夢幻宿せし真珠の調【前日譚】
───Side 《Core》───
☆"Klarissa"☆
涸れて赤茶けた荒野が、どこまでも広がっていた。 頭上には重苦しい黒雲が立ち込める。 星月の灯りはおろか、太陽の光すらも届かない。 すべては夜のように暗く、氷のように冷たい。 それが、この世界の有り様だ。
2015-05-27 01:47:52すべてを求め続けた人々の手に残ったものは。 大地が涸れ、汚れた大気が満ち、濁った水が流れ。 炎も灯らぬほどに凍えきった、光射さぬ世界。 人々がかつて求めた、美しきものは、すべて、もはや此処に無く。 彼ら彼女らの眼前には、他ならぬ自らの手で穢し尽くした、残骸だけがあった。
2015-05-27 01:48:00頭上を覆い尽くす黒い雲からは、折に触れ、薄鈍色の雪が降り注ぐ。 世界に満ちみちた穢れを全て吸い取って生まれた雲は、その穢れを雪へと変えて、世界へ還すのだ。 其れは、世界を穢し尽くした人々に対する、罰だろうか。 其れとも、汚れた世界を終焉させる、慈悲の雪か?
2015-05-27 01:48:14「……また、雪が降るのね」 みすぼらしい小屋の、ひとつだけある窓。 そこから、娘は、涸れた大地を眺めている。 わずかに視線を動かせば、立ち込める重苦しい黒雲が視界に入る。 熱も、光も、あらゆるものを遮り世界を閉ざす漆黒の帳。 星月の灯りはおろか、太陽の光すらも届かない。
2015-05-27 01:48:33漆黒の雲から零れ落ちる、薄鈍色の雪。 ひらひらと、きらきらと、降り注ぐさまはとても美しいのに。 この雪は決して、美しいばかりのものではないのだ。 この世界に美しいものなど、もはや残されてはいないのだから。
2015-05-27 01:48:57すべてを覆い尽くすように、灰の雪は降る。 まるで救いのように。まるで罰のように。 雪は降る。降り続ける。 そしていつか、この雪が降り積もったとき。 世界は、終わりを告げる。
2015-05-27 01:49:07溜息、一つ。 娘は、窓の外へ向けていた視線を自らの手元に落とした。 その拍子、目深に被った黒いフードの端から、ホワイトグレイの髪が一房落ちる。 逡巡して…娘はフードをおろすことにした。 銀鼠色の髪を耳にかけて軽く嘆息を。 そうしてから、ヘイゼル色の瞳で見詰める──一冊の絵本。
2015-05-27 01:49:59娘が生まれるよりずっとずっと前から。 この古びた絵本は、娘の家にあった。 ずっと前に死んでしまった両親の形見だろうか。 何処かへ消えてしまった兄からの餞別だろうか? 詳しい事はわからないが、この本は娘にとって大切なものだった。
2015-05-27 01:50:12世界はもう終わる。 今すぐは終わらずとも、いつか終わる。 全てが凍りつくか。全てが汚染されつくすか。形はわからないが…… 終末が訪れるということだけは、この世界に生きる全ての者が知っていた。 そして、ほとんど全ての者は諦めていた。
2015-05-27 01:50:47娘も、世界が終わることを知っていた。 だけれども。世界が終わるとしても。 娘は、胸に抱いた願いを諦める事はできなかった。 この願いは絶対に叶わないと知っていても諦められなかった。 自分が何れ死ぬとしても。 この世界が終わるとしても。 諦めきれないそれを「夢」と娘は言葉にする。
2015-05-27 01:51:42再び、空を見上げて。 娘は今日も、言葉にする。 自らの、ゆめを──物心ついた時から持ち続けていた、願い、祈りにも近いその言葉を。 ──わたしは、” ”──。
2015-05-27 01:52:04☆"《仔》"☆
急に。音がした。 最初は何だろうと思って。音が次第に近付いて来るのがわかって。 『へんなおと。』 唸っているみたいなのに高い音。強くなったり弱くなったり。 『ママのおはなし、きょうはないのかしら。』 変な音を聞きながら。瞬きをする。耳を澄ます。そうすればとくんとくんといつもの音。
2015-05-31 00:29:18『きのう。ママがどこまでおはなししたか。ちゃあんとおぼえているのよ。』 ふふり。微笑んで笑う。ママの方が時々忘れて。パパが笑って。 『またおなじのところだったら。わらっちゃうんだから。』 何度も同じところを繰り返すから。もうすっかり覚えてしまって。パパもそう。
2015-05-31 00:29:44でもいつも笑って。いつも二人で。ママのおはなしを行儀良く聞いて。 そういえば。 『パパはどこかしら。いつもずっと。ママといっしょなのに。きょうはなでてくれないのかしら』 あの大きな温かい手は。今日は無いのかしら。ちょっと。ほんの少し。淋しい。暖かいはずなのに。少し寒い。
2015-05-31 00:29:56『ママがこごえちゃう。』 パパが居なくても。励ましてあげないと。ママは近頃無理をしているみたいだから。パパも早く気付いてあげればいいのに。 『ああ。へんなおと。』 ずっと近くで鳴っている。なんなのかしら。うるさくってたまらない。 『ねえママ。このおとはなにかしら……』
2015-05-31 00:30:13眼を瞑る。強くなったり弱くなったりの音。ずっとうるさくて。 『ママのおはなしがきこえないわ』 狼はどうなったのだろう。女の子はおつかいができたのかしら。 ああ。それよりも。 『こんなにさむくて。ママもパパもだいじょうぶかしら?』 思う間にも。 いやに眠くて。 音は続いて。
2015-05-31 00:30:26☆"Recauldlight"☆
――再生をもたらす、光の釜の中で。七色の光の粒子が、いっぱいに溢れて、渦を巻き、螺旋を描き、力強く胎動し、儚く流れていく中で。光は、ヒトのかたちを得た。ヒトのかたちは、幼き少女へと変わって成って固まって。
2015-05-31 23:01:03乱舞する光の中、ぱちぱちと双眸が瞬いて。***を示す赤色の、赫々たる瞳が周囲を見渡す。光の中の光と、光の中の己を、不思議そうに眺める見つめる。
2015-05-31 23:01:53