クリス・マッカンドレスと行くアメリカの旅 ― 『イントゥ・ザ・ワイルド』の道のりと風土

多摩美術大学での授業「芸術学英語5」(2015年)に関するツイートのまとめです。Sean Penn監督の映画Into the WildとJon Krakauerによる原作ノンフィクションを軸に、劇中に挿入される歌や関連する文学作品を合わせて扱い、アメリカの文化や歴史について考察しています。
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ある学生のコメントにあったように、"Society"の語り手の声は(少なくとも部分的には)神のような超越的な存在のものにも感じられる。社会をyouと呼ぶことには、個人的な関係性に限定されない慈愛が垣間見えるのだ。こうした神性への接近は、この作品を読み解く際の最重要ポイントの一つ。

2015-06-17 18:18:09
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許しと愛と家族への回帰。Sean Pennによる映画Into the WildとJon Krakauerによるノンフィクションの最も顕著な相違点の一つは、光の中の聖家族のヴィジョンに旅人を着地させているか否かだと思う。現実のMcCandlessの発見は少し違ったものだったようだ。

2015-06-17 18:43:27
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「神以前」を考えるための一ピースが、今日の授業の後半の"Ktaadn"。McCandlessが読んでいたかどうかは分からないが、Krakauerが終盤の章の題辞として一部を引用しているH. D. Thoreauの文章(Maine Woods所収)で、映画でも効果的に使われている。

2015-06-17 18:54:12
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1846年(Walden生活の二年目)の秋にMaine州にあるKtaadn山を登ったThoreauは、そこに原初の地球を見る。「人間に優しくある義務に縛られることのない力の存在」が感じられる、「自分たちよりも岩や野生動物に近い人々が暮らすような場所」。実際には遠いがアラスカ的だ。

2015-06-17 19:04:19
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この一節が映画で流れるのは、Chrisが一頭のムースを撃ち、その肉の保存に失敗してしまった直後の場面。山口晃氏編訳の『歩く』(ポプラ社 2013年) p. 231によれば、Thoreauが死の床で呟いたのは「ムース」「インディアン」という言葉であった。「神の庭」以前の荒野の時間。

2015-06-17 19:47:14
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こうしたwildernessにおけるMcCandlessの発見をキリスト教的な神(あるいはそれに近いもの)の世界観に回収してしまうことには、やはり大きな問題があるだろう。Pennの映画は全体として家族・愛・神が軸になっているので、他の細部は呑まれてしまう。この辺りの話はまた後々。

2015-06-17 20:04:51

第10回

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今日のInto the Wildの授業はトルストイの『家庭の幸福』から。Krakauerによれば、Chris McCandlessはアラスカでの生活場所であった廃バスからの引き上げを実行する前日、この小説を読了している。穏やかで利他的な暮らし方が語られる箇所に印をしていたらしい。

2015-06-24 18:34:21
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Sean Pennによる映画でも前述の箇所(の一部)がバス生活からの撤退の契機という形で朗読されているが、これは相当ミスリーディング。なぜなら、語られたような理想は小説内で直後に覆されているから。聖家族のイメージを軸に凝縮されたシナリオには、こうした強引な部分がチラホラ見られる。

2015-06-24 18:57:37
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Into the WildのChris McCandlessがトルストイの『家庭の幸福』から学び取ったものがあるとしたら、それは何だったのか。読了の翌日に廃バスを後にしたという時系列や青年が印を付けていた作中の箇所をJon Krakauerは伝えているが、腑に落ちない部分が多い。

2015-06-26 14:01:14
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『家庭の幸福』(英題Family Happiness)は逆説的なタイトルであり、作品の中身は決して素朴で善良な家庭生活の賛美などではない。そこで描かれているのは、情愛love/passion/lustに振り回される人間の不完全さと、それを悟ったような態度で傍観することの冷酷さだ。

