真夜中の釣り大会#2
「任せておけ、俺は蝶のように舞うことにかけては天才的だ」 レッドは得意顔でひらひらと肉片のついた釣竿を揺らす。フィルはやれやれと隣に座り、釣り針に肉片を刺す。メファルは、二人が釣りを楽しみ始めたことに安堵感を覚えた。「2匹目が釣れたら、小さい方をリリースしてくださいね」 54
2015-06-12 21:33:13そのとき、カップルの悲鳴が聞こえた。絶叫ではない。ひっ、と何かに気付いたような押し殺した声。メファルはカップルの方向へ振り向く。メファルは額に脂汗が浮かぶのを感じた。アドレナリンが一瞬で脳内を駆け廻る。暗い森の奥に揺らぐ影……それは、巨大な雪熊だった。 55
2015-06-12 21:35:26夜の山中という視界の悪さでも、その雪熊の影ははっきりと分かった。毛並みが白く、月明かりをよく反射している。フィルもレッドも異常を察知したようだ。カップルは凍りついている。ガイドのメファルは慎重に、雪熊を注視した。雪熊はこちらに気付いているだろうか? 56
2015-06-14 21:24:53一般的に雪熊に会った場合、光を浴びせてはいけないし、叫んで脅かしてもいけない。背中を見せて逃げてもいけない。ただ雪熊の目を見て、睨み合いの勝負をするほかない。雪熊避けのベルを携帯していても、出会うときは出会うのだ。メファルの背中に冷や汗が流れる。 57
2015-06-14 21:27:44雪熊を観察する。雪熊の顔はこちらを向いておらず、アンコウガエルを追いかけているようだ。アンコウガエルは、雪熊にとっても貴重な食料だ。「慌ててはいけませんよ。雪熊に気付かれないように、気配を殺して逃げるのです」 ガイドのメファルは4人に小さな声で指示する。 58
2015-06-14 21:30:22フィルとレッド、そしてカップルは黙って頷いた。そしてゆっくりとその場を逃げる。雪熊を注視し、もしこちらに向かってきたら睨みかえせるように。しかし、運の悪いことに、雪熊の追いかけるアンコウガエルがメファル達の方へと逃げていくのだ。走って逃げることなど無意味だ。 59
2015-06-14 21:33:42メファルは覚悟を決めた。自分が犠牲になってでも、フィルとレッドを助けなければ……そう思ったが、フィルとレッドは意外にも余裕だった。「メファルさん、ここは僕らに任せて」 「えっ、でも、雪熊は凶暴なんですよ」 「俺らはこれでも、相当修羅場をくぐっているからね」 60
2015-06-14 21:39:31レッドは笑って、メファルの前に出る。「まぁ、無理はしないよ」 メファルには俄かには信じられなかった。しかし、フィルとレッドはジャケットを脱ぎ、シャツ姿になる。彼らは本気なのだ。「できるはずありません、雪熊と戦うなんて……」 しかし、メファルは信じられないものを見る。 61
2015-06-14 21:41:57脱いだジャケットを旗のように振るレッド。すると黒いジャケットは闘牛士の布のように赤く染まった。「ほら、こっちだ!」 そうしてレッドは、動けずにいたカップルの反対側へと移動する。雪熊は驚き、進行方向を変える。「はっ、今です。逃げるのです!」 メファルが後退する。 62
2015-06-14 21:44:45フィルもまた、ジャケットを振る。するとそれは一本の青い棒になった。そして二人は雪熊を離れた方へと誘導する。「ここらへんでどうだ」 フィルはレッドに合図をする。雪熊は猛スピードで追いかけてくる。レッドはフィルの持つ青い棒を握った。すると棒が伸びて、二人は上空へ舞い上がった。 63
2015-06-14 21:47:59棒はゆっくりと傾いていくが、完全に倒れる前にフィルは木の枝を掴んだ。木の上に一瞬で移動したフィルとレッド。雪熊は木に登ろうと試みたが、フィルが青い棒を持ち上げて雪熊を突くと、雪熊は分が悪いと思ったのか去って行った。完全にいなくなるまで木の上で待機するフィルとレッド。 64
2015-06-14 21:52:24「へへ、奴さん、諦めたようだぜ」 「心配だな、みんなは逃げ切れたかな」 フィルとレッドは木から下りて、メファルとカップルを探した。夜の山は暗く、アンコウガエルの灯が星の瞬きのように揺れる。やがて二人は、ランタンの明かりを見つけた。それは山小屋の明かりとは確かに違う。 65
2015-06-14 21:55:26