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2015年11月28日

「背中の傷は臆病者の証、ってヘンでしょっ」…みなもと太郎「風雲児たち」での問いと、その反響

「向こう傷は勲章だが、背中の傷は恥だ」…江戸時代、これによって政変が起きたりするほどの武士道的価値観であり、森の石松、キン肉マンの完璧超人(笑)、ワンピースのゾロなどにも受け継がれてきました。だが、40年江戸時代を描き続ける大河ドラマ「風雲児たち」最新回で、作者のみなもと太郎はこれに疑念を呈します。「乱戦で背中から攻撃されることだってあるじゃないか。ヘンでしょ」と。 それについての反響や考察です
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月刊コミック乱 @gekkancomicran

【月刊コミック乱一月号・本日発売!】和宮と家茂の婚礼の祝宴が続く中、坂下門事件で背中に傷を負った老中・安藤信正の追い落としが始まる。一方、上洛に向け盛り上がる薩摩には「あの男」の姿が……『風雲児たち〜幕末編〜』必見です!(な) pic.twitter.com/vnxrgJcHz3

2015-11-27 22:59:07
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gryphon(まとめ用RT多) @gryphonjapan

みなもと太郎「風雲児たち」最新回で「背中傷は臆病、というけど乱戦でそうなる事もある筈!ヘンでしょ?」 わっ、自分が「キン肉マン・完璧超人編」の時抱いた疑問だ(笑)!それを真っ向から提示してくれた。 しかし実際、これで歴史が動いた… pic.twitter.com/4SMGeFioix

2015-11-28 00:52:49
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gryphon(まとめ用RT多) @gryphonjapan

この回のこの問題は、武道系アカウントの皆さんに感想を聞きたいで砂。 (あっ、口調が移った) twitter.com/gryphonjapan/s… @baritsu @SagamiNoriaki @h_rokuyou @k_hisane

2015-11-28 00:56:00
gryphon(まとめ用RT多) @gryphonjapan

やっぱり考えても、ケンダマンの抗議(弁明)は真っ当で、理不尽な不当判決だった。 ameblo.jp/yoshiki-0722/e… 今月号のみなもと太郎「風雲児たち」の「背中の傷考察」を読んで、ケンダマンのために涙してくれ。 pic.twitter.com/fv0mlu1Y5A

2015-11-28 01:04:16
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リンク きよの漫画考察日記 『改訂版きよの漫画考察日記155 キン肉マン第18巻 後編』 都合により三分割しております。さて正体を現したヘルミッショネルズによる乱入コンビへの裁判。あの時ケンダマンが背中を見せてしまったのは不可抗力でしょ…ちなみに完…
神無月久音 @k_hisane

@gryphonjapan なんぞご指名頂きましたが、そもそも「背中の傷は臆病傷」っていつ頃から発生したんでしょうか喃。戦だと、戦目付とかもいた訳ですし、どこを斬られたとかより、働きの方が重視されてそうな気も。 @baritsu @SagamiNoriaki @h_rokuyou

2015-11-28 01:05:10
我乱堂 @SagamiNoriaki

@gryphonjapan 「背中の切り傷は卑怯傷」というのは『ケイの凄春』にもでてましたな。その傷のせいで主人公は各地で蔑まれるという…しかしそれは殿様を庇った名誉の傷であったという…当該の風雲児たちは読んでないのでなんともいえませんが、傷が前面にもいっぱいあれば違ってたかも

2015-11-28 01:06:10
我乱堂 @SagamiNoriaki

@k_hisane やはり戦争もなくなった時代の産物じゃないですかねえ…@gryphonjapan @baritsu @h_rokuyou

2015-11-28 01:07:18
神無月久音 @k_hisane

@gryphonjapan 最近、この手の「昔からの常識の様に言われてるけど、実のところ、由来が不明瞭」てな話がネタになることが多いので、当方そこのとこで引っ掛かったり。@baritsu @SagamiNoriaki @h_rokuyou

