黄昏町(柊)六十日目(最終日)

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@hiiragi_r_t_d

今度の変化はすぐに分かった。腰の後ろに伸びていた竜の尾が、跡形もなく消え去っている。 巳穂にもどうやら同じ事が起きたようで、竜尾のない自分の体を不思議そうに眺めていた。 欄干には鈴虫が止まり、名前通りの音色を響かせている。 25 #hollytk

2015-10-05 01:10:33
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川面を流れる紅葉を眺めながら、私は一人呟く。 「やはり、今度は秋ですか」 となれば、次は分かりきっている。 私はジャケットのボタンを外しながら、鳥居をくぐった。瞬間、凍りつくような冷気が流れ込む。私はジャケットを脱いで、浴衣一枚の巳穂にかけてやった。 26 #hollytk

2015-10-05 01:13:16
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巳穂はジャケットの前をかき合わせるとブルリと体を震わせる。 「ありがとうございます……寒い」 雲の切れ目から夕陽が差し込み、うっすらと雪の積もる欄干を照らす。 「早く行こう」 私の鬼の力と、巳穂の鱗が消えている事に気付いたのは鳥居をくぐり終えてからだった。 27 #hollytk

2015-10-05 01:16:25
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五つ目の鳥居を抜けると、突然の大音声が私達を襲う。 「うわ…花火ですよ、貴方様!凄い!」 蛇ではなくなった白髪を風に遊ばせながら、巳穂がはしゃぐ。 「ああ……綺麗だ」 私は左手を見下ろす。長い間私を助けてくれた長い指は、失われていた。 「……ありがとう」 28 #hollytk

2015-10-05 01:19:58
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私はセーラー服の彼女の事を思い出す。彼女もここを通ったのだろうか? 「貴方様?」 じっと手を見つめている私がおかしかったのか、笑いながら巳穂が私の手を取る。 「行きましょう!きっとこれで出られますわ!」 興奮を隠せない巳穂を連れて、六つ目の鳥居を、くぐる。 29 #hollytk

2015-10-05 01:22:33
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ついにあの町を出た私達を出迎えたのは、燃えるような夕焼けだった。 「綺麗な夕焼けですわね」 「ああ、そうだね」 夕焼けというものは。いや、この世の全ては。終わりがあるからこそ真に美しいのかもしれない。 「……さようなら、ユキ」 31 #hollytk

2015-10-05 01:28:35
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私の放った別れの言葉は、風にさらわれて消えていった。寂しがり屋の彼女に、届いただろうか。 巳穂が私の前に回り、私の目をのぞき込む。 「ユキさんはずっと、貴方様のその言葉を待っていたと思いますわよ。寂しがり屋はどちらなのかしら?」 やれやれ、全てお見通しか。 32 #hollytk

2015-10-05 01:31:17
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私は巳穂の背に手を回し、強く抱き締める。 「そうだね。私は寂しがり屋なんだ」 次の言葉を紡ごうとした時、巳穂がビクリと身を震わせる。 「貴方様、これ」 巳穂がジャケットから引っ張り出したのは、少し古びたスマートフォン。ブルブルと振動し、着信を知らせている。 33 #hollytk

2015-10-05 01:34:10
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充電切れだったはずのスマートフォンは、電源ボタンを押すとあっさりと起動した。 「はい、四十住です」 『扇です。六十日ぶりに位置情報が確認できましたのでご連絡致しました』 無機質で平坦な声が僅かに苛立っているように感じられるのは、気のせいではないだろう。 34 #hollytk

2015-10-05 01:37:15
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「ああ、長い間留守にしてすみません。すぐに戻ります」 『いえ、別に今更急ぐ必要はありません。ですがどうしてそのような場所におられるのか、説明して頂いても?』 扇に言われて私は周囲を見回す。 見渡す限り、全てが薙ぎ払われた町が広がっていた。 35 #hollytk

2015-10-05 01:40:09
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建物は一つ残らず押し流され、コンクリートの基礎構造だけがここに町があった事を示している。 ふと後ろを振り返ると、渡ってきたはずの橋は押し流され、橋脚だけが虚しく天を指していた。 「扇、現在位置は」 『……■県■市■町……跡です』 扇の返答に、私は息を呑む。 36 #hollytk

