7ビットの心音

【ここまでのあらすじ】フォロワーさんをキャラ化する企画でもらったイラストが好み→何か書こう→原案書いてくださったフォロワーさんを巻き込んで現在書籍化進行中←NEW!! 2016年秋の文学フリマ岩手に持っていくファンタジーです。
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豆崎豆太 @qwerty_misp

ルートはそれ以上気にする様子も無いが、先生はわずかに目を細めて笑うそぶりをした。「他人の食器を借りるのは平気なのに?」と問われているような気がして、内心で苦笑する。どうやら、この男の目を欺くのは骨が折れそうだ。 #7ビットの心音

2016-01-20 23:26:36
豆崎豆太 @qwerty_misp

無味無臭のサラダを口に押し込んで「おいしい」と思ってもない感想を言うと、ビーは「よかった」と嬉しそうに笑った。痛む胸がある訳ではないが、整合性が無くなるのは拙いので次々に食べ物を口に詰め、咀嚼して飲み込んでいく。先生はそんな私の様子をにこにこと観察していた。 #7ビットの心音

2016-01-20 23:27:16
豆崎豆太 @qwerty_misp

「……何か面白いか?」 「ん? ああいや、すまない。ものを観察するのが私の癖でね」 「目新しいのが来たから面白いんだろ、先生は」 「どうせ観察するなら美女がいいけどね」 「よく言うよ」 #7ビットの心音

2016-01-20 23:28:10
豆崎豆太 @qwerty_misp

「あ、そういえば一個聞きたかったんだ。ビー、このメモ誰が書いたやつ?」「メモ?」「おれの字じゃないし、ビーの足じゃ行けない場所に貼ってあったんだ」「じゃあ先生じゃないかしら」 #7ビットの心音

2016-01-20 23:28:54
豆崎豆太 @qwerty_misp

「先生?」「はて、どうだったかな。ルートが来る前に散々歩き回った記憶はあるんだが。もしかしたらその時のものかもしれない」「なんだ。つまんねえの」 #7ビットの心音

2016-01-20 23:29:30
豆崎豆太 @qwerty_misp

“彼”の中は、生活スペースの他の大部分をメカニックが占めている。というよりは、メカニックの隙間に生活スペースを確保していると言った方が近いような状態だった。階段を登り、階段を降り、梯子を下り、行き止まって来た道を折り返す。なるほど、これは確かに迷うかもしれない。 #7ビットの心音

2016-01-20 23:30:36
豆崎豆太 @qwerty_misp

行き当たった梯子を下ると、ビーがパソコンを膝に乗せて作業をしていた。壁から伸びる配線の束にときどき手を触れ、彼の立てる唸りに耳を傾けながら、ひたすらに文字を打ち込んでいる。「食事中だったか」と断りを入れると、ビーはなぜだかくすくすと笑った。 #7ビットの心音

2016-01-20 23:31:56
豆崎豆太 @qwerty_misp

「その左目は?」「片眼鏡のこと?」「いや、ああ、それでもいい」「これは、先生が作ってくれたの。とても素敵でしょう?」「男が作ったにしては繊細だ。もしかしてアクセサリーもか?」「とっても手先の器用な方なの。食事のお礼にって」「少女趣味なのか?」 #7ビットの心音

2016-01-20 23:33:19
豆崎豆太 @qwerty_misp

「言うに事欠いて少女趣味とは」「…いつからいたんだ?」「ここは死角が多い。雑音も四六時中あって静電気も溜まる。人の気配に気づきにくいんだ」「失礼を言った」「私は繊細な造形が好きでね。それに、美しい女性には美しいものが似合う」 #7ビットの心音

2016-01-20 23:35:22
豆崎豆太 @qwerty_misp

「先生、何か御用?」「ああそうだった。ルートが探していたよ。キッチンの方にいてくれると助かるんだが、その作業、まだかかるかな?」「いえ。じゃあキッチンに移動しますね。ありがとう」「お手を。一人で立ち上がるのはつらいだろう」「過保護なんだから」 #7ビットの心音

2016-01-20 23:37:24
豆崎豆太 @qwerty_misp

「先生はまだこちらに?」「彼と少し話したら自室に戻るよ」先生は私を指差して言う。ビーは先生を振り返り、「キッチンにお茶とお菓子があります。気が向いたらお二人で食べにいらして」と言った。「ありがとう、そうさせてもらう」と先生は笑う。 #7ビットの心音

2016-01-20 23:39:07
豆崎豆太 @qwerty_misp

「あの片眼鏡、中身もあんたが?」「中身?」「義眼だろう」「気がついていたのか」「職業柄、そういうことには聡いんだ」「私は彼女に取り付けただけだ。私はエンジニアではないから」「足は」「あれも取り付けただけだね。――元々私は医者なんだ。もう廃業したけれど」「へえ?」 #7ビットの心音

