山本七平botまとめ/【1990年代の日本/潜在化する意識の転換⑦】合理的な新しい法が新しい常識をつくる

山本七平『1990年代の日本』/1990年代の日本/潜在化する意識の転換/「する論」の現われ/239頁以降より抜粋引用。
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山本七平bot @yamamoto7hei

①明治・大正に制定された法の中で法が新しい常識となってそれが今でも日本人に、また日本の社会に少なからぬ恩恵を与えているものがある。 一例として未成年者禁酒禁煙法をあげよう。今では未成年者の禁酒・禁煙はむしろ常識であり、日本人の生活規範の一つとなっている。<『1990年代の日本』

2015-06-27 13:38:57
山本七平bot @yamamoto7hei

②もちろん法を犯す者はあるであろうがそれは野放しと同じだという事ではない。 特に戦前は「検査(徴兵検査)前の癖しやがって酒など食らっては…」は制裁の対象となる行為であった。 煙草の害が強調され、アル中が世界的な社会問題となってくると、この法の恩恵を考えないわけにはいかない。

2015-06-27 14:08:57
山本七平bot @yamamoto7hei

③だがこれらの法も制定時には決して歓迎されてはいない。 未成年者禁煙法が出来たのは明治33年だが、当時の新聞を見ると…芸妓にとって煙管と煙草盆は商売道具で、これなしでは座がもてないといった趣旨で、未成年だからそれをするなとは営業妨害といった内容だが、(続

2015-06-27 14:38:58
山本七平bot @yamamoto7hei

④続>この文章の背後にあるものは「こんなことまで法律できめなくても」といった感情である。 これはおそらく、当時の人間の「天下国家」とは煙草の煙などとは無関係な壮大なものだったからであろう。 だがこれは法になった。

2015-06-27 15:08:57
山本七平bot @yamamoto7hei

⑤一方未成年者禁酒法が出来たのは、はるかに遅れて大正11年だが、この方は昭和になっても少々深刻な問題を残したようである。 …明治十年代の生まれの人には男女を問わず、五、六歳から酒の味を知っていたという人は少しも珍しくなかった。 理由を聞くと祖父から盃を貰って、が殆どであった。

2015-06-27 15:39:00
山本七平bot @yamamoto7hei

⑥これは相当に一般化していた因習らしかった。 …確かに法を犯す者はいるであろうが、いま三歳の幼児に酒を飲ませれば非常識といわれるであろう。 これも、法が新しい生活規範を形成した一例であろう。

2015-06-27 16:08:59
山本七平bot @yamamoto7hei

⑦総会屋の封じ込め、未成年者の喫煙・飲酒の封じ込め、最近の例と古い例を持ち出して来たのはほかでもない。 商法の改正はおそらく、経営者の新しい規範をつくり出し、やがてそれが常識となって、「昔は総会屋なんて変なものがいたそうだ」ということになるであろうと思われるからである。

2015-06-27 16:38:58
山本七平bot @yamamoto7hei

⑧だがこれは新聞が「経営者倫理の確立」を百年叫びつづけても現出しないであろうことは、確言できよう。 そして「医は仁術・医の倫理の確立」「政治倫理!政治倫理!」と叫ぶことにも、教育の荒廃をただ教師の個人倫理や社会倫理の問題とすることも、同じだということである。

2015-06-27 17:08:57
山本七平bot @yamamoto7hei

⑨90年代からおそらく「する論」の時代に入る。 昭和5年から20年までの「断固やる」時代の失敗を踏まえて、「する論」の時代をどう方向づけるべきか。 民族の履歴書を考え、いまあげた例を参考にしつつ、その方向づけを考えてみよう。

2015-06-27 17:38:57