天叢雲剣譚【1-4】

天叢雲剣譚【1-4】です。大破状態ながらも、クルーザーの救出に向かった叢雲。そこで出会ったものは――。
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天叢雲剣譚 @sio_murakumo

かれこれ十分ほど南進したが敵の姿はまだ見えない。気を引き締めなければならないが、さきほどから私の脳内にある疑問が浮かんでいた。このままでは埒が明かない。意を決して、後ろへと振り向いた。 「不知火」 「何でしょうか」 「早く終わらせたいのは私のためだけなの? それとも」 「……」

2015-03-11 23:37:47
天叢雲剣譚 @sio_murakumo

「第二艦隊のあの娘に早く会いたいのかしら?」 不知火は何も答えない。ただ、普段表情を崩さない不知火の右眉がピクリと動いたのを私は見逃さなかった。 「……図星みたいね? まあ薄々そうなのかなって思っていたけれども」 「……彼女、いえ他の方たちにも秘密にしておいてもらえますか?」

2015-03-11 23:44:06
天叢雲剣譚 @sio_murakumo

不知火は表情こそ崩さないものの、内心はかなり焦っているのか早口で話す。 「さすがにばらさないわよ。ただ私が知っておいた方がいいと思っただけ」 「……そうですか」 「まあその、あれよ。……応援しているわ」 不知火の目がわずかに見開く。どうやら私はそんな風に思われていないらしい。

2015-03-11 23:53:58
天叢雲剣譚 @sio_murakumo

「心外ね! 私だってそれぐらいの優しさはあるわよ!」 「……そうですね」 「アンタ……本ッ当可愛くないわ」 「不知火は重々承知しております」 「まあいいわ。せいぜい頑張りなさい」 私はプイと再び前を向く。少しの沈黙を経てから不知火がぼそりと、 「叢雲さん、ありがとうございます」

2015-03-12 00:05:01
天叢雲剣譚 @sio_murakumo

……素直じゃないのはお互い様のようだ。まあ、不知火のことだし上手くやるとは思うが。私ができるのは、彼女の恋路を見守り、時にサポートすること。それだけだ。 話が一息ついたところで、タイミングよく先頭を進む伊勢が声をあげる。 「あそこ!」 伊勢が指差した先には黒煙がのぼっていた。

2015-03-12 00:12:42
天叢雲剣譚 @sio_murakumo

「もしかして襲われてる!?」 「その可能性が高そうですね。急ぎましょう!」 船速をあげ、黒煙の場所を目指す。徐々に距離を詰めると、黒煙をあげているものの正体がはっきりとしてきた。 「クルーザー!? 何であんなところに!?」 「わからないわ。とにかく被害がでる前に救出するわよ!」

2015-03-12 00:23:14
天叢雲剣譚 @sio_murakumo

クルーザーから少し離れたところに重巡リ級が砲を構えて佇んでいる。その先端から砲火の光が煌めいたかと思うと、クルーザーの周りに何本もの大きな水柱が出来上がる。何とか持ちこたえている様だが、直撃するのは時間の問題だろう。 「伊勢、あいつの注意をこっちに向けられる?」

2015-03-12 00:31:08
天叢雲剣譚 @sio_murakumo

「わからないけど……やってみるわ!」 伊勢はそう言うと、左腕に装着した35.6cm連装砲を構える。少し角度を動かしたかと思うと、何発もの砲弾が空高く撃ち出される。直撃弾こそなかったものの、数発が至近弾となってリ級を襲う。 「まだまだぁ!」 さらに無数の砲弾がリ級に襲い掛かる。

2015-03-12 00:53:43
天叢雲剣譚 @sio_murakumo

息を吐く間もない砲撃の雨。避ける間もなく砲弾はリ級に一発、二発と的確に叩き込まれていく。的確に修正された砲撃は、確実にリ級を捉えていた。 「いけるわ! 今のうちに!」 私は無言で頷くとクルーザーに近寄った。クルーザーの甲板には穴が開き、そこからブスブスと黒い煙を吐き出している。

2015-03-12 01:00:29
天叢雲剣譚 @sio_murakumo

「ちょっと、誰かいるの?」 私はクルーザーの縁に手を掛けて船内に声を掛ける。すると中から、一人の女性が恐る恐る顔を覗かせた。 「あ、あなたは……?」 「潮岬鎮守府所属、駆逐艦叢雲よ。連絡を受けてあなたたちの救助にきたわ。けが人とかはいない?」 「む、叢雲? じゃああなたが……」

2015-03-12 01:06:09
天叢雲剣譚 @sio_murakumo

しかし最後まで言うことなく、彼女は船内へと引っ張られるように消えた。 「鶴木さん、あなたは中に隠れてください」 鶴木と呼ばれた女性の代わりに出てきたのは黒いスーツを着た厳つい男だった。男は身をかがめて目の前まで歩いてくる。この人たちは誰なのか、と聞こうとする前に男が口を開いた。

2015-03-12 01:16:59
天叢雲剣譚 @sio_murakumo

「けが人はいませんが、船の機関が完全にやられています。おそらく航行は不可能でしょう。できれば近くの港まで曳行していただきたいのですが」 「それは構わないけれど……アンタ達は一体何しているのよ。こんなところで護衛も付けずに航行しているなんて。深海棲艦の格好の的よ」 「我々は……」

