2015年6月28日

山本七平botまとめ/【十五年周期仮説でみる昭和史/昭和における変動⑧】会社組織という機能集団が”一揆的共同体”に転化している日本社会

山本七平『1990年代の日本』/十五年周期仮説でみる昭和史/昭和における変動/維持のための革新/215頁以降より抜粋引用。
2
山本七平bot @yamamoto7hei

①【維持のための革新】『日本資本主義の精神』に書いたことだが、こういう構造と対応して、日本人は独特の精神構造をもっている。<『1990年代の日本』

2015-06-23 22:09:01
山本七平bot @yamamoto7hei

②それは徳川時代に、すでに鈴木正三とか、石田梅岩のような人たちが指摘していることだが、日常の自分の世俗的な業務にそのまま宗教性を感ずる、ないしはそこに宗教性を追求するのが日本の特徴と見ていい。

2015-06-23 22:38:59
山本七平bot @yamamoto7hei

③いわば「農業則仏行なり」とか「すべての事業は仏行なり」といったような形で、禅における修行と同じように「働くこと」を受け取る。 そのため「働く」ことは、日本人にとって独特な意味があり、決して単純な経済行為ではない。

2015-06-23 23:09:09
山本七平bot @yamamoto7hei

④前述のように、これは剣禅一如の形で、武士が一所懸命剣を学ぶというのは禅と同じであるという発想から来て、それを援用して、農民が一所懸命すきをふるうのも同じこと、職人が一所懸命のみをふるうのも同じこと、商人が一所懸命需要と供給の間をつなぐことも、皆これは修行だ、(続

2015-06-23 23:38:59
山本七平bot @yamamoto7hei

⑤続>ことごとく修行であって、人間は成仏するために、それをしなくてはならないと正三は説いた。 それが享保のころに、石田梅岩などによって町人哲学となり、非常に広く浸透した。 日本人は働くことに、精神的充足を求め、そのため定年になったとたんにガクンとくる。

2015-06-24 08:08:59
山本七平bot @yamamoto7hei

⑥これは単に収入だけでなく精神的な充足感を一気に失うからであり、また自分が全人格的に所属している一揆から離れるからである。 アメリカにはこんなことはない。 定年になるのはいつかと、一所懸命指折り数えて待っている。

2015-06-24 08:38:59
山本七平bot @yamamoto7hei

⑦…日本人にそういう精神状態になれといっても無理で、彼らがそうなるのだから、日本人もそうなれと言われれば、これはたいへんな苦痛を強いることになる。 われわれにとって労働は、決してそういうものではない。

2015-06-24 09:09:05
山本七平bot @yamamoto7hei

⑧同時に、組織という機能集団がそのまま一揆的共同体に転化するという、これもちょっと世界に類例のない社会構造をもっているから、会社は、単に組織ではなく、一つの共同体として機能している。

2015-06-24 09:39:04
山本七平bot @yamamoto7hei

⑨これもアメリカなどと違うわけで、たとえばアメリカのスーパーなどで、年間求人率300%というのがある。 日本だと想像できない。 つまり4カ月で全員が変わってしまう。 そこの人事係は、どうやってそれだけの人間を集めるかというのが仕事になる。

2015-06-24 10:08:58
山本七平bot @yamamoto7hei

⑫では、なぜそれで仕事がスムースにいくのかと言えば、それが、組織と契約とマニュアルだけの社会だからうまくいく。 いわばこれこれをやるという契約をして、それに対する報酬を払うというだけで、本当に機械の部品のようで、人間を組織の中に入れてしまえば、すぐ回るようにできている。

2015-06-24 10:38:59
山本七平bot @yamamoto7hei

⑬そしてこれを組織だとするのが彼らの考え方である。 日本ではそんなことはしない。 だいたい就職する時に、日本では、契約をしない。 外国人に”終身雇用”と言うと、すぐに訊かれるのは「どういう契約をするのか」ということである。

