- green_teabreak
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さて、私は、船の出航を補佐するために、すぐには乗船しないと言いましたが、理由はそれだけではありませんでした。他に、出航時にどうしてもしたいことがあったのです。 それに関係する人物が、司令部から出てきました。蝦夷貂提督です。湯呑みを片手に、ゆるりと歩いています。 #僻地の泊地日記
2015-06-07 00:17:57「お疲れー」 『お疲れ様です。バーベキュー、ありがとうございました。好評だったみたいですよ』 「やった甲斐があったってもんだ。いや、あそこまでやって、好評じゃない方が悲惨だけどね」彼は一度言葉を切り、海照丸を見上げます。「出航準備?」 『ええ』 #僻地の泊地日記
2015-06-07 00:46:36『出航は〇〇〇〇……日付が変わったら、です』 「寂しくなるな」 『本当にそう思ってます?』 「当たり前だろ、何言ってんだ」 彼はふざけて、湯呑みの中のお茶を私にかけるフリをしました。私も私で、大袈裟に驚いてみせ、暫く二人で笑っていました。 #僻地の泊地日記
2015-06-07 00:50:05落ち着いてから、蝦夷貂提督は急に声を落とし、「……寂しくならないのか?」 『また会える時が来ることを思えば』 「冷たいなあ」 『そう言わんでください。私は前からこうです』 「だから言ってるんだよ」 『まあ、聞いてください――』 #僻地の泊地日記
2015-06-07 00:56:09『そりゃあ、別れること自体は寂しいですよ。それに、万が一私が沈……つまり死ねば、もう二度と会えない』 「俺が死なないみたいな言い方だ」 『あなたは鉛玉の雨が降ろうとも死なないでしょう。――私が死ぬと、あなただけじゃなく、私の仲間たちにも会えなくなる』 #僻地の泊地日記
2015-06-07 01:00:50『それだけは、避けねばならない。このイージスを生んだ意味がなくなる』 私は、ずっと背負いっぱなしだった艤装を撫でます。 『だから、私は、リンガのために、何としても生き延びなければならない。いや、生きる』 蝦夷貂提督は口を挿みません。 #僻地の泊地日記
2015-06-07 01:04:48『そうして、仲間と共にこの海で生き続けて、再び会えた時の気持ちは……言い表せないほど明るく、言い表せないほど大きなものになるでしょう。それを思えば、寧ろ、次にお会いする時が、楽しみで仕方ありませんよ』 私が口の端を上げると、蝦夷貂提督は苦笑しました。 #僻地の泊地日記
2015-06-07 01:09:40そして、大きな溜め息。 「リンガに飛んでから、変わったなぁ」 『そうでしょうか?』 「変わり者になった、と言った方が正確かな?」 誰にともなく問うた彼は、次の瞬間には、苦笑でない、いつもの笑みを浮かべていました。 「でも、嫌いじゃない」 『ありがたきお言葉』 #僻地の泊地日記
2015-06-07 01:12:44「筍――今度はこっちからリンガに行く。その時は、ちゃんともてなせよ」 『ええ、もちろん』 「それから、<たいせつ>――沈みやがったら、海底から引っ張り上げて、ぶん殴ってやるからな」 『やれるものなら』 彼は拳を突き出しました。私は自らの拳を、それに合わせました。 #僻地の泊地日記
2015-06-07 01:18:35軈て、出航の時間となりました。私は第二護衛隊のメンバーと共に海上に下ります。神通が敬礼で迎えてくれました。 「第二護衛隊、全員揃いました。提督は、泊地を出たら乗船するということで、宜しいですね?」 『そのつもりだ』 #僻地の泊地日記
2015-06-07 01:28:48『そうだ、皆に伝えてくれ。輸送船は二隻とも大型だから、低速域だと舵の利きが悪い。泊地を出るまでは、他の艦船との近距離での反航が想定されるから、周囲の警戒と衝突の防止を徹底させよう』 「了解しました」 神通は踵を返し、まだ近くにいる護衛隊の方へ移動しました。 #僻地の泊地日記
2015-06-07 01:32:53隊員への伝達が終わり、出航のための全てが整いました。傍に来た<なち>と、その確認をしてから、第二護衛隊には配置に就くよう指示しました。 手首の端末の時計を一瞥し、バースに視線を上げれば、蝦夷貂提督のところの艦娘らが、司令部からぞろぞろと出てきました。 #僻地の泊地日記
2015-06-07 01:42:19『こりゃ見送りか? 嬉しいねえ』 小料理屋にいた時の恰好のままの隼鷹。RQ-1を持つ手を振る多摩。例の笑みを浮かべる高雄。蝦夷貂提督の隣に立つ北上……。他にも何人もいます。 「皆見ている。下手な真似はできんな」とは<なち>です。 『当たり前だ。安全第一でいくぞ』 #僻地の泊地日記
2015-06-07 01:44:50『出航!』 「出航!」 船の中から復唱が聞こえ、直後、先に第五大栄丸が動きました。海照丸がそれに続きます。 『目標、ファイス島。泊地内は4ktで航行し、反航船に注意せよ。護衛艦は、特に対潜警戒に重きを置け』 「了解! 4ktに合わせ、対潜警戒を厳に!」 #僻地の泊地日記
2015-06-07 01:49:32泊地の出口がある方角を向いた二隻は、ゆっくりと水道を進みます。護衛隊が二隻を囲むような配置になったのを見届けると、私はバースを振り返りました。 蝦夷貂提督が、微笑しながら敬礼をしていました。てっきり、他の艦娘と同じように、手を振っているものと思っていました。 #僻地の泊地日記
2015-06-07 01:53:18そこに、海軍人としての気配りを感じました。私はそれに応え、機関停止、くるりと向き直り、数秒間しっかりと返礼をした後、両舷半速で再び輸送船団の後を追いました。 蝦夷貂司令部は、とても温かい場所でした。そんな温もりに満ちた地を背に、船団は闇に溶け込んでいきました。 #僻地の泊地日記
2015-06-07 02:00:18