はこの世に居られないのだと。 20

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「私、何か間違えた？もっといい方法があったの…？」春雨は泣きながら蹲った。「こんなのって…こんなのってないよ！まだ、まだ駆逐棲姫ちゃんに、何もしてあげれてないのに…！」「そんなことはない」駆逐棲姫はしゃがみ込み、春雨を真っ直ぐと見た。「そんなことは、絶対にない」 21

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「駆逐棲姫ちゃん…」春雨は泣き腫らした顔で駆逐棲姫を見た。「お前のおかげで、私は過去の後悔から立ち直れた。ちゃんと戦えた。ちゃんと守れた。一人じゃ、なかった」「……」駆逐棲姫は立ち上がった。「だから、ね？怖くはない。私のロスタイムは終わり。過去を清算して、私は元に戻るだけ」 22

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春雨は涙を拭い、立ち上がった。寂しくないわけがない。春雨は3度のコトダマ空間内での接触で、駆逐棲姫の心を痛いほど知っていた。だが、彼女が。駆逐棲姫が決断したのだ。それは、尊重しなければいけない。だが、それでも、春雨は言わずにはいられなかった。「居なくなるなんて、寂しいよ」 23

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「居なくなりはしないさ」「エッ」思わぬ言葉に、春雨は駆逐棲姫を見た。駆逐棲姫は、春雨の左胸を、心臓を、即ちソウルを指差した。「“駆逐棲姫”としての私が消えても、“春雨”はずっとあなたの傍に居る。つまり、私はずっと、貴方の傍にいるよ」駆逐棲姫は、泣きながら微笑んだ。 24

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「そうなんだ…」「そう」「そう、なんだ…」「そう」胸に手を当て、春雨は再び泣き出した。喪失の恐怖。それでも自分に残るモノ。そして、これから消えゆく駆逐棲姫の事を思って。やがて、春雨が泣き終わった後、二人は空を仰いだ。イクサの頃よりも高い位置にある満月が二人を照らした。 25

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「ねぇ」「うん」「月が」「うん…」「月が…綺麗」「うん…綺麗だね…」「……」「……」二人はお互いの顔を見た。二人とも、涙を流したままであった。だが、それでも、せめて別れの時だけは。笑顔を。そう、二人は思った。「サヨラナ、春雨」「サヨナラ、駆逐棲姫ちゃん！」 26

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二人は、泣きながら笑い、そう言った。そして一陣の風が吹き、駆逐棲姫は夜の闇に溶けて消えた。「春雨！」若葉が扉から飛び込んできた。「何が…あった…」若葉は立ち尽くした。そこには、月を仰ぎ、声をからし泣き続ける春雨の姿があった。やがてリカルドも辿り着いた。二人は、事態を悟った。 27

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春雨は泣き続けた。だが、彼女は再び立ち上がるだろう。誇り高い“春雨”の魂を背負う彼女は。だが、今は。今だけは。別離の悲しみに泣き暮れてもいいのだろう。月だけが、優しく彼女を照らし続けていた。 28

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「ツー・シップス・オブ・ムーンライト・ナイト」終わり

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◇長かった◇ ◇ご清聴ありがとうございます◇