2015-06-26 14:25:54
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映画ではJanとRaineyのヒッピー(崩れ)カップル、それから架空のキャラクターと思しき情熱的な少女Tracyが登場する第4章 Familyの終わりに、アラスカでChrisが『家庭の幸福』を読む。小説の筋書きを理解してからだと、この前後関係の捉え方も少し違ってくるかも知れない。

2015-06-26 14:42:49
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Chrisが人間関係(小さな社会)の深みにはまることを避ける理由には、自らの誕生の土台である両親の不倫がある。劇中、彼の卒業の場面で読まれるSharon Olds(ナレーションの監修にも関わっている詩人)の"I Go Back to May 1937"と『家庭の幸福』は対照的だ。

2015-06-26 14:53:58
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Oldsの詩(poetryfoundation.org/poem/176442)の結び"Do what you are going to do, and I will tell about it."は両親に対する明確な拒絶と傍観の宣言だが、子供は子供で、自分自身の愛の問題に向き合わなければならない。

2015-06-26 15:04:57
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『家庭の幸福』を読んだChrisは、穏やかな家庭生活(自身の育った家庭とは違うものだろう)を欲したのだろうか。それとも過ちの反復の可能性を引き受けた上で、人間社会への回帰を決めたのだろうか。Pennの映画は前者を採り、そこで抜け落ちたピースをFranz老人に埋めさせているようだ。

2015-06-26 15:24:28
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Franz老人が登場する場面から、映画は第5章(最終章) Getting of Wisdomに入る。その直前、廃バスからの撤収~フクロウの家族~増水した河の場面で流れるのが、Eddie Vedderによる"No Ceiling"。抑制のきいた力強さと、新たな覚悟を感じさせる曲だ。

2015-06-26 16:00:51
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"No Ceiling"の冒頭の連の"there's nothing left to be concealed"は、偽名Alexander SupertrampによるChris McCandlessという人格と歴史の隠蔽、その終わりを仄めかしていると考えることができるだろう。

2015-06-26 16:09:07
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サビの部分の"I'll keep this wisdom in my flesh"は、先述した映画の次章に繋がるものだ。特別な場所を去る決断をした曲中の語り手は、自分の心がそこを決して離れないこと、肉体に刻んだ英知を抱き続けていくこと、いつかまた戻って来るであろうことを宣言する。

2015-06-26 16:38:34
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曲の後半の"for landing ... I been cleared"は、同じくOSTに収められた"Long Nights"の"long nights allow me to feel I'm falling ... safely to the ground"と呼応する箇所。

2015-06-26 16:42:52
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"ground"は見えないけれど、その闇夜が降下を認識させてくれる、そうした模索の段階にあった"Long Nights"に対し、"No Ceiling"の視界は明白に着地点を見据えたものになっている。最終連の"This Love has got no ceiling"は少し唐突。

2015-06-26 17:25:59
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曲中のI≒Chrisにとって着地点とは何なのか、そこで得られたwisdomとは。なぜ最後の最後に「青天井の愛」(大文字のLで始まる"Love")が語られ、それがタイトルになっているのか。映画ではFranz老人を媒介に神の光と聖家族のイメージに物語が収斂していくが、これもその流れ?

2015-06-26 17:52:56
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Sean Pennの映画Into the Wildは両親に対する許しと魂の帰還に全てを凝縮したような作りになっているが、Krakauerが記録した現実のChris McCandlessの旅路は、人間の不完全さの受容を転機としつつ、プライベートな宇宙に閉じてはいないように思われる。

2015-06-26 18:08:41
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以上はあくまでMcCandlessの知性や読書に対する誠実さを前提とした考察。違う見方をすれば、彼は自分の関心に合う箇所だけを本から抽出し、前後の文脈や物語の連続性を無視していたとも考えることができる。ともあれ実際どうだったかは知り尽くせないから、ポジティブな可能性を追跡したい。

2015-06-26 18:24:55

第11回