10周年のSPコンテンツ!
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julie部第8号 まり @juliebudai8gou
内田樹先生の大学院での「最後の講義」を連続ツイートします。今回も@juliebudai8gou@juliebudai1go が分担してツイートしますので、全体をお知りになりたい方は両方をチェックしてください。では、始めます。
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最後の授業第十三-1:本日のテーマは『昭和のエートス』。自分が何を価値判断や行動の規矩として生きてきたのかについて長らく考えてきた。『おじさん的思考』は内田本人について語っていると思われているが、「おじさん」は自分の父親を想定したものだ。
julie部第8号 まり @juliebudai8gou
最後の授業第十三-2:昭和人と戦中派は同じで、多くは大正生まれであり、戦後社会を作った人たち。漱石の「坊ちゃん」「三四郎」は1945年時点でそれぞれ60歳と54歳だった。戦争をしたのも、戦後、政治経済のフロントラインにいたのもこの人たち。東条英機や山本五十六と同年代の人たちだ。
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最後の授業第十三-3:大正生まれの人たちは1945年には16~20歳。不本意ながら兵隊となった戦争被害者だ。これらの人たちが何を考えていたのかがわからない。明治以降全ての戦争に勝ち、五大国のひとつであった国がボキリと折れて四等国となった。僕が子供の頃「できないこと」の理由付けには
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最後の授業第十三-4:「戦争に負けたから」「貧乏だから」があった。敗戦国民の メンタリティとしては「がんばらなくてはいけない」「大国の一隅に行きたい」が、そこに「あきらめ感」がある。日本は米国の属国の一辺境人となったが、これは戦中派の意識では理解しにくいことだった。
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最後の授業第十三-5:久生十蘭『従軍日記』にあるように、戦中派は「植民地の王侯貴族のような生活」を経験した。僕の父は戦争中のことを語らず隠蔽した。それは20代の頃の暮らしと今を比べられないこと、豪奢な暮らしの一方で現地の人たちを獣のように扱ったことに対する屈託だったと思う。
julie部第8号 まり @juliebudai8gou
最後の授業第十三-6:そういうことを言語化できず過ごした後、1950~60年代に社会のフロントラインから「坊ちゃん」たちが消える。時を同じくして1959年に朝日ジャーナルが創刊される。内田家ではそれまで定期購読していた週刊朝日が朝日ジャーナルに換わり、父はこれを持って通勤した。
julie部第8号 まり @juliebudai8gou
最後の授業第十三-7:紙面のトーンを自分たち世代で決めることのできる雑誌は、生き残った世代である昭和人にとって「ようやく我々の雑誌ができた」というある種の希望でもあった。彼ら自身の政治意識が反映されるものであったが、67年頃から左傾化し、全共闘の状況がわかるような雑誌となった。
julie部第8号 まり @juliebudai8gou
最後の授業第十三-8:今から思うと極左化した岩波の「思想」や「朝日ジャーナル」の裏にはパペット・マスターがいて、我々学生はパペットとして、かつて20代で戦争に加担した世代からのメッセージに「やらされて」いたのではないかという気がする。
julie部第8号 まり @juliebudai8gou
最後の授業第十三-9:村上春樹のエルサレム賞スピーチで「壁と卵」の話の次に、父親の話がある。「父は毎朝戦争で亡くなったすべての人のために祈っていた。父のまわりには死者の影が重くわだかまっていた。」ことばにできなかった現実がある、ということが息子世代にパスされたのではないか。
julie部第8号 まり @juliebudai8gou
最後の授業第十三-10:戦中派は彼らが少年時代に獲得した言語でも、戦後に獲得した言語でも、戦中のことを書けなかった。この世代の沈黙によって遺贈されたことを書き、折れたものを修復しないといけないと感じる。空虚さを言語化できない世代から「言葉にしてくれ」と託されているような気がする。
julie部第8号 まり @juliebudai8gou
最後の授業第十三-11:小津安二郎の映画「秋刀魚の味」での笠智衆演じる平山艦長の「負けて良かったんじゃないか」というセリフは、父たちの世代の正直な気持ちだったと思う。