2015-11-28 01:07:19
gryphon(まとめ用RT多) @gryphonjapan

みなもと氏は今回「戦国時代は案外『槍合わせ』で正面からぶつかるし、軍規を保つためには問答無用の賞罰もいるだろうから、それなりの合理性はあったかもしれない」と推測していました。 @k_hisane @baritsu @SagamiNoriaki @h_rokuyou

2015-11-28 01:07:48
gryphon(まとめ用RT多) @gryphonjapan

あと、氏は「忠臣蔵『松の廊下』でイメージが強化されたのでは」とも。 やや複雑ですけど 赤穂浪士スゲー⇒敵の吉良は卑怯でいてほしい⇒吉良は背中を切られた⇒うん、卑怯者だ… 的な逆算があった? @k_hisane @baritsu @SagamiNoriaki @h_rokuyou

2015-11-28 01:11:46
神無月久音 @k_hisane

@gryphonjapan 戦場働きにおける賞罰の判断基準というか、この場合、罰の基準を示した史料を探ってみるといいかもで砂。そこになかったら、案外、当時は背中傷そのものは問題視されなかった可能性もあるかも。@baritsu @SagamiNoriaki @h_rokuyou

2015-11-28 01:12:53
我乱堂 @SagamiNoriaki

@k_hisane ありそうな話としては、江戸期にできた軍学だのに書かれているという可能性ですね…そういえば聖徳太子流軍法って山崎闇斎も伝承者の一人でしたよね(関係ない)@gryphonjapan @baritsu @h_rokuyou

2015-11-28 01:15:45
gryphon(まとめ用RT多) @gryphonjapan

もうちょっとだけ、みなもと太郎氏の論考を紹介させてください。 浪曲でも、「森の石松は、囲まれて闇討ちされたが背中に傷がない」とわけのわからんことを言っている、と。明治大正になってもイメージは続いたと。 pic.twitter.com/9NoNFNW2Wi

2015-11-28 01:17:06
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神無月久音 @k_hisane

@SagamiNoriaki あー、そういう可能性はあるかもですね。中世以前で、背中の傷そのものが批判されるような記録があれば、話は別ですけど(尤も、実際に臆病を晒した上で受けた傷なら当然ですが @gryphonjapan @baritsu @h_rokuyou

2015-11-28 01:18:50
ちていのき @baritsu

外科へいさぎよく行く向傷 (柳多留) 天保なのでアレですが庶民にも浸透はしてはいますね。逃げ傷、後ろ傷の初出…は無理としても用例を探さないと時代背景からの推測も無理っぽいなぁ @gryphonjapan @SagamiNoriaki @h_rokuyou @k_hisane

2015-11-28 01:19:39
gryphon(まとめ用RT多) @gryphonjapan

余談ですが、「背中のキズ」問題というか「武士道の美学問題」の源流である忠臣蔵に関し、伝説のみなもと太郎「仁義なき忠臣蔵」が復刊ドットコムから出るのだ、と。ほほー。 fukkan.com/fk/CartSearchD… pic.twitter.com/TicCMtcaJQ

2015-11-28 01:19:53
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リンク www.fukkan.com 『冗談新選組 風雲児たち外伝 増補新版(みなもと太郎)』 販売ページ 『冗談新選組 風雲児たち外伝 増補新版』(みなもと太郎)の販売ページです。
ハチマキくろだ@6/6東京ティア く17b @hatimaki_kuroda

冗談新撰組掲載、「仁義なき忠臣蔵」の後ろっから切りつける判官。冗談新撰組は冊子とkindleと持ってるけど、愛蔵版はどうするかなあ。チャカポンくんは同人誌で持ってるけど... pic.twitter.com/yg7J1Ue8M4

2015-11-28 12:12:15
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oshi @oshioshi8823

カバー出来ました!みなもと太郎『冗談新選組 風雲児たち外伝<増補新版>』12月発売。2000円+税。収録作品は『冗談新選組』&『仁義なき忠臣蔵』+短編2本。 三谷幸喜との対談を完全再録。 復刊ドットコム pic.twitter.com/C1QlBqwAmP

