なんやかやあったが、まだ生きている。
50.正直、気が遠くなった。 さっき殺したウサギとはまるで違う。 いったいどうすれば、まっとうな生き物がこんな有様に成るんだと 生理的嫌悪が喉元までこみ上げてくる。
2015-09-13 23:49:4951.外に出ようと叩きつけ続けたのだろう、長い鼻は骨ごとひしゃげ 頭部の皮は完全にめくれて、砕けた頭蓋が露出して目玉と脳漿がこぼれている。 脳がここまで損傷しても行動し続けるモノを前にして ぼんやりと『まるでカマキリみたいだ』と、ぼんやりと妙な思考に囚われる。
2015-09-13 23:53:3452.カマキリを始め、昆虫の中には 『脳を失っても行動し続ける種』が珍しくない。 生物としての構造が哺乳類とは異なるのだから、それも当然だが メスに首を落とされても、平然と後尾を続けるカマキリの姿を見て覚えたのに近い 曰く言いがたい嫌悪感と恐怖を濃縮した感覚に脳が麻痺する。
2015-09-13 23:55:5353.喉の奥で情けない音がして、尻もちを付きそうになった。 思えばコレほど近くで『変わってしまったモノ』を直視したのは初めてだった。 口の中が胃液の気配で満ちて、目尻に涙が浮かぶ。
2015-09-13 23:58:5754.咄嗟に、腰に下げた鉈の柄に手が触れた。 二重にした軍手越しにでも、鳥肌の立つような柄材の冷たさで 幾らか正気を取り戻し、せり上がってきた吐き気を飲み込む事に成功する。
2015-09-14 00:01:2356.首を刎ねても、血は吹き出さなかった。 まるで泥か何かのように、粘性の強い半固体のモノが二・三度ぴゅっぴゅと 力なく断面から吹き出して。
2015-09-14 00:05:4469.ノロノロと、二重にした軍手とその下のゴム手袋を外して 周囲の全てと、取り落とした鉈、自分の腕にアルコールスプレーを噴霧していく。 予め付けていた雨合羽と溶接メガネも引き毟ってその場に捨てて消毒する。
2015-09-14 00:18:3070.何か、当たり前のことを言おうとして、喉が引きつった。 叫び続け、吐き続けて、喉が焼けた様に痛む。 跪いて、蹲って、胃液を吐きながら 本当に当たり前のことを、誰かに、何かに向けた恨みの様な、言い訳の様な事を 声も出ないのに呟き続けた。
2015-09-14 00:21:3072.いつの段階でそうしたのかはわからないけれど、907号室の扉には小さなホワイトボードがかかっていて 『避難所に行きます』と、女性らしい文字で書きつけてあった。 荷物をかき集めたのだろう、少し荒れた印象の部屋の中にはシールプリントの写真がそこかしこに貼られていた。
2015-09-14 00:26:0473.シールプリントの写真の多くは、同性の友達や一人の男性と一緒に撮られたモノで その時々に思い思いのことばが、筐体のペンツールやデコレーションで書かれている。 目を引くのはそれくらいで めぼしい物も、処分しなければいけないモノも無さそうに見えた。
2015-09-14 00:29:29