2015-10-05 01:43:12
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十数年前の大震災と、それに伴って起きた大津波。壊滅的な被害を受けた地域の中には再興することなく、高台への移転を決めた自治体も存在する。 「なるほど。……タクシーは呼べますか?」 『残念ながら現在位置は営業範囲外です。道なりに北へ移動してください』 37 #hollytk

2015-10-05 01:46:15
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「だ、そうだ。行こうか、巳穂」 「分かりましたわ」 『誰か御一緒しているのですか?』 初めて巳穂の存在に気付いた扇が興味を示し、カメラを起動するよう促す。 私はカメラ通話に切り替え、巳穂を写してやる。 「恥ずかしいですわ、裾もこんなですし」 38 #hollytk

2015-10-05 01:49:21
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裂けた裾を押さえる巳穂を見ながら、扇が私に問う。 『……彼女はどなたでしょうか。データベースに該当がありませんが』 「彼女は巳穂。私の……こほん。私の、恋人だ」 スピーカーの向こうからテーブルをひっくり返したSEと皿の割れるSEが同時に流れる。 39 #hollytk

2015-10-05 01:52:16
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「そこ、そんなに驚くところですか」 『いや、本当ですか?えーと、巳穂さん?』 「あら、お疑いになられるの?酷いわ」 巳穂がカメラに見せつけるように私の腕を取り、抱き締める。 「私と四十住様は愛し合っていますのよ」 『……信じられない事ですが、信じましょう』 40 #hollytk

2015-10-05 01:55:31
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「そんなに私に恋人が出来たのが不思議なのですか」 『当たり前でしょう?御主人様、二ヶ月前まで仕事か睡眠しかしていなかったのに』「酷い」『事実です。データでお出ししましょうか』 画面に現れた円グラフは、仕事を示す緑の領域と睡眠を示す青の領域で占められていた。 41 #hollytk

2015-10-05 01:58:35
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「うわ、ホントに仕事人間だったのですね貴方様」 「そうだったかな」 二ヶ月も前の話だ。 『これではいけないと思っていたのです。巳穂さん、御主人様をよろしくお願いします』 「あらあら、ご丁寧にどうも。扇さんも一緒に遊びに行きましょう?」 『あ、いえ私は……』 42 #hollytk

2015-10-05 02:01:09
@hiiragi_r_t_d

「ほら、いくぞ巳穂。扇、タクシーの手配をお願いします」 『お任せ下さい。それではごゆっくり』 扇が通話を終了する。スマートフォンの画面が消灯し、私はそれをポケットにしまい込んだ。 「夕陽、沈んでしまいましたわね」 街灯のない道路を、薄い薄い明かりが照らす。 43 #hollytk

2015-10-05 02:04:18
@hiiragi_r_t_d

私と巳穂は、静かに空を見上げた。満天の星空が、風の音だけを響かせていた。 「まずは、一つ目」 「一つ目?」 「巳穂に見せたいもの。他にもいっぱいあるんだ。付き合ってくれるかい?」 「勿論ですわ。それから私のワガママも、聞いて下さる?」 「いいよ。何でも」 44 #hollytk

2015-10-05 02:07:26
@hiiragi_r_t_d

巳穂が私の前に立つ。 「もう一度、キスして下さる?」 「喜んで」 私は巳穂を抱き締めて、唇を寄せる。 「それから、私を絶対に、離さないで」 「勿論だ」 そして私達は、長い長い、キスをした。 満天の星空だけが、それを見ていた。 45 #hollytk

2015-10-05 02:10:20
@hiiragi_r_t_d

──────── 【六十日目】 【脱出】 【力0/探索0】 【異形】なし 46 #hollytk

2015-10-05 02:13:14
@hiiragi_r_t_d

[町]鳥居の向こうに、夜へ続く橋がみえる。だが、目に見えない結界があるようだ。只の怪物には、通れない。《魂5以下で異形なし、もしくは力10以上かつ探索4以上のとき、黄昏町からの脱出成功》 #黄昏町の怪物 shindanmaker.com/541547 #hollytk

2015-10-05 02:13:28