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科学者にとって、統計ができること、英語ができることは必須なのか?・・・主に人文系のジャーナルを例に Presented by ynabe39

まとめました。
渡邊芳之 論文 統計学 統計 ネイティブ GRE GMAT 査読 英語 ynabe39
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渡邊芳之 @ynabe39
@pukuma先生の「文系は英語で書かず統計もわからない」で盛り上がってるようだが,これはすごく簡単な話だ。
渡邊芳之 @ynabe39
まず後半の「統計がわからない」については「分野による」というしかなく,文系でも統計がわかる(必要がある)分野はあるし,理系でも統計がわからない人は農学や化学系には多い(こっちはわからないのに使ってるぶん罪が重い)。
沼崎一郎 @Ichy_Numa
統計のウソが分かることは、一般人にも必要。統計リレラシーはとても大事。 @ynabe39
沼崎一郎 @Ichy_Numa
【訂正】 統計のウソが分かることは、一般人にも必要。統計リテラシーはとても大事。 @ynabe39
渡邊芳之 @ynabe39
「英語で書かない」のほうが本質的な問題とつながる。これは学問の性質とか学者の考え方の問題ではなくて「英語でなくても研究を発表する場があり,英語で書かなくても研究職につける」ということにつきる。
渡邊芳之 @ynabe39
理系が英語で書くのは,べつに「世界の研究者と知識を流通させたい」といった研究者の意志や志向の問題ではなくて,国内誌も主要なものは英文誌になって英語で書かないと研究成果を発表できないからだし,英文の業績がないと就職できないからだ。
沼崎一郎 @Ichy_Numa
今までは、ね。 RT @ynabe39: 「英語で書かない」のほうが本質的な問題とつながる。これは学問の性質とか学者の考え方の問題ではなくて「英語でなくても研究を発表する場があり,英語で書かなくても研究職につける」ということにつきる。
渡邊芳之 @ynabe39
いっぽう文系のほとんどの分野では日本語で研究を発表する場やジャーナルがあるし,日本語で著書を書くこともできる。日本語の業績でも一定の質と量を確保していれば研究職にもつける。この状態で文系研究者が英語で書かないことは当然すぎるほど当然。
渡邊芳之 @ynabe39
「英語で書くかどうか」はこういった研究発表メディアや研究職への就職の構造によって生じている現状であって,べつに研究者の志向や意志の問題ではない。まあ@pukuma先生はそれはわかってわざと煽っているわけだが。
渡邊芳之 @ynabe39
じっさい,英語で書かねばならなくなれば文系も英語で書くのは @Ichy_Numa 先生のおっしゃる通り。心理学では英文があるほうが就職に有利になってきた。だからとくに実験系の若い人はどんどん英語で書く。
K_Hara @K_Hara10
@ynabe39 英語については同意です。統計は、何を以て「できる」と言うのかによって状況は異なると思います。「解析を行う」レベルであれば文系でもほとんどクリアしていますが、「原理を理解し、適切な解析条件を設定する」というレベルであれば、文系はほぼ全滅、理系でも分野によりますね。
渡邊芳之 @ynabe39
統計も同じで,統計を使う分野の人が統計を使うのは「その人たちが科学的な思考をしている」からではなくて,統計を使わない論文はジャーナルに載らないからだ。同じことを研究して統計を使わなくても採択されるなら統計を使う必要はない。
渡邊芳之 @ynabe39
個人的には「統計を使わなくちゃ採択されない」分野での統計の誤用やルーチン化のほうが気になる。まあ「道具の動作原理について理解しなくても道具は使える」のは事実だけれども。
渡邊芳之 @ynabe39
「心理統計学」とか「社会調査」とかのタイトルのついた専門的な本を一度見てみてください。 RT @K_Hara10: ...「原理を理解し、適切な解析条件を設定する」というレベルであれば、文系はほぼ全滅、理系でも分野によりますね。
渡邊芳之 @ynabe39
社会構造的な理由で自分がやっていることを自分の意志で選択しているように言って正当化し,同じく構造的な理由でそれをやらない人を批判するというのはあまりにありふれすぎた論点で,議論の展開も見えすぎている。ただ必ず盛り上がるのでネットでは好まれるのは学歴ネタと同じ。
K_Hara @K_Hara10
@ynabe39 そういう類の本は読みますし、統計学自体に理文の別があるとも全然思いませんが、社会科学や認知心理学などで統計解析を行っている論文を見ると、初歩的な検定すらも全く行っていないようなものが多くあります。あくまで経験論ですが、理文両方の論文を多く読む機会があるもので。
渡邊芳之 @ynabe39
心理学の多くの分野では統計を使うし,統計そのものを専門にする心理学者も多数いるが,これだって「心理学者は科学的な思考をする」といった問題ではなくて,国内のもっとも権威あるジャーナルが長年「統計を使わない論文は掲載しない」といわれていたような現状と深く結びついている。
御子神 @mikogami22
状況による適応の結果ね。RT @ynabe39 国内のもっとも権威あるジャーナルが長年「統計を使わない論文は掲載しない」といわれていたような現状と深く結びついている。
daigaku-neko੯ੁૂ‧̀͡u\ @Manyaces
@ynabe39 心理学の投稿者の方々の話を聞く限りでは、査読者の統計学的分析についての知識水準にもばらつきが大きそうな印象があります。統計学的分析方法が主眼の論文でもない限り、査読者の選択基準として統計学的分析の知識水準は考慮されていないのでしょうか?
渡邊芳之 @ynabe39
「検定が必要なのに検定していない」論文よりは,「検定が不要なのに検定している論文」「検定を間違って用いている論文」のほうがはるかに多いと思います。アメリカ心理学会も検定の安易な使用を諌める方針を出している。 @K_Hara10
渡邊芳之 @ynabe39
私たちのジャーナルでは統計が重要な論文では統計に造詣の深い査読者を最低ひとりは入れますね。 RT @Manyaces: ..統計学的分析方法が主眼の論文でもない限り、査読者の選択基準として統計学的分析の知識水準は考慮されていないのでしょうか?
沼崎一郎 @Ichy_Numa
どんな検定方法を使えばいいのですか、と聞かれることがあるが、その時は、有意差を出したいんですか出したくないんですかと逆に聞くことにしているw。統計的検定とは、そういうものだ。 @ynabe39 @K_Hara10
渡邊芳之 @ynabe39
これは「査読者がなぜ複数いるのか」という根本的な問題ともつながります。学会誌の査読というのは「偉い先生が無謬の判断をする」のではなく「同じ立場の研究者同士のピアレフェリー」です。ですから査読者が投稿者よりすべての面で学術的に優れていることは前提とされていない。 @Manyaces
daigaku-neko੯ੁૂ‧̀͡u\ @Manyaces
@ynabe39 ありがとうございます。少なくともお一人、その査読の中で相対的に「権威」として機能される先生が入られるものなのですね。
渡邊芳之 @ynabe39
その問題については尾見康博の書いたもの,たとえば「納得の基準-心理学者がしていること-」 http://bit.ly/fmRtem が参考になると思います。 @Ichy_Numa
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コメント

@akimono3 2010年12月30日
後半の流れがよくわからない
ヨートゥーン @jotun82 2011年1月9日
いつもHamyuts_Mesetaさんのまとめを読ませて頂いてる者です。 今回の私のツイートはあまり本筋に関係がない内容なので、消させてもらいました。 Hamyuts_Mesetaさんの次回作にも期待。
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