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歴史学と同化(愛国者氏のtweetへの返答メモ)

愛国者氏のtweetに、持論の「同化」に関連する意見を書いたので、後の参考のために記録として残した。
ホモ東さん @pannacottaso_v2
歴史学は確たる証拠のないものを歴史学という文脈においては事実認定できるということになる。ということは歴史学という学問にそもそも科学性は宿らないだろうし、歴史学者の権威というものを物理学者の理論のようにありがたがるようなものではないという事にはならんかな。
ホモ東さん @pannacottaso_v2
日本が悪いアメリカは解放者という左翼の物語はヤマタノオロチ伝説やヤマトタケルノミコトが蛮族を打ち倒して日本を平定していく話と似てる。 当時の権力者も今の戦後レジーム的なものと同じものを必要としていたのだろうし戦後レジーム大好きな人が古事記や日本書紀はウソまみれって言うから面白い。
広瀬直樹 @fab4wings
@pannacottaso はじめまして。2点レスします。長文なので最初だけ@入れておきます。1.「歴史学」に感して。 ぼくが雑学で知る範囲だと、人文科学と自然科学は、近い分野がすごく長い間議論を続けていた歴史があります。
広瀬直樹 @fab4wings
その結果両者共に良い点は認め取り入れることにより、両者の垣根が低くなって、多くの近隣分野同士で整合性が取れ、連携や融合が進んでます。 批判から逃れず、真正面から受け止めて戦ってる人文科学ほど、自然科学を受け入れ、そのことが逆に自然科学の方向性を部分的にリードしてさえいます。
広瀬直樹 @fab4wings
例)神経科学から派生した心理学が神経科学の仮説構築に逆に影響を与えるような事例
広瀬直樹 @fab4wings
歴史学も、自然科学の影響を取り入れた社会学や心理学からアプローチがありました。 仏などは受け入れて少し変わったようですが、日本は、喧々諤々の上あまり受け入れなかったようで、周囲の学問と整合性が取れなくなってます。
広瀬直樹 @fab4wings
ぼくはこう言う風に認識し、歴史学の検証の仕方を批判してますが、 一部歴史学徒の方から、歴史学でも本来は、検証に厳しい基準があること、イデオロギー色強い人もいること、など、難しい面がある事情を教えてもらったことがあります。
広瀬直樹 @fab4wings
@pannacottaso 2.戦勝国による「同化」に感して。 これは、世界中で太古より普遍的に行われてきたことで、良い悪いの価値観では様々にとらえられるけれど、第一に考慮すべきは必然性があったということではないでしょうか?
広瀬直樹 @fab4wings
歴史学者らは、近代国家成立過程で人々を国民化するために、人為的に洗脳した悪魔の所業であり、この時期に悪しき指導者(代表例ヒットラー)により生み出された。 と、考えてるようですが、これは間違いというか他の知見と整合性が取れません。
広瀬直樹 @fab4wings
ぼくの考えでは、この「同化」の原点は「ダンバー数」(ヒトが自然と維持運営出来る生活集団の限界数)平均150人を超えた集団が誕生したときだとしてます。 その時期は、各地での農耕の普及と共に始まったと考えています。
広瀬直樹 @fab4wings
なぜそう考えるかというと、「ダンバー数」は脳のリソースの限界(自然な状態で集団内の序列や人間関係を把握し円滑にコミュニケーションが出来る脳の情報量の限界)ですから、 本来考え難く受け入れ難い、大人数と生活しないといけない理由が必要となります。
広瀬直樹 @fab4wings
その理由が狩猟採取生活から、農耕生活への転換です。 農耕の普及と共に、ヒト社会は貧富の差が急激に拡大し、争いが激化したことが知られてます。蓄えることが出来たからだと考えられます。
広瀬直樹 @fab4wings
農耕は、集団内格差だけでなく、集団同士の格差を決定的にしました。 各集落に同時に派生あるいは普及するということは考え難いので、豊かで恵まれた集落がある一方で、ひもじい思いをする集落が点在したと推測できます。
広瀬直樹 @fab4wings
狩猟採取生活の場合、狩場、水場、居住適切地などを、守ったり追い出すことが集団同士の生存競争≒「縄張り争い」になる。 農耕の場合は、勝者が敗者を飲み込むことが生存競争になる。生産性も守備も何もかも人員が多い方が有利に働く。
広瀬直樹 @fab4wings
これが、現在まで続く、食料や資源や土地を奪い合う「かつての自然な状態より激しい縄張り争い」(戦争やそれを抑制した外交圧力や経済戦)のスタート地点であり「ダンバー数」を超える必要性の始まりです。
広瀬直樹 @fab4wings
「ダンバー数」を超えた方法ですが、これは「ダンバー数」が脳のリソースの限界から得られる数値であるため、脳の記憶や思考のリソースを節約できる方法でないと成立しません。
広瀬直樹 @fab4wings
ぼくは、これには、ヒトの脳が生得的に有してる特性が関与してると考えています。 ヒトは文明社会以前のずっと昔に社会動物として、集団で協力し合って生き延びる生存戦略を選択しました。
広瀬直樹 @fab4wings
その進化の過程で、技術を教わることもないまま、自然と周囲の発音を集計して行う言語獲得や、周囲で行われてる行動を模倣して生活習慣を身に着ける性質を獲得しました。
広瀬直樹 @fab4wings
その周囲とうまく合わせていく性質が、「ダンバー数超」の鍵だとぼくは考えてます。 リソースをどう節約したかというと、「思考停止」による記憶思考領域の確保です。つまり、価値観やルールを共有しその部分は盲目的に信じることでリソースを節約。
広瀬直樹 @fab4wings
このことで、従来の自然な状態での序列や人間関係を十分把握しうまくやっていくために必要なりソースの内、同じ価値観やルールに沿って生きる者同士という安心感や仲間意識が育まれダンバー数を超えたと推測しています。
広瀬直樹 @fab4wings
この後、集団の拡大に伴い、共通の価値観やルールといった生活様式の共通規格化は大きくなります。 初期のものほど、思い付きやたった一度の事例の一般化がルールとなり、不合理なものや非科学的なもの不衛生なものが多くあります。
広瀬直樹 @fab4wings
徐々に洗練され、テキストの登場で記録性が増し(つまり記憶リソースを補完できた)強大な統一規格と化し、強固な規格ゆえに柔軟性を取り入れ(民主主義など)始め、 近代のものほど、思考停止部分の領域や深さが変化に富み、結果的に教育期間が増大しました。
広瀬直樹 @fab4wings
これこそが、「同化」の正体です。 だから、おっしゃるように日本の皇室の物語りも、戦勝国米の価値観の押し付けも、基本的には同じことです。
広瀬直樹 @fab4wings
素朴な物語から、より巨大なルール体系へ変わり現在は柔軟性が加味されつつあるというような変化あれど、同じ「同化」で、このことに良い悪いはありません。 同化は、生存競争上必須な要素であって批判の対象ではないと考えてます。
広瀬直樹 @fab4wings
どういう点で評価されるべきかという部分に関しては、生物が協力し合うことを「互恵的利他主義」と定義されてますが、 ぼくはこれをヒト社会向けに拡大解釈をした「集団競争時の利他的リソース提供の利己的還元」という言葉に再定義しています。
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