「ストレンジャー・ストレンジャー・ザン・フィクション」 #7
トラッフルホッグはアパート廊下の人気に注意しつつレポートする。「外でヤクザとデッカーがドンパチやってたみたいですね。流れ弾で、へへへ、運のねえ兄ちゃんですぜ。シンジケートとの関係はねえです。たまたまです。ええ、自然科学のいたずらで。依頼でもスパイでもねえです。帰りま……ん?」
2011-01-04 21:02:32トラッフルホッグは眉間にシワを寄せた。「いえ、お待ちを」窓ガラスを開け、集中した。彼はその状態で約二分、クンクンと鼻を鳴らし続けていた。「どうも気のせいじゃねえぞ、これは」
2011-01-04 21:05:02この斥候ニンジャ、トラッフルホッグの自慢は特異なまでのニンジャ嗅覚である。彼がこの場に派遣されたのは、単に近隣で手の空いた他のソウカイ・ニンジャがいなかったからであるが、なんたる巡り合わせか、ここで彼は、彼にしか感知できなかったであろうものを嗅ぎ取っていたのである。
2011-01-04 21:12:50「……いえ、ニンジャソウルですよ。川向こうだ。ええ、ええ、トレースできますよ、ええ、ええ、ハイ、ハイ、ええ……ヨロコンデー!」トラッフルホッグは切電し、窓から下の路地めがけてダイブした。トラッフルホッグはスカウトされたばかりの新人ニンジャだ。初の特殊任務に彼の胸は踊った。
2011-01-04 21:18:26その正方形の部屋には窓もショウジ戸も、フスマも無い。四方の壁には、しかるべき方角にそれぞれ、ドラゴン、ゴリラ、タコ、イーグルの巨大なレリーフが互いに睨みを効かせている。外界から隔絶された特異なゼン・キューブで、一人のニンジャがアグラ・メディテーションを行っていた。
2011-01-04 22:28:29ニンジャは紐のように痩せて小柄であり、その装束は角度によって様々な色彩をとった。彼は目を閉じていたが、眠っているわけではない。目蓋の裏にサイバネ移植された有機液晶モニタを通して、遠隔地の斥候ニンジャと交信しているのだ。
2011-01-04 22:33:17ダイダロスが廃人と成り果てた今、彼のフドウノリウツリ・ジツはソウカイ・シンジケートのネットワークの基幹部分にまで侵食を果たしていた。彼を身咎める者はいなかったし、実際、それだけの権限も信頼もあった。
2011-01-04 22:46:37彼、ウォーロックは、ネオサイタマに潜伏するソウカイ・シックスゲイツのニンジャのリアルタイム所在地を、アンダーニンジャ一人一人に至るまで、つぶさに把握していた。彼のイメージする電子コトダマ空間は寂れきった動物園であり、その案内板は巨大なネオサイタマ交通図だ。
2011-01-04 22:51:26道路地図の表面に張り付き、てんでバラバラに移動する小さなオハジキが、ニンジャたちのシンボル・アイコンだ。トラッフルホッグが感知した地域にシンジケートのニンジャはいない。つまり……そこにいるのは。
2011-01-04 23:21:56ザイバツのスパイ?「イッキ」のエージェント?その可能性もゼロではない。なにしろ「彼」がこの二年弱で随分と派手に暴れたおかげで、多くのベテラン・ニンジャが失われた。ネオサイタマのソウカイヤ秩序は穴だらけにスイスチーズ・インシデントして、外敵の侵入を許しがちだ。そう、「彼」のせいで。
2011-01-04 23:32:22ベテランのニンジャが次々に壮絶な死を遂げるなか、ラオモトはそれでも余裕の姿勢を崩す事はなかった。彼は次々に新たなニンジャを組織に組み入れていったからである。ウォーロックもそのクチであり、ニンジャスレイヤーの出現・殺戮行為と、ウォーロックの出世は強く結びついていた。
2011-01-04 23:38:57ダイダロスのこともそうだ。彼がああなって半年も経とうか?ウォーロックは最大の監視者の脱落の後、ゆっくりと陰謀の糸を巡らせて行ったのである。「実際あなたを他人とは思えないのです、ニンジャスレイヤー=サン……ダークニンジャ=サンと同じにね……」ウォーロックはひとり、ほくそ笑んだ。
2011-01-04 23:44:23「ドーモ、到着しましたぜ」音声から文字へ変換されたトラッフルホッグのIRCノーティスが網膜に映り、ウォーロックを我に返す。「ニンジャソウルの源はこの安アパートの八階の部屋ですぜ。今は私は路地から見上げています、どうしますか」
2011-01-04 23:52:23ウォーロックはなかば確信していた。十中八九、ニンジャスレイヤーのアジトだ!……偶然に偶然が重なりドミノ倒しのように導き出された発見の奇跡、その天文学的な有り難みを、ウォーロックは知り得ない。
2011-01-05 00:07:15ニンジャスレイヤーもまた同様である。これは、神のみぞ知る運命のイタズラであった。きっかけとなったのはニンジャスレイヤーがアガタにしめしたひとかけらの善意である。あのとき彼がダイゴを窓から投げ捨てた事が、巡り巡って最悪の形でインガオホーしたのだ。
2011-01-05 00:10:19情にサスマタを突き刺せば、メイルストロームへ流される。ミヤモト・マサシはニンジャスレイヤーを「それ見たことか」と笑っているだろうか?彼のひとかけらの善意がまねいた結果を?
2011-01-05 00:16:39「ドーモ、カギを壊して部屋に侵入しました。もうニンジャソウルの主は移動した後のようですぜ。まだ十分追えますが、追いますか?しかしなんとまあサップーケイな部屋ですぜ。PCがあるきりだ」トラッフルホッグは淡々と屋探しを開始している。ウォーロックはしばし考え、決めた。
2011-01-05 00:19:58「よくやりましたね、あなたは役に立ちました」「へえ?」トラッフルホッグが聞き返す。ゼン空間の中でウォーロックはひとり笑った。「ホホホホ!貴方のイドをいただきます!イヤーッ!」ウォーロックは自らの意識をトラッフルホッグへ滑り込ませた。フドウノリウツリ・ジツである!「グワーッ!?」
2011-01-05 00:24:48一瞬ののち、ウォーロックはサップーケイなアパートの一室に自らを見出だしていた。トラッフルホッグの小太りの体にコネクトした自らの五感。歪んだ笑みが漏れる。
2011-01-05 00:28:54フドウノリウツリ・ジツの真髄は、その名の通り、意識の乗っ取りだ。これは使用条件が厳しく限定された特殊なジツである。トラッフルホッグは未熟なニンジャであったが故に、ウォーロックの精神侵入を許してしまった。トラッフルホッグの意識はその瞬間に粉々に砕け、既にこの世には存在しておらぬ。
2011-01-05 00:34:45「さてそれでは、はじめさせていただきますよニンジャスレイヤー=サン」ウォーロックはPCの前で正座し、物理ハッキングを開始した……!
2011-01-05 00:39:46