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「分析は的確でも、解決できないのが石田三成の限界」~さきさんの「関ヶ原」談義/(おまけ-ドラマ「関ヶ原」再放送など

決して大大名ではなかったにもかかわらず、五大老筆頭の徳川家康と、関ヶ原で五分五分の決戦をするまでに持ち込んだ石田三成。しかし、その戦ぶりを見ると、やはり彼の限界が見えるのではないか? そんなテーマでの、「さき」@saki_Historic さんの連続ツイートから生まれた議論です。/で偶然、ドラマがあったり「まとめ管理人」さんの逸話が話題になってたので、おまけで盛り込みました(笑)
歴史 関ヶ原 さき 軍事史 ドラマ 時代劇 石田三成 近世史 まとめ管理人 戦国時代 徳川家康
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さき@滋賀県の城 @saki_Historic

史跡探索報告と歴史的事象の考察を垂れ流しつつ戦国無双の話をするアカウント(※ツイートはすべて独自見解です)

https://t.co/BhJo82zB99
さき@滋賀県の城 @saki_Historic
関ヶ原の戦い本戦の3日前に石田三成は増田長盛に宛てた書簡(未達)で「西軍は全体的にまとまりがない」「南宮山の諸将はやる気がない」「松尾山を押さえなきゃヤバイ」「小早川秀秋が裏切りそう」と述べていて、状況分析は的確なのに問題解決に至らないのが三成の限界だったと思いました。
さき@滋賀県の城 @saki_Historic
てか、「東軍が何かを待っている」とまで述べておきながら毛利輝元の出陣取りやめに対しては「家康が来ないから不要だけどな」と厭味を言う程度に留めているあたり、三成は徳川家康が西上していることに気付いていなかった節があるよね。
けんちゃん500石 @1DFxoRplAYoQoQH
@saki_Historic @rekishizatsudan しかもその書状は家康の手にわたり、増田長盛は東軍に内通するなど西軍はまとまりが なかったてすね。 でも家康相手に天下分け目の戦いができるのは 三成しかいない。
さき@滋賀県の城 @saki_Historic
関ヶ原本戦の2ヶ月くらい前からの石田三成の言動を辿ると強気に強気を重ねていたところから岐阜城の早期陥落と毛利輝元が出陣を取りやめたあたりから局地戦の敗戦にいちいち狼狽しまくって周囲の話を聞かなくなって徐々に弱気になっていく様がわかりやすくてだな。
さき@滋賀県の城 @saki_Historic
西軍内部では「東軍の人質を何人かぬっ殺せ」という意見が出ていて三成も書簡の中で触れているけど、本当にぬっ殺したらそれはそれで狼狽する三成が想像できるというか実際に狼狽しただろう。
さき@滋賀県の城 @saki_Historic
徳川家康は小山評定の後すぐに西進したように思われますが、評定から岐阜城陥落までの2ヶ月間ずっと江戸にいます。岐阜城攻めを東軍諸将の意思確認と戦局の判断材料にした印象。そして、毛利輝元は西軍諸将の消極さを見て出陣を取りやめた。家康と輝元、実は同じ基準で同じ判断を下したともいえそう。
Koichiro Sukegawa @Teika27
三成の限界、ではなく、「有能な官吏」がトップに立たざるを得なかった悲劇。三成のブリーフィングを参考に秀吉とかが意思決定をしていたわけで。 twitter.com/saki_Historic/…
大江昇 @TKDOMO
@Teika27 島左近とか大谷吉継がもったいないとも思いますが、彼らが三成に加勢した気持ちも尊いですよね。
Koichiro Sukegawa @Teika27
@TKDOMO 官僚型だったにもかかわらず、島左近のような「現場たたき上げ型」の家臣の心をしっかり掌握、大谷刑部のような盟友もいた。三成は「官僚タイプ」であったにしても、官僚によくいる「国益よりも自分の目先の序列にこだわる人間」とは全然違っていたのだと思います。
さき@滋賀県の城 @saki_Historic
今朝の「三成の限界」ツイートに対して三成個人の限界というよりも三成のような官吏がトップに立つ状況が悪かったというご指摘を複数からいただきました。それであれば尚更、それが三成の限界と考えます。関ヶ原の戦いは豊臣政権として三成を立てて徳川家康を討伐しようとしたわけではありませんので。
さき@滋賀県の城 @saki_Historic
東軍も西軍も寄せ集めの軍であることは同じですが、東軍が会津征伐軍をベースに徳川家康をトップにして諸将が従う形を保っていたことに対して、西軍は実務者である石田三成が実質トップにありながら現場で右往左往していた感があるのです。
さき@滋賀県の城 @saki_Historic
実は毛利輝元は的確に状況分析した上で「積極的に」「消極的な行動」を選んだように思えてきた。もちろん、それまでに色々やっちまってる後でしたので戦後にボロボロ出てきていますが。
松蔭庵 @emgp7i257ypq
@saki_Historic そして責任は吉川広家へ...。
ザンス%ぜにす @xanth_zenith
最初のリツイで「そこまでわかってたんなら……っ、ああでも三成の地位とか立場とかもあるしなあ」と思ったけど続くツイで「あー」とか「やっぱ戦に立つ将ではなく、組織のトップに立つ大将ではない、官吏系の人物なんかなあ」としみじみ思った
さき@滋賀県の城 @saki_Historic
本日たくさんの方からフォローしていただいたので一言。当アカウントは歴史考察および史跡探索をする一般人の個人アカです。専門家ではありませんので言及を鵜呑みにするなよ!いいか、鵜呑みにするなよ?これはフリじゃないぞ?本当に!真剣に!真面目に!鵜呑みにするなよ!!!(先制防衛)
さき@滋賀県の城 @saki_Historic
浅井長政と石田三成の共通点は、大大名同士の政治駆け引きの空気を読まずに一番ややこしくなる絶妙のタイミングで挙兵して日本全土を戦乱に巻き込んだところ。
けんちゃん500石 @1DFxoRplAYoQoQH
@saki_Historic 家康は豊臣恩顧の大名を信用せず、本当に自分に忠誠を誓うか試していましたね!家康の慎重な性格が表れていると思います。
さき@滋賀県の城 @saki_Historic
@1DFxoRplAYoQoQH 毛利輝元の関与を当初は隠しておき、あくまで石田三成と大谷吉継による反乱という形にしたあたりは慎重さが窺えます。逆に機が訪れたと判断すれば岐阜城攻めを催促し、そのまま出陣までの迅速さも家康の強さだと思います。
けんちゃん500石 @1DFxoRplAYoQoQH
@saki_Historic なるほど、その通りですね。 ありがとうございます