2015-11-27 15:19:46
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gryphon(まとめ用RT多) @gryphonjapan

togetter、コメント欄議論用の追加資料 桜田門外の変の後、一時お預かりになった襲撃浪士の一人は悪びれず「後ろから斬った」と語る… pic.twitter.com/UWc6DglEuB

2015-11-29 00:22:33
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gryphon(まとめ用RT多) @gryphonjapan

今度復刊される「仁義なき忠臣蔵」は、自分にとっては「『物語』の中で勝利することが、真の勝利なのではないか?」というテーゼを論じる作品であったのであります。 「歴史とは 語りし者が 勝者なり」の実例…堤清二氏とか、赤穂浪士とか) - d.hatena.ne.jp/gryphon/201409…

2015-11-28 08:25:25
リンク はてなダイアリー 「歴史とは 語りし者が 勝者なり」の実例…堤清二氏とか、赤穂浪士とか(やや再論) - 見えない道場本舗 http://www.youtube.com/watch?v=bvOaY8ytfIY (略)…このたび公開された五味隆典の密着ドキュメンタリー.. 19 users 1
gryphon(まとめ用RT多) @gryphonjapan

近代柔道史の光と影。…そして最後の勝者は”物語”なのか?(ゴン格215号) - d.hatena.ne.jp/gryphon/201004…

2015-11-28 08:52:52
リンク はてなダイアリー 近代柔道史の光と影。…そして最後の勝者は”物語”なのか?(ゴン格215号) - 見えない道場本舗 早いものでもう4月ぶんの格闘技雑誌の発売日が迫ってきた。 逆に言うと、今発売の号がまもなく書店から消..
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コメント