2015-06-24 11:08:59
山本七平bot @yamamoto7hei

⑭だから「終身雇用契約」が日本にあるのだと誤解している人がいるわけで、そんなものはないと言うと、 「ではなぜ終身雇用なのか、契約がないのに……」 と言う。

2015-06-24 11:38:59
山本七平bot @yamamoto7hei

⑮これが必ず出てくる質問で、終身雇用契約がなければ、彼らの社会では決して終身雇用ではないのであって、契約してない人間は何の権利も主張できないというのは当たり前である。 そこで日本は終身雇用だと言うと、終身雇用契約を就職のときに会社との間で交わすような錯覚をもつ。

2015-06-24 12:09:02
山本七平bot @yamamoto7hei

⑯だが、「いったい、なぜそれで終身雇用なのか」と訊かれると、こんどはこちらが返事ができない。 「そうなっているから、そうなっているのだ」 と言うわけである。 これは、つまり企業とは彼らの言うような組織ではなくて、一揆的な共同体なのである。

2015-06-24 12:39:03
山本七平bot @yamamoto7hei

①これが大きな特徴だから、あくまでも、共同体に対応するように対応していかなければならない。 これは日本人には当たり前で、彼らのように組織と共同体が分かれている社会は別である。<『1990年代の日本』

2015-06-24 13:09:01
山本七平bot @yamamoto7hei

②この点、戦前の日本は戦後とちょっと違って、農村共同体が明確にあり、それが機能していたから、企業は平気で首を切る事ができた。 つまりその人間は、企業に帰属意識をもっていないから「それなら、俺はやめて、故郷へ帰って百姓をしよう」となる。 「故郷に帰って百姓でもするさ」である。

2015-06-24 13:38:57
山本七平bot @yamamoto7hei

③そして故郷へ帰れば、その共同体は、所属員を受け入れてくれた。 これが戦前における状態である。 そのため戦前と戦後は非常に変わったように言われるが、そうではなく、共同体そのものが、実は企業にすべり込んでしまった。

2015-06-24 14:09:01
山本七平bot @yamamoto7hei

④帰属意識が企業の方にきたというのは、確かに戦後のある時期からの特徴で、農村の崩壊から企業共同体の形成へ、というのが戦後に行われたわけである。

2015-06-24 14:38:57
山本七平bot @yamamoto7hei

⑤これは一種のコミュニティーだから、一度入ったら一生いるのは当たり前、解雇ができないのも当たり前、日本には正当解雇はないわけで、解雇は全部不当解雇になる。 これは共同体からの追放になるからで、どの社会でも追放いわば”勘当”は簡単にはできない。

2015-06-24 15:08:58
山本七平bot @yamamoto7hei

⑥というのは共同体から追放された人間は、どこの社会でも人格的に欠陥があると見られても仕方がない。 従ってそれはその人間の人格に関わる問題である。

2015-06-24 15:39:01
山本七平bot @yamamoto7hei

⑦そのため日本では「あいつは首になったやつだ」と言うと、何か人格的に欠陥があるように見られるが、アメリカならレイ・オフされてこう見られることはあり得ない。 同時に、共同体に必ずあるのは、″共同体の名誉″という意識である。 各人の名誉は同時に共同体の名誉である。

2015-06-24 16:08:59
山本七平bot @yamamoto7hei

⑧そこで日本では、いま言ったように、解雇はできないのだが、たった一つできる理由は、 「会社の名誉を汚した」 ということであり、これはすべての成員を納得させ、共同体の名誉を汚したことは、追放理由となって当然なのである。

2015-06-24 16:39:00
山本七平bot @yamamoto7hei

⑨これは考えてみるとたいへんなことで、いったい″会社の名誉″とは何ぞやということになると、はっきりしないが、そういう意識を人がもっている限り、「名誉」は確かに存在する。

2015-06-24 17:09:00
山本七平bot @yamamoto7hei

⑩一方年間求人率300%という企業では、従業員が会社の外で何をしていようと関係ないことで、出社して契約に対応する仕事だけをして、それに対して賃金を払えば、あとは関係ない。 会社はいわば「労働力」を仕入れているだけなのである。 しかし日本にはそういう会社はない。

2015-06-24 17:38:58

コメント

コメントがまだありません。感想を最初に伝えてみませんか?