宗三左文字による 口から出まかせ南北朝の刀講座

大雑把な流れそのものは嘘ではありませんが、調べてもいませんので実際のところはご想像と貴方様の調査能力でご確認ください。
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宗三左文字【極】 @souza_smnj

とはいえ、せっかくの機会ですから 南北朝時代に生まれた左文字の僕がどれだけ特別か、ということだけでもふんわりと解説しておきます。

2015-12-23 21:44:17
宗三左文字【極】 @souza_smnj

まず先にお伝えしておかねばならないのは、ライト兄弟の時代のそれと現代のジェット機が同じ飛行機でありながらまったく同一視はされていないように、刀というのも技術や流行、需要などのために時代によってまったく変わる、ということです。

2015-12-23 21:47:37
宗三左文字【極】 @souza_smnj

まず刀というのは、第一には武器です。つまり運用や想定される使われ方があるということです。ということは当時の流行、とくに戦術的なそれで大きく変わってきます。打刀と薙刀が同じようには戦えないことと同じですね。

2015-12-23 21:50:56
宗三左文字【極】 @souza_smnj

それを踏まえて、いわゆる日本刀が現在の形 つまり緩い反りと峰を持つかたちになったのは平将門の時代と言われておりますが、この頃の戦はというと細かいところは置いてとくとして、おおむねは勝手を知った相手です。どちらも日ノ本のだいたい京都あたりを中心にあれこれしあっていましたから。

2015-12-23 21:57:13
宗三左文字【極】 @souza_smnj

まず相手の装備や戦術を鑑みた上で、その勝手に応じられる形が平安、鎌倉初期のそれです。 ですが皆様も歴史の授業で聞き流しであろうとおり、それだけの「似通った相手ではないもの」を大々的に相手にした時代があります。 元寇です。

2015-12-23 22:00:27
宗三左文字【極】 @souza_smnj

おそらくこの元寇がなければ、僕が南北朝時代の生まれだからといって特別ということにはならなかったでしょう。 というのは、日本刀というのはこの元寇において初めて「外敵」と戦ったからです。 外敵とはどういうことか、 勝手も用途もまったく違う装備、主に防具です。

2015-12-23 22:03:11
宗三左文字【極】 @souza_smnj

今までと違う武装をした敵と相対する、そのための方策のひとつとして武具の進化、というところは想像には易いと思います。 今までの武具が通用しない敵にも通用する武具を作る、それが鎌倉後期 現在の主流となる多くの刀派が花開きだしたのがこの時代です。

2015-12-23 22:07:30
宗三左文字【極】 @souza_smnj

鎌倉の執権 北条が滅び時代は南北朝の時代に移ります。 また敵は勝手知ったる日ノ本の者同士に戻りますが、進化した技術が先祖返りを起こすことはありません。 むしろ異国様の戦術や武装の概念でもって更に悪化するわけですね。 しかも、互いが互いの手の内を知っているなかで。

2015-12-23 22:12:21
宗三左文字【極】 @souza_smnj

どういうことが起きるか、といいますと、矛盾の故事そのまんまの事態が起きます。 どんな刀でも斬れない甲冑を作り、その甲冑を斬るために武器を作り、その武器でも破れない甲冑を作り、その甲冑を破るための武具を作る、 互いが互いに研鑽を重ねていきますが、ある時鍛冶は気がつくわけです。

2015-12-23 22:18:56
宗三左文字【極】 @souza_smnj

「なんかもう研鑽とか小細工とか置いといて、騎馬ごと問答無用でぶった斬るようなデカくてスゴいの作ろうぜ」 世にいう絶対殺すマン、南北朝仕様の刀の誕生です。

2015-12-23 22:22:08
宗三左文字【極】 @souza_smnj

この左文字をはじめとした南北朝期の刀、ほとんどにいえる共通点としまして、兎に角分厚くデカい、というものがあります。 重く分厚くあればまずその重みと衝撃力で大抵のものは叩き斬れます。 むしろその為の分厚さと大きさです。 本科山姥切などはその名作と言われています。