言葉使い @tennteke 2015年11月28日
背中に傷じゃないけど、テレビアニメ「巨人の星」でも誰だか勤王の志士だっけかが、殺されても前に進もうとした姿が立派、というシーンがあったような気がする。>>武田信玄が「三河武士ども、死体はみんなこっちを向いておる。逃げた奴がいない勇敢だのう」と褒め称えるシーン
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言葉使い @tennteke 2015年11月28日
このまとめが「背中の傷」なのは重々承知してますが、みなもと太郎さん、「だけどそりゃヘンでしょうっ」って、先祖たちが「国家安康」「 君臣豊楽」で豊臣家を滅ぼした逸話に触れているのでしょうか?
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亜印屋 @ajirusiya 2015年11月28日
一対一が多いジャンプ漫画なら通じるんじゃないかな
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gryphon(まとめ用RT多) @gryphonjapan 2015年11月28日
tennteke 旧巻(幕末編の前、無印のとき)の2巻か3巻で、がっつりその理不尽さには触れていました。何しろ京都人なので、徳川に遠慮はないです(笑)。むしろやや辛口すぎるぐらい。ただ、「恋のぼんちシート」のパロ形式でして、しかも恐ろしいのは連載当時はそれがリアルタイムのパロディだったりすること(笑)
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gryphon(まとめ用RT多) @gryphonjapan 2015年11月28日
「木曜東S 54b」 なる、読者の年齢層を考えない暗号をコマにこっそり載せてるんじゃねえよジジイ(笑) https://twitter.com/gryphonjapan/status/670388301073768448
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ut_ken @ut_ken 2015年11月28日
tennteke 質問の意図がよくわからないのですけど、国家安康の件は俗説と違い、当時の諱の扱いの価値観ではこじつけとかしなくても非常に家康に失礼な行為ですよ。また、呪詛とまで言ったのは林羅山の個人的見解で、公式の抗議内容ではないですし、あの銘だけで大坂の陣を起こしたわけでもないです。
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ut_ken @ut_ken 2015年11月28日
風雲児たち序盤の関ヶ原から江戸時代初期今読み返すと、徳川悪者、暗黒時代系やその他の俗説てんこ盛りで辛いものがあるなあ
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和田名久司 @sysasico1 2015年11月28日
大事なことなので2回言いました
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イエーガー@狩猟準備中 @Jaeger75 2015年11月28日
ん~、直接戦国時代に関連するものじゃないけど、軍隊的な「敵前逃亡は死刑」みたいな原則で逃げようとして自分の上官に背中を斬られる事例や、もっと拡大して刑罰として「ムチ打ち刑」が一般的な文化圏だと背中の傷は処罰の痕跡として不名誉なものとされる文化的背景が有ったりするかも知れませんね。(可能性の提示だけなので、確たる根拠は有りません)
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和田名久司 @sysasico1 2015年11月28日
ut_ken 学術書でないんでしょうが有りませんね。最近の家康の描写には律儀者属性が強く付与されていますね。まあ、しかみ絵が実はそうでなかったとか定説はひっくり返される物ですし。
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nekosencho @Neko_Sencho 2015年11月28日
ところで逆に、背中を向けてる(逃げてるわけでなく)敵の背中から斬りかかるのは卑怯みたいな話はなかったのかな? 西部の男たちなどはそういうのは卑怯者とされさげすまれたという話は残っているのだけど(もちろん西部の男は斬ったりせずに撃つのですが)
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hiroharu.minami @hiroharu_minami 2015年11月28日
北条氏康が生涯の戦で受けた傷が全て「向こう傷」だったという話もあるけれど、これも後日成立した話の可能性があるのか。
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hiroharu.minami @hiroharu_minami 2015年11月28日
でも、戦国期であれば負け戦で逃げるのは当たり前だし、三方ヶ原でウンコ漏らした神君とかどうするんだよって気はする。
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ふさ千明 @Husachiaki 2015年11月28日
気になっていた件が話題になっていました。『風雲児たち』では以前刀の鍔に透かし云々で戦場経験のない若者が盛り上がるところに老人が「そんな話は聞いた事もない」と冷水ぶっかけるシーンがありました。背中傷もその眷属っぽいですね。
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匿名希・望 @Ntokunaki 2015年11月28日
ここまでロマサガ1のラファエルなし
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ハチマキくろだ @hatimaki_kuroda 2015年11月28日