julie部第一号✨✨ @juliebudai1go
最後の授業第十三講P2-1 父たちの世代が、戦後社会で罰を受けることなく君臨していたバカな奴らにもう我慢できないと思ったのが60年代末。1959年創刊朝日ジャーナルに代表される、戦中世代のフロントランナー的な政治的現実が変わっていく。
julie部第一号✨✨ @juliebudai1go
最後の授業第十三講P2-2 1965年朝日ジャーナルを読んで歓喜し、同時に場末の映画館で上映された『昭和残侠伝』「健さん死んでもらいます」にわいた。ターゲットは僕らの世代。作ってるのは戦中派。そこで描かれているのはエスタブリシュメントに対する激しい憎しみ。
julie部第一号✨✨ @juliebudai1go
最後の授業第十三講P2-3 「敵」が変わる。戦前の敵は近代やくざ、軍人、右翼。お国のために任侠道に生きるという国家の大義。戦後昭和21年の近代やくざは民主主義の時代だという。戦争に追いやった人たちと、お金儲けをした人たちを同じ役者が演じている。
julie部第一号✨✨ @juliebudai1go
最後の授業第十三講P2-4 そこには有形無形さまざまな形で、僕らに告げてきたものがある。三四郎は先生から「日本は滅びる」という刻印をおでこに受けた。僕らは戦中派のルサンチマンを変わった形で受け継いだ。『昭和残侠伝』はさまざまな政治的メッセージを残している。
julie部第一号✨✨ @juliebudai1go
最後の授業第十三講P2-5 「大義を語る人間を信じるな」、「ローカルな集団の規律、具体的な手触りのはっきりとした人間関係」を信じろ。「一家のために死ぬ」を信じろ。これは実は変わったロジックで、義理と人情を秤にかけた義理が重たい男の世界。PC的に正しいことをいうのは悪者。
julie部第一号✨✨ @juliebudai1go
最後の授業第十三講P2-6 「国家レベルのメジャーな義理」と「とても小さいローカルな義理」の間でドラマ作りが展開する。デカイ話は信じるな。信じられるのは戦友だけ。「大きな公」と「小さな公」の「小さな公」を信じろ。それだけが後続世代に伝えられる唯一の命題。
julie部第一号✨✨ @juliebudai1go
最後の授業第十三講P2-7 「正しいことをいう人間を信じるな」、「隣の人間のいうことを信じろ」。アバターは思いがけないカタチで転生し、このメッセージは漫画「ワンピース」へと受け継がれる。『昭和残侠伝』を観て「ワンピース」を読むと全く同じ話だとわかる。
julie部第一号✨✨ @juliebudai1go
最後の授業第十三講P2-8 32歳の尾田さんは『昭和残侠伝』と講談が大好き。広沢虎造の講談を聞いている。昭和世代の集団的教訓が「ワンピース」という孫の世代へと委譲され、「昭和的問題」が「大きな問い」として受け継がれていくダイナミズムを感じる。
julie部第一号✨✨ @juliebudai1go
最後の授業第十三講P2-9 僕は9歳の時、「週刊朝日」と「文芸春秋」を熟読していたが、朝日ジャーナルは9歳にはわからない。父にとってジャーナルは、「日本のエスタブリシュメントに我慢できない」戦中派サラリーマンの政治的記号の意味を持っていた。
julie部第一号✨✨ @juliebudai1go
最後の授業第十三講P2-10 常に迂回的で屈折のある記号表現、この世代の「言葉にすることができなかった戦争経験」をきちんと埋め込めて、しっかり受け止めて周りを固めていく。この「巨大な空虚」を証言し、空虚部分を含めた戦後日本社会の制度設計していかないとまっとうな社会にならない。
julie部第一号✨✨ @juliebudai1go
最後の授業第十三講P2-11 戦後の我々の世代で、戦争をインサイダーの視点で書いたのは、ねじまき鳥クロニクルの村上春樹だけ。村上春樹と、戦争経験を文学的に消化し成仏を願う浅田次郎は、作家的資質が近い。この二人の小説には9割が幽霊がでてくる。
julie部第一号✨✨ @juliebudai1go
最後の授業第十三講P2-12 最後の授業には江さんもいらしてました。江さんのお話:「小さなパブリック」は仲間内の共同体。「大きなパブリック」は戦争や政治の幻想的な追体験の世界。「同じにおいのする人、内田先生や平川克美さんのような懐かしい人格のする人」がいるのが「小さなパブリック」
julie部第一号✨✨ @juliebudai1go
最後の授業第十三講P2-13 「小さなパブリック」の成員とじかの経験をしていくことでしか「大きなパブリック」は見えない。「小さなパブリック」を何らかの形で経験した戦中派世代は、「大きな物語」を「小さなパブリック」を通じて語れなかったのではないか。
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