『SHIROBAKO』からあれこれ思ったこと

過去に何度か論じた話です。頭の整理も兼ねて。
アニメ
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くみかおるの冒険 @ElementaryGard
1963年。このとき「原作」「製作」「制作」は一つのスタジオのなかで共存していた。折り重なっていた。 pic.twitter.com/D0Fx4A7Bin
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anicobin.ldblog.jp/archives/43130… 『SHIROBAKO』第16話から。キャラデザが気に入らないと原作者から待ったがかかって作業停止。「原作」も「製作」もスタジオにはない。あるのは「制作」のみ。
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「原作」「製作」「制作」が一つのスタジオに折り重なってあったのは、歴史において超特殊例。長谷川町子が自らスタジオを作って『サザエさん』のテレビアニメを手がけるぐらい、本来ありえない話。手塚は特異点だった。先駆者ではない。
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手塚に刺激されてアニメスタジオをまんが家が設立してテレビアニメを作りだした例もあることはあって、ひとつはうしおそうじのピープロ。ひとつはトキワ荘グループによるスタジオゼロ。ひとつは吉田竜夫によるタツノコプロ。「原作」「製作」「制作」を兼ねた。
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もっともピープロの『ゼロ戦はやと』の原作はうしおそうじではなかったから「原作」はかねていない。スタジオゼロはやがて解散。タツノコは「原作」というよりは「企画」ですね。
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「エイトマン」オープニング (EightMan/8man Openning): youtu.be/CE6V_PLn2IU 1963年秋スタート。「原作」は講談社系のまんが家、「製作」はTBS、「制作」はTCJ。三つがはっきり分離されていた。
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分離されたのは苦肉の策だった。『アトム』に倣ってアメリカ輸出でドルを稼ぎたいとTBSはもくろんだものの、放送局はアニメを作ったことがないし設備もひともない。そもそも企画を立てる力がない。そこで『週刊少年マガジン』を口説き落として原作を獲得し、[続く]
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CM制作会社であるTCJにアニメ制作を押し付けた。CMアニメ部があったから。こうして「原作」「製作」「制作」の三つが分離した。放送局による苦肉の策だった。
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ところが『エイトマン』の商品化で儲かることに気が付いた。キャラクターを使っていろんな商品が出れば、印税が入ってくる。その印税は「原作」のものとなる。ならば「原作」を「製作」が兼ねてしまえば、商品化印税を独占できるじゃないか。
くみかおるの冒険 @ElementaryGard
youtu.be/FTI3eO735MQ それで企画されたのがこれ。SF作家の卵を雇い入れて企画させ、脚本も書かせた。「原作」を外部に求めずTBS社内で用意した。これで「原作」「製作」が重なった。商品印税を独占できた。
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「制作」はTCJ。「製作」であるTBSから演出家、脚本家が参加。「ドラマのTBS」を誇りにしていた同局は中身にも徹底介入した。後の『ウルトラマン』も演出、脚本はTBSが円谷プロに送り込んだ人間によるものだった。
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「原作」「制作」「製作」を兼ねてまわっていた虫プロはやがて窮地に立たされた。手塚という怪物天才まんが家を社長にすえている間はまわるこのやり方は、つまり手塚という怪物天才がいなければまわらないということでもあった。 pic.twitter.com/s16br7RJh8
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「原作」を外部に探したり(『エイトマン』)、才能ある人間を雇い入れて企画させたり(『スーパージェッタ―』)する柔軟性がなく、つまり「原作」を社長・手塚のまんがに頼るしかなかった。
くみかおるの冒険 @ElementaryGard
いわゆる劇画が少年まんが誌でも人気を博していて、手塚まんがはそれに次第に置いていかれるようになっていた。手塚も画風を変えて対抗したが、以前ほどヒット作を連発できなくなっていた。
くみかおるの冒険 @ElementaryGard
youtu.be/6e1RFoyFsOc とうとう外部に「原作」を求めた。たしかに人気番組にはなった。けれども商品化印税は「原作」の朝森&ちばに流れた。虫プロには流れなかった。
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くみかおるの冒険 @ElementaryGard
「原作」「製作」「制作」の三つを兼ねてこそまわったのが虫プロ。それがもう「原作」を用意できない以上、社長・手塚はお荷物になっていた。
くみかおるの冒険 @ElementaryGard
1971年に社長の椅子から追放。辞任ですけどね。
くみかおるの冒険 @ElementaryGard
このあたりのことは過去に何度も論じたとおりです。 アニメ経営者としての手塚治虫 togetter.com/li/622604
くみかおるの冒険 @ElementaryGard
話を続けます。テレビアニメそのものが商品になる時代がやってきた。家庭用ビデオの普及によって、好きなアニメを録画して集めるマニアが増えた。そこで当初からビデオ用にアニメを作ることが始まった。『銀河英雄伝説』は一大人気シリーズになった。
くみかおるの冒険 @ElementaryGard
また『うる星やつら』のレーザーディスク(もはや死語)が80年代に売れた。テレビ放映されてすでに資金回収がされたコンテンツが改めて金を稼いだ。
くみかおるの冒険 @ElementaryGard
90年代に入って発想の転換がなされた。テレビ放映で元手を回収してビデオ化でボーナス的に稼ぐのではなく、テレビ放映で回収は考えずビデオ化で稼ぐのはどうか、と。
くみかおるの冒険 @ElementaryGard
おわかりでしょうか。『アトム』のスポンサーは明治製菓。CMを子どもたちがたくさん見て、それに刺激されて明治製菓のおかしをたくさん買ってくれればいい。『アトム』はあくまでCMを子どもに晒すためのダシだった。
くみかおるの冒険 @ElementaryGard
それが90年代に入って、『アトム』そのものが商品として(ビデオカセットとして)売れることに気が付いた。ここで『アトム』と綴ったのはあくまで比喩です。CMのダシであるはずの番組そのものが売り物になるってことです。
くみかおるの冒険 @ElementaryGard
youtu.be/fgi8wmQNd2k この発想の転換の第一号がこれ。『無責任艦長タイラー』。1993年。
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くみかおるの冒険 @ElementaryGard
これ「原作」は『宇宙一の無責任男』というSF小説。「製作」として、テレビアニメ史上初の「制作委員会」が登場。そして「制作」はタツノコ。
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コメント

未知神明(みちがみ・あきら) @ontheroadx 2015年2月11日
14話の声優を決める企画会議かな? さりげなく儲かるはずの原作者代表の人は顔だけ出しました… 「『SHIROBAKO』にも制作委員会のカリカチュアがありませんでしたか」
未知神明(みちがみ・あきら) @ontheroadx 2015年2月11日
なおこの回はEDも入れられないほど盛り込み過ぎて(ていうか削れなくて)、「あと90秒作るんすか!」って、そろそろ万策尽きつつあるのに監督が関係者を唖然とさせた回。
未知神明(みちがみ・あきら) @ontheroadx 2015年2月11日
ElementaryGard メタなネタとしては、一部制作関係者の意向で決まったのは今井みどり役の大和田仁美さん(青ニプロダクション)かな、とか思っちゃいました。