風雲児たちは初期は「歴史でギャグ」だったのが、だんだん「歴史がギャグ」の様相に。掲載誌の差もあるんだろうけど。
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nekosencho @Neko_Sencho 2015年11月28日
アレだけの年月描いてりゃ、そりゃ作風も変わってきますってw
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seidou_system @seidou_system 2015年11月28日
刃物で切り結ぶんならともかく、組技投げ技アリアリの超人レスリングで背中無傷は無理じゃねえかな。#そこじゃない
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Muji @ togetter憲兵隊 @643Myshelf 2015年11月28日
実際に殺し合いする戦場では、敵を後ろから撃つのは当たり前で、後ろから攻撃できる時に正々堂々とやらで前から攻撃に行って逆にやられたら只のバカ。背中の傷云々は葉隠と同じで平和な時代のイキガリに過ぎんよ。
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PON[鯉]℃℃℃2018 @pon1225 2015年11月28日
…というのはともかくとして(笑)。 ここでちょっとややこしくなってるのは ・「背中の傷」は本当に臆病の烙印なのか?(みなもと先生の考察) ・そもそも由来はどこか?(由来追及) が別問題ってことじゃないかなぁ?と思いました。いやー、シェークスピアまで出てきますか。
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小川靖浩 @olfey0506 2015年11月28日
seidou_system 圧倒的力量差の場合つかんだらすぐKO(≒死亡技)してしまう超人レスリングというスタイルだからつかなかったんじゃないかな! #そこでもない
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カモイ之助 @Douron1211 2015年11月28日
まったくの偶然だろうけど、同雑誌今月号の渡辺電機(株)先生の『新選組いちねんせい』も、背中の傷で局中法度~みたいな内容だったのでシンクロニシティ起こってた。
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取鳥族ジャーヘッド/約二年寝過ごした76レジデント @torijar 2015年11月28日
「ならば堂々と正面から攻撃して背中に傷を付ければ良い、簡単な話だ」(by 悪魔将軍)//実際問題長槍の叩き合いで傷が付きそうなのってしなりを含めて考えると頭部から肩・背中にかけてじゃないかとも思えるし急所の多い顔面を守るべく前のめりになればなるほど背中の矢傷も増えるよなーと。そうした戦闘中の姿勢周りは武術知識のある方に聞きたい内容かも
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ArgentBrand @ArgentBrand 2015年11月28日
傍証になるかわからないけど、「天路歴程」において、基督者の着けた鎧も「背面が覆われてないので、(悪魔アポルオンに)背を向けて逃げることはできなかった(うろ覚え」とあった気がする。
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【暮亭】お茶菓子@壱岐津 礼【あまぶん参加】 @ochagashidouzo 2015年11月28日
猫の喧嘩の話(顔に傷のある猫は強い猫、ケツに傷のある猫は逃げ際にやられてるので弱い猫とか)が、何かの拍子で人間に誤適用されたのでは?
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y2_naranja@🦀ナランハ🍊 @y2_naranja 2015年11月28日
英語では"stab in the back"(背中を刺す=「卑怯な不意打ち」の意)という言葉があります。わかりやすい例では、先日のロシア機撃墜でプーチンは撃墜をトルコの"stab in the back"である、と言っています。
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石部統久 @mototchen 2015年11月28日
実例?です 安藤信正「1862年1月15日に再び水戸藩士達による襲撃事件の「坂下門外の変」が起こり…籠の中にいた時に刺された背中の傷の件等の表向きの理由…島津久光らにより老中を罷免」http://s.webry.info/sp/spottedseal.at.webry.info/200801/article_11.html
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イエーガー@狩猟準備中 @Jaeger75 2015年11月28日
seidou_system まぁ、そういう意味では大仁田厚なんて背中じゅう傷だらけですよねw(傷の原因がおかしいけど)
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石部統久 @mototchen 2015年11月28日
足利尊氏も背中の矢傷が腫れにより死んだそうですし、乱戦では母衣を被らなければならないくらい背後から矢が飛んできたのかもしれません。
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kartis56 @kartis56 2015年11月28日
鎖鎌みたいな武器使えば背中にも当たるのでは
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九銀@半bot @kuginnya 2015年11月28日