2015-12-23 22:27:27
宗三左文字【極】 @souza_smnj

技術自体は進歩しているにもかかわらず、根本の発想が脳筋の方向へと全力疾走したのです。 刀といえば軽く取り回しがきき、斬られた自覚すら受けないほどの精緻な斬れ味、という印象があると思いますが そこから軽さと取り回しという根本を明後日の方向に砲丸投げしたのがこの時代の刀です。

2015-12-23 22:32:48
宗三左文字【極】 @souza_smnj

また、そのように謎の進化を遂げた刀ですが、後の戦国時代になると鉄砲の伝来や騎馬よりも歩兵などの流行の変化もあり武器としては本来の軽さや取り回しの方向へと回帰していくわけですが、その結果魔王の時代ともなると南北朝の仕様では時代遅れとなってきます。 そりゃあ僕も磨り上げられます。

2015-12-23 22:39:36
宗三左文字【極】 @souza_smnj

という形で、南北朝時代に突如発生したデカくて分厚い絶対殺すマンな刀という流行はあっという間に途絶え、しかし高い威力はそのままに使い勝手を上げるため、この頃からは特に磨り上げてカスタマイズ というのが流行するのです。 武器なのですから使い勝手の良さが求められるのは当然ですね。

2015-12-23 22:45:14
宗三左文字【極】 @souza_smnj

そういった経緯を持つのが南北朝の刀ですので、もう抜いただけでも「あっこれ死ぬ♡」くらいの威圧感があっても何もおかしくはないのですが、その中でも僕達左文字となると、さらに別の特徴がついてきます。

2015-12-23 22:53:35
宗三左文字【極】 @souza_smnj

まずひとつとして、左文字という刀が生まれた筑前という土地です。 先程は鎌倉時代の元寇にも触れましたが、元寇相手の主な戦場になった場所もおおむねこの近隣です。皆様もよく出陣するだろう博多湾などですね。

2015-12-23 23:06:33
宗三左文字【極】 @souza_smnj

この北九州の土地というのは、古くから異国からの侵略に備える土地としての側面が強く、防人の歌などと当時の徴兵のような立場に身を置いた者の歌が遺されるなど 日ノ本の国防の最前線にありました。後の時代には尖兵ともなりましたが。どちらにしても異国と戦う最前線ですね。

2015-12-23 23:10:39
宗三左文字【極】 @souza_smnj

都からも遠く、ましてや武力の最前線において装飾性や美しさというのはあまり価値はありません。 左文字の「お父様」のお父様、実阿様や西蓮様の時代ともなるとそれは顕著で、当時の作風といえば無骨で野趣のある、どちらかといえば殺傷力に秀でた同田貫のような志向であったとされています。

2015-12-23 23:14:21
宗三左文字【極】 @souza_smnj

そこに「左文字」の代で突如変化が訪れました。 それまでの無骨な作風から、突然当時の都知事風(とはいえ京風ではなく東国の相模鎌倉風)の華やかな作風の刀を打ちはじめました。 勿論、それまでの筑前らしい武器としての性能はそのままに。 筑前の攻撃性に、最先端の華やかさがついたのです。

2015-12-23 23:17:38

× 都知事風
○ 都風

すまほの予測変換がここ数ヶ月酷い(・´з`・)

宗三左文字【極】 @souza_smnj

おわかりになりますでしょうか。 南北朝時代の突然変異めいた獰猛さ筑前風のしての武器としての矜持、そこに相州伝といわれる華やかさ全てを併せ持った完璧超人がごとき「左文字の刀」が出来上がったのです。 全てを持ち合わせた完璧超人きわまる刀なんて、武家という武家が皆欲しがります。

2015-12-23 23:22:22
宗三左文字【極】 @souza_smnj

突如として刀工の世界に現れた刀に皆が飛び付き、フルオーダーメイドのセレブな名刀として名は広まり、打たれた刀の中にはお代が(事後の価値ではなく作刀の代金として)現代価格で◯億円にもなるモノがあるとかないとか、そこまでの価値を持ったパーフェクト日本刀だったのが左文字の刀、なのです。

2015-12-23 23:28:02
宗三左文字【極】 @souza_smnj

あと、この一連のつぶやきは全て僕の口から出まかせです。

2015-12-23 23:29:00