2015-03-12 01:21:24
天叢雲剣譚 @sio_murakumo

そのとき自分の足元から突き上げられるような感覚を覚えたかと思うと、次の瞬間には私の身体は宙に投げ出されていた。 「なっ!」 水飛沫で遮られる視界の中、自分を持ち上げたものの正体を捉える。……駆逐ロ級だ。どうやら水中に身を潜めていたらしく、その存在に気が付くことができなかった。

2015-03-12 01:31:18
天叢雲剣譚 @sio_murakumo

私は空中で身を翻して、何とか水面に着地するが着地のショックで再び身体に痛みが走る。 「くっ」 さらに体勢を誤ったのか右膝がズキズキと痛みを訴える。何とかして立ち上がらなければ回避行動にさえ移れない。何とかして立ち上がろうとするが痛みで身体が上手く動かない。 「叢雲さん!」

2015-03-12 01:39:46
天叢雲剣譚 @sio_murakumo

不知火の声に顔を上げると、そう遠くない距離にロ級の姿が。しかも狙いはこっちのようで、その距離は着実に縮まってきている。 「叢雲さん、早く!」 「わかってるわよ!」 しかしロ級はすぐそこまで迫っていた。私を丸呑みできるであろう口を広げ、中に装備されている主砲が私を捉えている。

2015-03-12 01:46:41
天叢雲剣譚 @sio_murakumo

ここまでか――。そう思った矢先だった。 「この化け物……! その娘から離れなさい!」 誰のものかわからない声と砲撃ではない発砲音。続いて、カンと乾いた金属音が短く鳴る。 「な、何……?」 一体何が起こったのか訳も分からず視線を彷徨わせていると、ある姿が私の目に飛び込んできた。

2015-03-12 01:51:23
天叢雲剣譚 @sio_murakumo

さっき船内に隠れたはずの女性が拳銃を構えて甲板に立っていた。しかもその銃口はロ級に向けられている。 「あんの、バカ……!」 深海棲艦に通常の武器はほとんど効果がない。それは今までのことで実証されているうえに、大多数の人が知っている。それなのに、あんなことをしたら……!

2015-03-12 01:55:57
天叢雲剣譚 @sio_murakumo

私に向けられていたロ級の虚ろな視線がゆっくりとクルーザーの方へ移っていく。そして反転したかと思うと、突進するようにクルーザーに向かっていった。 「逃げなさい! 死ぬわよ!」 声の限り叫ぶが女性は動じることなくひたすら発砲する。しかしそれで怯むはずもなく、ロ級は突き進んでいく。

2015-03-12 02:14:25
天叢雲剣譚 @sio_murakumo

その時、不知火がクルーザーとロ級の間に割って入る。 「これ以上度が過ぎるとさすがに許しません。沈め」 不知火は淡々と言い放つと、すでに構えていた主砲を斉射した。猛スピードで進んでいたロ級に全弾命中し、耐えられなくなった身体が剥がれ落ちるように瓦解していく。 「これで終わりです」

2015-03-12 02:15:07
天叢雲剣譚 @sio_murakumo

止めと言わんばかりに全ての魚雷を放つ。ドォンと水飛沫が上がると、ロ級の姿は消えていた。 「終わった、の?」 とても戦闘が行われていたとは思えないほどの静寂。ただ呆然と海域を見ていると、私の目の前に手が差し出されていた。 「叢雲さん、大丈夫ですか」 「ええ、少し身体を打っただけよ」

2015-03-12 02:22:57
天叢雲剣譚 @sio_murakumo

私は不知火の手を取り、ようやく立ち上がる。 「しかし、派手にやりましたね」 「本当、不甲斐ないわ」 私は吐き捨てるように言った。ここまでやられたのはいつぶりだろうか。 「叢雲さんのおかげで第二艦隊が助かったんです。気にしないでください」 「ええ。みんなが無事なら、それでいいわ」

2015-03-12 02:33:19
天叢雲剣譚 @sio_murakumo

「あまり、無茶しないようにしてください。とだけ言っておきます。あなたがいないと、この鎮守府はガタガタになるんですから」 「わかったわよ。ところで、これで敵艦隊は全員沈めたのかしら?」 「そうですね……」 不知火は指を曲げて数えていく。

2015-03-12 02:37:31
天叢雲剣譚 @sio_murakumo

「最初に叢雲さんの砲撃でロ級を、その後へ級。伊勢さんと妙高さんががヌ級とリ級を。それで先ほど不知火がロ級を仕留めましたので……これで全部ですね」 「そういや報告は五隻だったわよね」 「はい。第二艦隊の報告では最初から五隻でした」

2015-03-12 02:42:42
天叢雲剣譚 @sio_murakumo

「この規模なら、偵察部隊なのかしら……第二艦隊が一隻沈めたとも聞いていないし……」 「……どうしたんですか?」 「何か、嫌な予感がするわ」 心の中に得体のしれない一抹の不安が生まれる。私は不安に駆られて、海域全体を見回した。そして空と海が交わる水平線に、一つの黒い影を見つけた。

2015-03-12 02:50:26