堂々前から斬られて死ぬぐらいだったら背中斬られてでも生き延びた方が勝ちだろうよ
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ハチマキくろだ @hatimaki_kuroda 2015年11月28日
Neko_Sencho まさにそういう話が今号の「風雲児たち」に載ってまして、まとめ内に「冗談新撰組」が出てくるのはそのせいだったりします。
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はよ TOKYO 2020-21 @hayohater 2015年11月28日
「逃げずに堂々こちらに向かって前のめりで倒れてる(当然致命傷は正面にある)のがすごい」って称賛だけだったのが、いつしかその反対解釈が行き過ぎた結果なんでしょうね。
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和田名久司 @sysasico1 2015年11月28日
幕末編21巻、それに先立つ桜田門外の変で、井伊直弼の首を取った有村次左衛門が撤退時に追いすがってきた彦根藩士・小河原秀乃丞に背中から切りつけられ後頭部と背中を割られていますね。桜田十八烈士より、この小河原秀乃丞や駕篭を守って奮戦した二刀流の河西忠左衛門の方が格好良く描かれているように感じます。
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morikan @Ref352101 2015年11月28日
現代でもいまだに似た理不尽さはあるよ。事故処理してた警察官に事故当事者がバットを振り回して大暴れ。警官はいったん逃げた。パトカーを奪おうと車内に入った犯人を車内で取り押さえた。これに対し「警察官が逃げるとは何事か!」って総理や国家公安委員長から直々批判された。不意をつかれて不利な体勢ならば一度退却し体勢を整え隙を見て反撃するのは当たり前の話なのにね。結果や目的の達成度よりも、その過程や手段を重視するのは今も昔も同じかなぁ。
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ありよし/コアロン @TnrSoft 2015年11月28日
新撰組は3人1組で維新志士を囲んで切り伏せていたような
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アルビレオ@炙りカルビ @albireo_B 2015年11月28日
hiroharu_minami うんこ漏らしの件は本人が「俺も若いころはこうだった」的に何度か語っていたんじゃないかと想像してます。多くの家臣を死なせて逃げ帰った負い目もあるので、下手に取り繕うよりみっともないエピソードを語った方が家臣から支持を得られやすいという計算もあったかも
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neologcutter @neologcuter 2015年11月28日
「武者は犬ともいへ、畜生ともいへ、勝つことが本にて候」(朝倉宗滴)だったと思うのだが。
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gryphon(まとめ用RT多) @gryphonjapan 2015年11月29日
1日でレスしたいことが溜まりまくりだな(笑) hiroharu_minami albireo_B 実は以前、「その話って何が原典なの?」を論じたまとめがあります。まとめ管理人 @1059kanri さんの記事http://iiwarui.blog90.fc2.com/blog-entry-8378.htmlを基にした、これ。http://togetter.com/li/653638
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gryphon(まとめ用RT多) @gryphonjapan 2015年11月29日
sysasico1 なぜかtogetterとか歴史まとめには「二刀流」話が多い!!http://togetter.com/t/%E4%BA%8C%E5%88%80%E6%B5%81  その、井伊襲撃で孤軍奮闘した二刀流の使い手の画像はこちら https://twitter.com/gryphonjapan/status/572933033327640576
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gryphon(まとめ用RT多) @gryphonjapan 2015年11月29日
Neko_Sencho 今回の風雲児たちでは「松の廊下は、一撃が背中からだった説」の紹介と、「桜田門外の襲撃側で、背中から切りつけるのを専門にやっていた浪士がいて、この人は悪びれずにその話をしていた。背中から襲うのは卑怯、と思われてなかったのかな?」という話をしていました。先生にはいい加減悪いが、そこも押して紹介させていただくか…(続く)
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gryphon(まとめ用RT多) @gryphonjapan 2015年11月29日
ところで、1万Viewを超える閲覧をいただいたのは予想外だが、そもそも基の「風雲児たち(みなもと太郎)」を読んでる、知ってる人ってどのくらいいるのかね?正直、超有名作品ではなかろうとは自覚してるので、この波に乗って、かつての紹介記事を紹介しよう(続く)
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gryphon(まとめ用RT多) @gryphonjapan 2015年11月29日