2016-01-20 23:40:57
豆崎豆太 @qwerty_misp

「ビーは、あれは人間か?」「妙なことを聞く。他に何かあるような言い方だな」「ここにいるのは三人だけか」「彼を数に含めるなら四人だね」言って、先生はこつこつと壁をノックしてみせた。「これは人間なのか?」「ビーがそう言っているからね」 #7ビットの心音

2016-01-20 23:42:04
豆崎豆太 @qwerty_misp

「こちらから質問をしても?」「何かあったか?」「名前は?」「…ああ、あんたには名乗ってなかったか。モリという」「モリ。何をしにここへ?」「行き倒れてたら拾われたんだ、あんたんとこの美人に」「君は人間か?」「…勿論」 #7ビットの心音

2016-01-20 23:42:59
豆崎豆太 @qwerty_misp

階段を登り、梯子を下り、狭い扉をいくつかくぐって突き当たった梯子を登り、下へ続く扉を開けて梯子を下り、そうしてたどり着いたのは書架のある部屋だった。書架と言っても整然としたものではなく、乱雑につめ込まれた本、書類、床にも同じく本やメモ書きが散乱している。 #7ビットの心音

2016-01-24 23:41:46
豆崎豆太 @qwerty_misp

書架から何冊かを手にとって眺める。並んでいる本はプログラミング、電子機器、論理演算、言語学、心理学、そして。「なるほど」私は誰も居ない部屋で一人つぶやく。 #7ビットの心音

2016-01-24 23:42:25
豆崎豆太 @qwerty_misp

人の脳の記憶容量は家庭用ノートパソコンのおよそ一千倍だったか、しかし「記憶するための手続き」はそこに含まれていない。映像を解析し、音声を解析し、ミュージックと会話とその他に分け、計算し、思考し、記憶し、思い出し、感じる。もちろんこれが一人分の脳だともかぎらない。 #7ビットの心音

2016-01-24 23:43:42
豆崎豆太 @qwerty_misp

メモ書きその他の筆跡から類推するに、ここにはかつて十数人の人間がいたはずだ。彼らがどこに消えたのか――おそらくは、ルートの言っていた「事故」に関わることなのだろう。ふたりの口ぶりからすると、「ルート」と「先生」はこの十数人には含まれていなかったはずだ。 #7ビットの心音

2016-01-24 23:45:13
豆崎豆太 @qwerty_misp

書庫を出、梯子を登り、扉をくぐり、梯子を下り、扉をくぐり、通路を歩き、梯子を登ったところでルートに出会った。「おっさんこんなとこまで入ってきてんのかよ。迷子になったら探せねえって言ったろ」「注意している」「やめろよこん中で行方不明とか」「気をつける」「あのなあ」 #7ビットの心音

2016-01-24 23:47:38
豆崎豆太 @qwerty_misp

「いくつか聞きたいことがあるんだが」「おれに?」「事故があったと言ってただろう。いつの話だ?」「正確には覚えてない。3年か4年くらい前だと思うけど」「ここに来る前は何をしてた?」「機械工。今とあんまり変わらない」「なぜここに来た?」「先生の紹介」 #7ビットの心音

2016-01-24 23:48:56
豆崎豆太 @qwerty_misp

「足の悪い人が、機械の手入れができなくて困ってるって言うから来た」「それだけか?」ルートは眉をしかめ、顔いっぱいに怪訝をあらわした。指の代わりに工具で私を指す。「あのさあ、何なんだよ急に。目的も言わず質問攻めって」 #7ビットの心音

2016-01-24 23:50:14
豆崎豆太 @qwerty_misp

「目的は特にない。気になることを訊いているだけだ。答えたくないことならそれでもいい」「ビーが何を作ってるか、本当に知らないのか?」「知らないよ。おれはプログラムはわかんないし」「気にはならないのか?」 #7ビットの心音

2016-01-24 23:51:36
豆崎豆太 @qwerty_misp

「それなら聞くけど、おっさんの目的は何」「目的?」「何が知りたいんだよ。おれはそっちの方が『気になる』んだけど。おっさん、なんでここに来た?何をしに?」「行き倒れてたら拾われたんだ、ここの美人に」「本当にそんだけかよ」「おかしいか?」 #7ビットの心音

2016-01-24 23:52:56
豆崎豆太 @qwerty_misp

「さっきから詰問じみたことしてる自覚ないの?これが何かって、知ってどうすんの?」ルートの表情は険しい。誤魔化した方がいいのだろうが、そもそも何を誤魔化すべきかがわからない。 #7ビットの心音

2016-01-24 23:54:07