細菌が病原体として認識されるようになった頃

19 世紀半ばから後半にかけての、細菌が病原体として認識されるに至った経緯を @y_tambe さんが解説してくれた。
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片瀬久美子🍀 @kumikokatase

いつごろから細菌が病原体となると認識されるようになったのでしょう?この辺の知識に詳しい方、教えて下さい。m(_ _)m

2011-01-05 18:29:41
Y Tambe @y_tambe

ざっくり流れを説明。@kumikokatase いつごろから細菌が病原体となると認識されるようになったのでしょう?

2011-01-05 18:34:00
片瀬久美子🍀 @kumikokatase

@y_tambe わ~い、待ってました。専門家のご意見。

2011-01-05 18:34:32
Y Tambe @y_tambe

連投します。テキストは「戸田新細菌学」改訂33版。

2011-01-05 18:34:37
Y Tambe @y_tambe

まず「文章どおりの質問」に対する答えですが、「『細菌』が病原体になる」という考えがきちんと提唱されたのは、1840年ごろ。パスツールやヘンレ(=コッホの師匠)の頃です。

2011-01-05 18:39:11
Y Tambe @y_tambe

ただし、この当時、細菌と真菌(カビや酵母)の違いについてはまだ明確ではありませんでした。パスツールは、食品学/醸造学の立場から、腐敗の原因が「環境中の微生物だろう」と考え、それを「白鳥の首フラスコ」の実験で確認しました。「自然発生説の否定」としてよく知られる実験です(ので詳細は略

2011-01-05 18:41:45
Y Tambe @y_tambe

パスツール以前から、環境中の「目に見えない微細な生物」の存在は知られてはいました(レーウェンフックの顕微鏡観察が最初とされる)。ただし、当初これらはあくまで「博物学」の対象…「変な生物」としての興味であり、それが人の生活に関わるとは思われてなかった。パスツールがそれを証明した形。

2011-01-05 18:44:27
Y Tambe @y_tambe

パスツールが「環境中の微生物が、腐敗のような悪さをしている」という概念を打ち立てたことが、ヘンレの弟子であるコッホらに「環境中の微生物が、病気の原因にもなるのではないか」という着想を与えます。そして、コッホがその「証明」に成功したのが1876年。炭疽菌の発見です。

2011-01-05 18:47:30
Y Tambe @y_tambe

ただし、この「証明実験」以前にも、ヒントになるような見解や仮説は存在してました。「『細菌』が病原体である」という以前に、「生きた生物が、病気の原因(=病原体)になる」という仮説は、もっと古くから存在します。

2011-01-05 18:49:39
Y Tambe @y_tambe

ここでちょっと用語の整理。まず「病原体 pathogen」。これは「病気の原因になるもの」の概念であって、必ずしも生物であるとは限りません。ただし、概ね「病原体」とは「感染症における病原体」を指し、その本体は微生物だと言えます。(遺伝子とDNAの概念の違いのようなもの)。

2011-01-05 18:53:12
Y Tambe @y_tambe

ハーネマンらの「マヤズム Miasm」を理解するには、「病原体(=病気の原因になるもの)は何か」についてのミアズマ(miasma) vsコンタギオン論争まで遡る必要がある、と思ってたりします。 @kumikokatase

2011-01-05 18:56:42
Y Tambe @y_tambe

用語の整理。この当時「感染症」と「伝染病」の区別は明瞭ではありません。今日言う「感染症」では、病原体となる微生物が「どこから我々の体に入ってきたか」を問いません。「伝染病」は感染症の中でも、ヒトからヒトにうつるもののみを指します。当時はそもそもこの「伝染」の概念もあやふやだった。

2011-01-05 19:00:42
Y Tambe @y_tambe

本題に戻ります。コッホが如何に優秀だったとは言え、パスツールの発見だけから、病気の原因が微生物である、という着想にたどり着けたわけではないです。前述のように、細菌の前に「何らかの生きた存在が病原体である」という考えがあったから、それを目に見えない環境中の微生物と結びつけられた。

2011-01-05 19:03:34
Y Tambe @y_tambe

この「何らかの生きた存在が病原体である」という概念はコッホの時代よりもかなり古く、最初にきちんと著述されたのは1546年。イタリアのジローラモ・フラカストロの「コンタギオン説」が最初です。

2011-01-05 19:06:44
Y Tambe @y_tambe

ここで、病原体が「何らかの生きた存在」である、と考えられた理由が、伝染病の「伝染」という現象にあります。

2011-01-05 19:08:30
Y Tambe @y_tambe

さらに時代を遡って大昔。「疫病(≒伝染病)」は、他の災害と同様なものと考えられ、悪魔のもたらす災いや、神罰のようなものだと考えられていました。

2011-01-05 19:12:05
Y Tambe @y_tambe

しかし時代が進むと今度は、自然現象の変化との関連に注目されるようになり、日食や彗星、洪水や地震などで「空気が汚された」ことによるものと考えられるようになります。この「汚れた空気」が「瘴気 miasma」と呼ばれました。

2011-01-05 19:13:01
Y Tambe @y_tambe

ミアズマ説は、特に「医学の祖」ヒポクラテス(紀元前4世紀頃)が好んだ考えで、長い間支持されていきます。その名残はインフルエンザ(天体の運行が「影響 influence」)やマラリア(mal aria:イタリア語で「悪い空気」)などの病名にも残ってます。

2011-01-05 19:14:50
Y Tambe @y_tambe

この考えが一変することになるのが、14〜15世紀ごろ。ヨーロッパで、天然痘や発疹チフス、そしてペストなどの「伝染病」が大流行を起こしたことによります。また、16世紀にはコロンブスがアメリカ大陸から持ち帰った梅毒が大流行します。

2011-01-05 19:17:36
Y Tambe @y_tambe

これらの「伝染病の大流行」を目の当たりにして、人々は「伝染(ヒト-ヒト感染)」の存在に気づかされます。つまり疫病は「悪い空気との接触」ではなく「患者との接触」によって感染するのだ、という考えです。

2011-01-05 19:20:19
Y Tambe @y_tambe

特に「一人の患者が、ある村に入って発病すると、村中の人に瞬く間に広まる」という現象を説明するには、単純なミアズマ説では無理がありました。

2011-01-05 19:22:53
Y Tambe @y_tambe

そこで「その、最初の一人が運んできて、そこで爆発的に増えうる」「病原体」として、コンタギオンの存在が提唱されます。これをきちんと著述したのが、前述のフラカストロです。

2011-01-05 19:23:01
Y Tambe @y_tambe

フラカストロのコンタギオン説では、「伝染性生物 contagium vivum/ contagium animatum によって病気が広がる」というだけでなく「接触による伝染」「媒介物を介する伝染」「空中を伝わりうる離れたヒトへの伝染」の3タイプが提唱されてます。

2011-01-05 19:25:27
Y Tambe @y_tambe

フラカストロのコンタギオン説は、今日の疫学から見ても正確な予言であったと言えます。しかし、当時は実験的証明を伴わない、あくまで一つの「仮説」にすぎません。結局、19世紀まではミアズマ説とコンタギオン説は「両方がありうるのだ」と考えられるようになります。

2011-01-05 19:27:39
Y Tambe @y_tambe

コンタギオンは生きた患者から、ミアズマは死物から発生し、いずれもヒトに疫病をもたらすのだ、と。

2011-01-05 19:29:15
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