業界人の「ゲーム性」談義
@KQZ そうですね。ソーシャル課金やアイテム課金のアイデアは出せても、それをするとゲームデザイナーの良心は少しずつ失なわれていきます。個人ならともかく、チーム仕事なら、そこでブレないためのエクスキューズは必要ですよね。
2010-12-30 00:44:58@hitoqui_ponko でも、ちょっと思うのは、ゲーム性だけを作ると、それは商品じゃないと思うの。ソーシャルゲームって、ゲーム性の多くが外にあるので、いまあるようなソーシャルゲームも全否定になっちゃう?
2010-12-30 00:39:45@yonemitsu うーん、そこは難しいところですね。ぼく個人はゲームなんて究極的には積み木でいいじゃんと思ってる派なので、気持ち的にはソーシャル全否定なんですが、だからといって、業界全体がそっちへ行けとは、さすがに思っていませんです。
2010-12-30 00:48:07@hitoqui_ponko はい。ぼくも積み木でいいじゃん(というか、ルールと場だと思ってます)派でもあるんだけど、そうすると、いさぎよく商売じゃなくやる、というのは手だと思ってます(だから、ぼくはゲーム性は、商売以外のところでやってる)。ああ、文字数足りないにゃ!
2010-12-30 00:52:32@hitoqui_ponko あ、ぜんぜん飛ぶけど(うそ、飛ばない)、iPhoneの無料アプリゲームの「ゆけ!勇者」、おもしろいですよ。
2010-12-30 00:53:47@hitoqui_ponko 逆に考えると、舞台や媒体の設定自体決まってしまえば、何処でもゲームになるんですよね。プレイヤーがお金を払う場合もあるかもしれないし、払わない時もあるのかも
2010-12-30 00:51:59@hitoqui_ponko 広義に「遊び」の中には、ギャンブルもいわゆるゲーム性も含まれていると思います。お金をかければストレートにリスクが高まるから、遊びの面白さにも影響があるのは確か。だから仮に安直でもあなどれません。なんでも遊びの喜びにつなげられるように考えたいですね。
2010-12-30 00:49:48@Sora_Sakurai そうですね。わたしは(自覚しているけど)ものごとを狭義で考えがちです。桜井さんの言うように、ギャンブル的なものも含めて遊びの可能性を広げていけるのが(コンピュータ)ゲームなのだ、という考え方は、とても素晴らしいです。これは正直な感想です。
2010-12-30 00:53:36@hitoqui_ponko 恐れ入ります。時代はバンバン変わっているので、やることを切り替えながら、あざとくない範囲で楽しませる方法を考えていきたいですね。おやすみなさい。
2010-12-30 00:57:35純粋なゲームについて考える。ルールさえあればいいと思っている節があって、ルール以外は、それはたとえば商品にするためだったり、間口を広げるためだったり、分かりやすくするためだったり。
2010-12-30 01:00:08続き)ところがルールだけを生成しようとすると、たとえば、マーカーがあったほうがいいとか、得点を記入しておくほうがいいとか、配置を記したほうがいいとか、何かがあったほうがルールを駆動させやすいねってことになる。
2010-12-30 01:01:25続き)たとえばチェス、二人対面して「a3ポーン」って言い合って脳内で動かせばいいんだけど、まあ、盤面とコマがあったほうがわかりやすい。やりやすい。で、盤面とコマがあるんならデザインとしても楽しいほうがいい。
2010-12-30 01:03:34続き)ルールが何を軸に組み立てられるかというとジレンマ。ジレンマの果てに勝敗があるというのが、とてもシンプルなスタイル(勝敗がなくてもぼくはいいと思っているけど、まあ、あるもののほうがわかりやすい)。
2010-12-30 01:06:26続き)ジレンマをうまく生成させて、状況がダイナミックに変化するようにルールが生成される。人生はゲームだっていうけど、ぼくは理想世界では人生はゲームになると思うけど、そうじゃない場合はゲームにならないと思う。というのは、
2010-12-30 01:07:30続き)たとえば奴隷制があって、それが揺らぎようがなければ、状況はダイナミックに変化しないし、ジレンマも生じようがないので、ルールがうまく駆動しない。ので、それはゲームと感じられにくい。ジレンマがうまく回るようにルールが機能するといい、
2010-12-30 01:10:45続き)ジレンマを感じルールが機能してダイナミックに状況が帰られる場では、人は、それに対してアクションしようとする。そのアクションに対して、場がちゃんとリアクションをする(ルールに基づいて!)、そのリアクションに、おもわずリ・リアクションする、という繰り返しが、
2010-12-30 01:13:55続き)インタラクションだ。ルール・インタラクション・ジレンマの3つがうまく回るとゲームになる、というこの法則を頭文字をとってルイージ主義と呼ぶ。
2010-12-30 01:15:15@yonemitsu 大変おもしろく読ませていただきました。ただ、お話にあった「ジレンマに勝敗は無くてもいい」というのが、どういった状況か想像できません。脱出ゲームで最後まで脱出できない、といった結末になるのでしょうか?
2010-12-30 01:26:14たとえばシムシティ。たとえば丁丁発止のやりとり。たとえばアイデア出しでいいメンバーが集まるとどんどん積み重なってぐんぐん良くなるとき。もっといい例がありそう、考えます。 RT @launch726 …「ジレンマに勝敗は無くてもいい」というのが、どういった状況か想像できません。…
2010-12-30 01:31:35ぼくは、負けたけどすごくいい試合だった、というのは、ほんとうにあって、それは、何か勝敗を抜けるすごいことだとずっと思っている。一時期、「失敗したい」とか言ってたのは、それの裏返しというか、ひねた表現。
2010-12-30 01:33:08そう、あれはおれがタイトーでソニックブラストマンを作ったときだった…(回想シーン略) こんなに売れるなら…こんなにお客が喜ぶなら…、ゲーム性などいらぬ!!その時からおれはゲーム性を捨てたのだ!!
2010-12-30 15:09:06@kenji_kaido 良くゲーセンで淀くん達と遊びました。 そーとー好きでしたが、何故?と言われたら確かにキャラクターとか設定とか、デスカネ。
2010-12-30 15:12:51@yosp ありがとうございます!そです。楽しいのは、たぶん感情移入とかコミュニケーションとかですね。社会の潤滑油?あと、面白さが同じなら、できるだけ単純なほうが際立ちますね。
2010-12-30 17:03:02腕を引いて前に出すまでがゲーム性だよ! RT @kenji_kaido そう、あれはおれがタイトーでソニックブラストマンを作ったときだった…(回想シーン略) こんなに売れるなら…こんなにお客が喜ぶなら…、ゲーム性などいらぬ!!その時からおれはゲーム性を捨てたのだ!!
2010-12-30 16:17:42