おまけ1

TBS黄金時代の超豪華ドラマ「関ヶ原」が、BS-TBSで9日、10日に再放送

偶然ながら。
これを見てから、10日放送開始の「真田丸」という流れも悪くない!

gryphon(まとめ用RT多) @gryphonjapan
この名ドラマ、久々に放送されるとはうれしい。 / “「真田丸」の前にこれを見ろ!TBS伝説のドラマ「関ヶ原」、BS-TBSで放送(9日、10日) - 見えない道場本舗” htn.to/f1zLLD
リンク はてなダイアリー 「真田丸」の前にこれを見ろ!TBS伝説のドラマ「関ヶ原」、BS-TBSで放送(9日、10日) - 見えない道場本舗 コメント欄で募集し一度(昨年12/29)にまとめたのですが、そのほかにもいくつかありましたので、追加した..
gryphon(まとめ用RT多) @gryphonjapan
「真田丸」の前にこれを見ろ!映画を超えた豪華キャスト!!再現不可能な名優の競演!! / “BS-TBS 新春時代劇SP「関ヶ原」” htn.to/aVSD3t
リンク www.bs-tbs.co.jp 51 users 97613 BS-TBS BS-TBSのオフィシャルサイト。おすすめ番組や番組表など、BS-TBSの様々な情報をご覧いただけます。いつでも無料全国どこでもBS6チャンネル。
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コメント

Sひろし @1970er 2016年1月6日
毛利輝元が「積極的に」「消極的な行動」をとったとは思えない。伊予方面では積極的な侵攻作戦をしているのと矛盾する。それに半端な行動は毛利家にとって良くない選択だ(三成らの挙兵を鎮圧に行くか、一か八か家康と総力で戦うほうが賢い)。単に、毛利家を仕切ってた隆景叔父さんが死んで間もないので、状況も家中も把握できないまま迷い続けただけとちゃうか。
四式戦闘機 @ki84type4 2016年1月7日
三成の限界というのは正しいけど、それは彼の能力的限界ではなく立場、肩書的な限界なんだろう。彼は豊臣政権の執政でもなければ西軍の指導者ですら無かったのだから。
polaris @Polaris_sky 2016年1月8日
やっぱ家康は戦国屈指の戦上手だな。
muramasa @muramasa931 2016年3月14日
1970er 毛利家が「積極的に」「消極的な行動」をとったことと。讃岐阿波をほぼ無血占領して伊予方面で積極的な侵攻作戦をしている事は矛盾しないですよ。毛利家にとって豊臣家の覇権や三成の思惑というのは大変にドウでもいい事ですので。三成と家康と豊臣諸将が戦力を磨り潰している間に瀬戸内海を掌握できればベストですので毛利家にとっては。
玉藻さん@地球 @Roseate_Rosy 2018年6月16日
治部 @zibumitunari 殿、褒められておりますぞ?(笑) 
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