しかし織田家の総帥信長は、 官兵衛裏切り と結論付けた。信長は自分を裏切った人間に対しては容赦ない。それは浅井長政の例を見れば確かだ。躊躇なく人質である松寿丸の処刑を命じた。 #石田三成の青春
2015-04-21 19:45:55秀吉は安土に赴き、反対した。いや、信長に対して反対などできるはずがない。懇願だ。 「官兵衛に限って、御屋形様を裏切るなど考えられませぬ。何かの事情で帰ってこられないに違いありません。今暫くの御猶予を。何卒。なにとぞ~ッ」 #石田三成の青春
2015-04-21 19:47:00信長の袴の裾にすがり、泣かんばかりに訴えた。 だが相手は信長だ。聞き届けられるはずがない。 これ以上やると自分に類が及ぶ。 長年信長に仕えている秀吉は、引き際は心得ていた。 #石田三成の青春
2015-04-21 19:48:14信長の前から下がり部屋を出る秀吉の頭に、松寿丸の幼い顔が浮かんだ。そのそばには、松寿丸を慈しむようにじっと見つめるおねの笑顔があった。 #石田三成の青春
2015-04-21 19:49:11秀吉は暫し天を仰いだ。 許せ、おね。 その言葉で、感情の全てをふっきった。 わしのできることはした。 瞑目して深呼吸をひとつすると、目を開き、 「半兵衛をこれへ」 秀吉は半兵衛を呼んだ。 #石田三成の青春
2015-04-21 19:50:42(六) 長浜にまた、紅葉の季節が訪れていた。 松寿丸が長浜に来て、二度目の秋だ。 その日、三成は久しぶりにお城に上がった。 #石田三成の青春
2015-04-21 19:51:51兵糧米と鉄砲玉の調達のため、三日ほど前から大谷吉継とともに戦場から戻って来ていたのだが、兵糧米の調達が終わり、鉄砲玉の方も国友村へ出向いている吉継からの連絡では、明日中に揃う見込みだ。 #石田三成の青春
2015-04-21 19:52:48仕事を終え、その日一日、身体が空いた。 いつものように、おねのもとに挨拶に行くと、そこには、福島正則、加藤清正の姿があった。 「帰っていたのか」 三成はおねに挨拶を済ますと、二人にそう声をかけた。 #石田三成の青春
2015-04-21 19:54:10「ああ、おぬしも」 正則が言い、 「ああ」 三成が答え、二人と並んで座った。 その日は正則も清正も、何か落ち着かず、おねが松寿丸を呼ぶ前に、三成を拉致するかのように連れて、早々におねの前を辞した。 #石田三成の青春
2015-04-21 19:55:33「知っておるか」 おねの前からさがり別室へ入ると、清正が三成に尋ねる 「何をだ」 当然のことに、三成が聞き返す。 清正が何か言おうとすると、 「座ってからにしないか」 正則が言って、座った。 三成、清正も座り、部屋の中央に三角形ができた。 #石田三成の青春
2015-04-22 19:06:28「荒木殿が寝返った」 正則が言い、 「そのことならば知っておるが、未だ信じられん。寝返る理由が解らん」 三成が答える。 「それまあ、良いとして、良くない、良くないのだが、それはこちらに置いといて」 #石田三成の青春
2015-04-22 19:08:24「市、おぬしの話はまどろっこしくていかん。官兵衛殿が帰らぬのだ」 「虎、それでは事情が解らぬ」 正則と清正が言いあっている。 「荒木殿を説得に行った官兵衛殿が、帰陣いたされぬのか」 三成が言うと、二人は三成の方を見て大きく頷いた。 #石田三成の青春
2015-04-22 19:09:21荒木村重が反旗を翻し、それを黒田官兵衛が説得に行ったことまでは知っていた。 官兵衛殿が帰らぬのか。 三成は信長の端正な顔を思い浮かべた。 御屋形さまがこのことをどう思われるか。 #石田三成の青春
2015-04-22 19:10:41官兵衛殿に不測の事態が起きて帰れない。そう判断してくださればよいが、もし、裏切ったと思われれば……。 そこまで考えて、三成は大きく頭を振った。 御屋形さまは官兵衛殿を気に入っておられる。早まったことはなされまい。そもそも官兵衛殿が裏切るなどあり得ぬ話だ。 #石田三成の青春
2015-04-22 19:12:40三成がそう考え、心の呼吸を整えていると、 「小寺政職殿が荒木殿に与した」 清正が言う。 「何ぃ」 三成の声が大きくなる。 正則と清正がもう一度大きく頷いた。 #石田三成の青春
2015-04-22 19:13:57「まずいな」 三成が呟く。 それきり誰も口を開かなくなった。といって誰もその場から立ち去ろうとしない。 部屋に重苦しい空気がたちこめていた。 #石田三成の青春
2015-04-22 19:14:40どれほどの時が流れただろうか。 廊下をバタバタと歩く音が近づいてきたかと思っていると、ふすまが乱暴に開けられた。 「おお、おぬしらここに居ったか」 #石田三成の青春
2015-04-22 19:15:39そう言って入ってきたのは、蜂須賀彦右衛門家政だ。信長に仕える前から秀吉と行を共にしていた蜂須賀小六正勝の嫡男で、年齢は三成より二歳年上の二十一歳。 #石田三成の青春
2015-04-22 19:16:33「彦右衛門、何事だ」 言葉を発したのは正則だが、他の二人にも無言で問われた家政は、入って来るなり、 「半兵衛殿が、安土より帰られた」 それだけ言うと、ドカッと腰を下ろした。 三角の車座が四角になった。 「安土からとな」 清正が訊き返した。 #石田三成の青春
2015-04-22 19:18:04「殿はご一緒ではないのか」 と正則。 「殿と半兵衛殿がご一緒に戦場より安土へ行かれて、半兵衛殿だけ帰られたようだ。殿は戦場へ行かれたらしい」 #石田三成の青春
2015-04-22 19:19:04家政の答えに、 「安土まで来られて、お城へ寄らずに戦場へ。妙じゃな」 正則が首をひねる。 「戦場に、何か火急の事態が起きたか」 清正が言うのに、 「もしそうであれば、おぬしらにも声がかかろう」 三成が言い返す。 #石田三成の青春
2015-04-22 19:22:32「半兵衛殿が奥方様のところへ行かれてから、松寿丸が呼ばれた。どうも半兵衛殿と一緒にこの城から出るらしい」 家政の言葉に、 「何と!」 三成が大声を出した。 「どうしたのだ」 清正が驚いて訊く。正則、家政も三成を見つめた。 #石田三成の青春
2015-04-22 19:23:22「官兵衛殿が敵陣より帰られぬ。殿が安土に行かれた。そして、殿は戻られず、半兵衛殿のみ長浜へ戻られ、松寿丸を連れ出す」 三成が一連の出来事を、順序立てて言葉にした。 はっ! 一同の顔色が変わった。 「松寿丸……」 家政が呟く。 #石田三成の青春
2015-04-22 19:24:22「おぬしもそう思うたからこそ、われらに告げに来たのではないのか」 三成が家政に言う。 「何やら解らぬが不安で胸が騒いだ。今、三成の言を聞いて、その原因が解った」 #石田三成の青春
2015-04-22 19:26:16「御屋形様が松寿丸を殺せと……」 「殿はご承知あそばされたのか」 清正、正則が誰に言うともなく言い、 「あの御屋形様じゃ、殿も抗われるわけにはいくまいて」 家政が気だるく言うのに、 「では、松寿丸はどうなる」 正則が食ってかかる。 #石田三成の青春
2015-04-22 19:27:54