万延元年のジャッカルたち http://d.hatena.ne.jp/gryphon/20120105/p2 万延元年の「テロルの決算」http://d.hatena.ne.jp/gryphon/20121128/p1 /江戸の<実戦>が生んだ悲喜劇。http://d.hatena.ne.jp/gryphon/20121212/p2 /安政の大獄は冤罪だ!と声を上げた木村敬蔵 http://d.hatena.ne.jp/gryphon/20100804/p2
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gryphon(まとめ用RT多) @gryphonjapan 2015年11月29日
パンは『優秀な軍事兵器』?江川英龍 http://d.hatena.ne.jp/gryphon/20150728/p2 /ハリスと黄金とをめぐる謎」 http://d.hatena.ne.jp/gryphon/20070628#p6 /対外評価失墜と「金」騒動、そしてハリスの”堕落”…  http://d.hatena.ne.jp/gryphon/20131129/p2 /「風雲児たち」紹介文を再録 http://d.hatena.ne.jp/gryphon/20081028#p2
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未知神明(みちがみ・あきら) @ontheroadx 2015年11月29日
ヤクザ映画では悪者はいい人(だけど脇役)を背中から殺し、その悪者は命乞いをするフリをしながら卑怯なことをして主人公に背中から斬られることになりますが、これは映画の演出上斬られた顔のアップ→うつ伏せに倒れた悪者、という図が美しいからです。
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gryphon(まとめ用RT多) @gryphonjapan 2015年11月29日
本題に戻るけど、戦場で「督戦」をするというのはやっぱり難しい、だけど重要だということがあるんだろうね。だから四捨五入というかざっくり、いいかげんは承知で、大前提のルールは必要だったのかもしれない。逃げた人が背中に傷、というのも確かにあるので。(続く)
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3mのちくわ(20禁) @tikuwa_zero 2015年11月29日
別におかしかないでしょ。「逃げ傷と思われたら恥だから、背中に傷をつけるな」というのを訓戒にしている人たちがいるよっつーそれだけの話で。しかも、殆どがフィクションの中の話だし。それはそれとして、ネプチューンマンのそれは、完璧超人始祖のアビスマンを背中から撃ってるという二重の意味で面白い。
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gryphon(まとめ用RT多) @gryphonjapan 2015年11月29日
若くして死んだ家康の息子・信康(信長に切腹を命じられた若武者)の「武勇」を聞いたことあるけど、実際に刀を振り回したとかじゃなくて、矢弾飛び交う最前線に騎馬でやってきて、部下の働き振りを実際にその目で見ると。そして「卑怯者は、我が目を逃れられまいぞ」と声を張り上げ一喝する。それが、実際に刀や槍を振るうより勇猛果敢な、大将のあるべき武勇として語り継がれた、といいます…。そういうふうに見てれば、「こいつの背中の傷は流れ矢のせいよ、奮闘は見ていたぞ」と救済できるしね。
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PPOR @Psyp 2015年11月29日
貫通すれば背中にも傷つきますよね? #だからそうじゃない
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佐渡災炎 @sadscient 2015年11月29日
tennteke 坂本竜馬が「死ぬときは例えドブの中でも前のめりに死にたい」と言ったとされる故事を引いて、それを座右の銘とするシーンがある。が、もちろん竜馬はそんなこと言ってない。
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言葉使い @tennteke 2015年11月29日
sadscient あぁ、坂本龍馬でしたか。他にそんなこと言っている人を見たことないので、違うよなぁと思って今した…。
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BIRD @BIRD_448 2015年11月29日
ut_ken 「風雲児たち」は連載中で事実が変るから。作者も直江兼続の"愛"の前立についても知らなかったから調べた言ってたしなあ…
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ut_ken @ut_ken 2015年11月29日
gryphonjapan >若くして死んだ家康の息子・信康(信長に切腹を命じられた若武者)  本題と全くずれますけど「信長に切腹を命じられた」というのもほぼ否定済みです。おそらく徳川内の内紛が主因で信長は確認を求められただけ(信康のウィキペディア記事などをどうぞ)
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gryphon(まとめ用RT多) @gryphonjapan 2015年11月29日
ut_ken また家康ストーリーの、一般に膾炙したお話が否定されたん?ぎゃふんだなあ。
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ut_ken @ut_ken 2015年11月29日
TnrSoft それは「新選組がしていたのは主に捕り物」だからです。新選組の主任務は警察・公安で、相手を”逮捕”することが主な活動なので、他の奉行所などの捕り物同様に少数の犯罪者に対して多数でかかるのはあたりまえですし、相手を殺したことも実はあまりない。隊内の粛清や内紛で殺した人数の方が多いとネタにされる結果にもなったのはそういうこと。
