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@izumino 一方で、本当にえげつない、集団いじめとかにあっていて、親も先生も聞く耳をもってなくて、これは大人の俺でも、かなりヤバい。死ぬ死ぬ、みたいな状況の人もいますね。そういう場合は、これはもう「理不尽」な状況と言って差し支えないかと。
2010-03-10 03:01:34![](https://s.togetter.com/static/web/img/placeholder.gif)
@izumino そうですね。「もうやだ、無理という気持ち」≠「理論上できることがない」というのが、まず前提としてある。この時、「もうやだ、無理」という気持ちを汲み取って、そういう気持ちの時にどうしたらいいかを考えることも大切です。
2010-03-10 03:03:25![](https://s.togetter.com/static/web/img/placeholder.gif)
@nk12 ちょっとその例え話に先回りしてしまいますが、実際にできるかできないか、生存可能かそうでないかは、「ああもう、死のう、やだ、生きたくない」という嫌悪感(違和感)とは別の問題なんですよね
2010-03-10 03:03:43![](https://s.togetter.com/static/web/img/placeholder.gif)
@izumino 一方で、ちょっと視点変えるだけで、案外、「無理じゃないかもよ?」と思うことがあるというのも大切にしたほうがいいでしょう。俺の人生でも「もうやだ、生理的に無理」と思い詰めたことは何度かありますが、結果論としてなんとかなって、ここにこうして生きてるわけで。
2010-03-10 03:04:30![](https://s.togetter.com/static/web/img/placeholder.gif)
@nk12 「絶望を前提にすることで、そこからこんな面白いことになるんじゃないか」という話題に対して、「絶望はするけど、結果として絶望しないから、絶望を前提にしなくてもいいのでは」という返しはちょっと先回りしすぎかと(笑)
2010-03-10 03:08:10![](https://s.togetter.com/static/web/img/placeholder.gif)
@izumino ベタベタな話ですが、一人でもう絶対無理だと、思い詰めてたことが、その時々で、誰かが声かけてくれたり、本や漫画に出会ったりしたおかげで、とにもかくにも生き延びてきたりするわけで、結局、人は一人じゃ生きてないなぁと思うわけです。俺はそこが一番大切だと思います。
2010-03-10 03:08:16![](https://s.togetter.com/static/web/img/placeholder.gif)
@izumino 絶望を前提とすることで、このように面白い創作の可能性が拓ける、ということでしたら、無論、反対はありません。ただ、それは、一つの特殊ケースである、という話です。絶望という要素が、どのように発展しうるかという技法論ですね。
2010-03-10 03:10:48![](https://s.togetter.com/static/web/img/placeholder.gif)
@izumino こちらとしてまとめると、生きることが無理だと感じた少年について描く時、無理であるという前提をストーリーの前提として続けるお話もあれば、当人一人で無理と決めつけていることが解決されるストーリーもありうる、くらいの話です。
2010-03-10 03:14:34![](https://s.togetter.com/static/web/img/placeholder.gif)
@izumino 俺が見た限り、Fate/Zeroとか、トップ2とかは、絶望・不条理を前提とするというよりかは、「一人で悩んでても結論でないよね」「ちゃんと話し合ったほうがいいよね」的な話かなぁと思います。
2010-03-10 03:16:02![](https://s.togetter.com/static/web/img/placeholder.gif)
「産業としてのエンターテイメントは、マーケティングの果てにリスクを回避するために~組織としては例外なく楽園の破壊を避けたんです。」ペトロニウスさんの記事この言い回しが凄くよかったなあ。
2010-03-10 03:18:44![](https://s.togetter.com/static/web/img/placeholder.gif)
@nk12 ここらへんわかりにくくて申し訳ないんですが、ここまで色々挙げてきた要素や前提というのは、「理解するための前提」だったり、十分条件ではなく単なる断片でしかなかったりするので、「挙げてきた要素を全て満たす創作物」があるとかは仮定していないのですよ
2010-03-10 03:19:17![](https://s.togetter.com/static/web/img/placeholder.gif)
@nk12 だから別に絶望は描かれなくてもいいし、絶望したキャラがいなくてもいいし、コミュニケーションのどうこうも、作品論的にはあんまり関係ないわけです
2010-03-10 03:21:17![](https://s.togetter.com/static/web/img/placeholder.gif)
@nk12 ああいや、だから、貧困層に勇気を与える映画が「金持ちの貴族が活躍する話」だったり、子供が喜ぶヒーロー映画に、子供が一切登場しなくてもいい、という話です。<描かれるかどうかはあんまり関係ない//少女漫画に「少女のキャラ」が描かれるかどうかはあまり関係ないでしょう?
2010-03-10 03:24:49![](https://s.togetter.com/static/web/img/placeholder.gif)
@izumino まったく知らなかったですよ。俺、エヴァ放送当時は評論にそれほど興味がなかったので、後から追った時に抜けちゃってたんですね。
2010-03-10 04:02:19![](https://s.togetter.com/static/web/img/placeholder.gif)
といっても多分、当時のぼくは人生で一番本屋に通い詰めていた時期にあたっていて、「エヴァの字が少しでもある本には全て目を通す」とかしてたから普通ではなかったような気も。リアルタイムで読み流したエヴァ記事はたぶんデラべっぴんくらいだと言えるくらい(まぁ未成年だったし……)
2010-03-10 04:03:51![](https://s.togetter.com/static/web/img/placeholder.gif)
そうなんだよね、あの散りばめられたたくさんの謎が解き明かされれば、なんらかの全体性を獲得できる=世界の謎が明らかになるような気がしてたんだよねー当時。懐かしい感覚だ。
2010-03-10 04:05:19