その概念を獲得するに至る過程、その過程の開始点となるもの、に興味があります。 RT @shuyo: @niam うーんそれでいうなら、公理とか常識とかに限った話ではなく、ほとんど全ての概念が対象ですよね。
2011-01-23 12:03:04さらに、概念を理解するプロセスを繰り返すことによって「常識の範囲」がどう肥大していくかについても興味があります。 RT @shuyo: @niam うーんそれでいうなら、公理とか常識とかに限った話ではなく、ほとんど全ての概念が対象ですよね。
2011-01-23 12:04:18@_akisato なるほど、その意味では数学にも公理とはもちろん全く独立して「常識」がありますので、なおさら公理と常識を対比させることには意味がないと思います。
2011-01-23 12:09:11どうでもいいが, @shuyo さんのツイートにあった「平行線常識」という言葉を見て,爆笑した.平行線常識で議論すると,どこまで行っても議論が平行線になりそうな予感…(笑)
2011-01-23 12:11:08@_akisato @shuyo 漠然とした回答しかできませんが,「(一人の人間が)概念を獲得するに至る過程」を理解するのは認知科学の領域の話で,「(人間社会において)「常識の範囲」がどう肥大していくか」は社会科学の領域の話だと思います.何れも数学の公理と比較するのは?です.
2011-01-23 12:18:09@niam @shuyo ありがとうございました。有意義な議論ができそうにないとのことですので、そろそろ終わりにしましょう。ただ、私にとっては極めて重要な意味を持ちました。Semantic gapを克服するという課題が、昨日の馬場口先生がおっしゃっていた以上に無理難題だとわかって
2011-01-23 12:25:13@_akisato @shuyo さんの「数学にも公理とは全く独立して常識があるので,比較することには(数学的な)意義を感じない」というのには同意です.この本を思い出しました.常識というか効率的な計算の定石が書かれています>数値計算の常識 http://ow.ly/3Ix8E
2011-01-23 12:26:45.@shuyo @niam 数学・公理でずいぶん本質からずれてしまった気がしてしまい、申し訳なく思っています。最初の「ある事象を公理を認めることは信仰とも言える。その考え方に基づけば、自己矛盾しない公理系は宗教。では、数学は宗教なのか?」は反語的な意味で使っていました。
2011-01-23 12:28:33人間的に問題あるひとが機械学習や人工知能の研究にいそしむと、人間的に正しいものが作れるのでしょうか。逆に人間的に素晴らしいひとから、悪意のある人工知能とかが生まれてしまったりしないのでしょうか。
2011-01-23 12:29:09@_akisato @shuyo そのような「あるロジックを信じる人の集団」に関する社会科学的な研究は,あるロジックが社会において優勢か劣勢かを判断することなどには役立つ一方,ロジックの真偽自体については何も言えないとも思います.
2011-01-23 12:34:38@_akisato @shuyo 「公理を認めることは信仰」,「数学は宗教」という表現は,良い釣りだと思います(笑)ただ,あるロジックを信じる人の集団がどのように社会に分布しどのようなダイナミクスを持っているかを研究することは,数学とは独立して社会科学の重要な課題だと思います.
2011-01-23 12:32:22@shuyo 数学を否定したり、数学的公理を疑うべき、という主張するつもりは全くなかったのです。まだまだ修行が必要です。
2011-01-23 12:34:41@niam @shuyo ご指摘ありがとうございます。Semantic gap克服に向け、社会科学がご専門の方と議論してみたいと思います。
2011-01-23 12:38:11@_akisato @shuyo 「ある事象の公理を認めることは信仰」については,そういう表現も可能だとは思いますが,「自己矛盾しない公理系は宗教」は?です.自己矛盾している宗教は多くあり,むしろ自己矛盾していても多くの人間に信仰されることが宗教の特徴なので.
2011-01-23 12:38:16@_akisato 僕は,Semantic gapについてよく知りません.今までの議論がどうしてSemantic gapとつながるのかよく分かりませんし,_akisato さんが,どのような現象をSemantic gapと呼んでいらっしゃるのかも分かりません.
2011-01-23 12:40:12.@niam 公理・ロジック・常識の違いは、同一事象の理解の違いにつながります。例えば画像観測の場合を考えると、画像からどんな情報を得るかは、観測者のロジック・常識・知識・感情等に影響されます。この例を含め、事象と言語の関係を記述する上での困難をsemantic gapと呼びます
2011-01-23 12:49:01@_akisato すいません、議論や疑問自体の意義を否定したつもりではなく、_akisato さんのいうところの「常識」を公理と対比するのは _akisato さんの議論や疑問の解決に役に立たないのでは、ということが言いたかっただけです。
2011-01-23 12:53:48@_akisato むしろ「数学的公理を疑うべき」というのが論点ならはっきりしていて受け入れられやすいかとw 一部のヤバい公理にはあんまりお近づきになりたくないですwww
2011-01-23 12:55:48@shuyo @_akisato そうかも知れませんw 僕が知っているのは,選択公理による,バナッハ・タルスキーのパラドックスぐらいですが. http://ow.ly/3Ixt0
2011-01-23 13:02:08@shuyo やっぱり,同じものにたどり着きましたねーwww 僕が唯一知っているのがそれですww バナッハ・タルスキーのパラドックスと呼ぶことは今知りましたがww
2011-01-23 13:03:54