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gryphon(まとめ用RT多) @gryphonjapan 2015年11月29日
ut_ken 関ケ原であろうと大砲の弾は爆発させる(当時、榴弾はないのに)!とか、敢えて史実を無視してるところもあるんですよね。ことし「風雲児たち」解説書が同じ版元から出てそれはそれで面白かったんだけど、逆にそういうところを掘り下げたり史実、最新研究と対比させたような、第三者的ムックが読みたかったな。というかネット上でいいからそういうの作りたい!と思っちゃった。
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トザン @miyakozan 2015年11月29日
似た話で、三河武士の強さを讃える話でうつ伏せに倒れた者の頭は敵の方向を、あおむけに倒れた者の頭は味方の方向を向いていたってのもありますよね。どちらも敵に立ち向かって死んだ証だっていうの。
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オブジェクト@図書館はいいぞ @oixi_soredeiino 2015年11月29日
対立する相手を貶めるためなら、比喩だろうがなんだろうが持ち出すのは昔からか……
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こぎつね @KogituneJPN 2015年11月29日
この話が本当なら鎧カブトに後半分が要らないという話になってしまうのですが、実際の戦では背中に味方の矢があたったりするんで後もちゃんとガードされてるんですな
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Hiroshi Kasai @heron64 2015年11月29日
「風雲児たち」、何巻まで買ってたっけなあ。
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佐渡災炎 @sadscient 2015年11月30日
tennteke 「竜馬がゆく」(司馬遼太郎)のセリフをもとに梶原一騎が創作したという説が有力。
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Kawai_Yusuke @fiddler_K 2015年12月1日
江戸中期頃には言われてるんだな。マクベスの話も面白い
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gryphon(まとめ用RT多) @gryphonjapan 2015年12月1日
sadscient tennteke sadscient ああ、その話、以前「漫棚通信」というブログで検証してました。 http://mandanatsusin.cocolog-nifty.com/blog/2007/03/post_4607.html (ここから全三回)
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gryphon(まとめ用RT多) @gryphonjapan 2016年5月7日
古いまとめに情報追加。「小田原記」という文書に、北条氏康をたたえて「一生の御勝利三十六度、ついに一度も総角を見せ給わず。」とあるそうです。総角(あげまき)とは大鎧の背中についている房のことで、要はこれも「敵に背中を見せない」の意味ですな。(以上、司馬遼太郎「覇王の家」文庫258Pより)。 まあ「背中を見せない」が勇敢さの比喩として使われるのはある種普遍的で、そこから遡って、このまとめの趣旨である「背中に傷があるのは卑怯者」になる本末転倒ぶりとは、やや趣旨が異なるのですが…
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ひろ@猫もふ欠乏症 @hiro_h 2016年5月7日
江戸時代に乱戦があまりなさそうに思えるのだけど、そういうのって関係あるんかなあ? 時代が下ると、弾は前方からとは限らん、って話もあるよね…
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はよ TOKYO 2020-21 @hayohater 2016年6月4日
確固たるスタンダードがあるわけでもなく、「気に入らない」相手だとこういう適用のされ方になっちゃうんでしょうね…「風雲児たち」ベースだと老中安藤はほんと気の毒。井伊どころかその前の阿部や堀田の尻ぬぐいをさせられてるだけなのに悪評になるという感じ。
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秋ゑびす●都立庭園は再開してます♪ (入場制限で予約が要る) @yamashita99 2016年6月4日
遅参ですが。この件に関しては『風雲児たち』の『東禅寺、攘夷浪士襲撃の段』でのオールコックの反応『正門に20人なんて、陽動作戦に決まってる! 裏門に50人が常識だ!』という指摘を、日本の役人が理解できなかったことにも通じると思います。  当時の日本人は、乱戦であっても後ろから襲うのは有り得ない、という様式美を信じていたのかも知れません。
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gryphon(まとめ用RT多) @gryphonjapan 2016年6月23日
【あとから余談メモ】古代・中世戦争では、騎馬の扱いが得意な遊牧民族は、敵が突撃するといったん馬で退却し、そして突然後ろを振り向いて馬上から弓を放つ。これは騎馬技術が高くないとできないから真似できず、実に脅威だったそうで…漫画では「アド・アストラ」「乙女戦争」に描写あります。そして今でもローマを苦しめた伝承から「パルティア人の一撃」という慣用句(突然、痛烈なDisをされる、みたいな感じか?)が英語にあるそうで。
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