後藤武著『ファーンズワース邸/ミース・ファン・デル・ローエ』(読書メモ)

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未発育都市 @mihatsuikutoshi

後藤武著『ファーンズワース邸/ミース・ファン・デル・ローエ』 amazon.co.jp/dp/4487800986 「巨匠ミースの最高傑作がついに登場。これが20世紀建築の頂点だ。…この透明な住宅に「ユニヴァーサル」という言葉が秘めるとてつもない可能性を発見」 8/26発売。メモ。

2015-09-21 17:45:11
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後藤武著『ファーンズワース邸/ミース・ファン・デル・ローエ』(読書メモ) - Togetterまとめ togetter.com/li/933565 まとめました。昨年末に読んだ本。 pic.twitter.com/rGhCRDykF2

2016-02-03 01:08:44
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普遍論争

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後藤武著『ファーンズワース邸/ミース・ファン・デル・ローエ』 amazon.co.jp/dp/4487800986 を読み始めたのだが、この本は文体が穏やかであるにも関わらず、従来のミース解釈とはかなり異なっていていろいろと気づかされることが多い。この本はむしろ豊富な写真が余計かも。w

2015-11-11 00:33:01
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後藤武著『ファーンズワース邸/ミース・ファン・デル・ローエ』 amazon.co.jp/dp/4487800986 の第1章の「普遍論争」まで読んだ。ミースが求めたのは「ユニヴァーサル・スペース」でも建築家の原広司さんが解釈したようなデカルト的な「均質空間」でもなかったという話。(続く

2015-11-12 00:14:28
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続き)ミースが求めたのはライプニッツの「モナド」的な「超越性をこの世界の個物の中へと引きずりおろす世界観」、または、「個物が多元的に関係しあいながら普遍を表現している構造」であって、それこそがミースの有名な言葉である「神は細部に宿る」の真意である、と。ううーん…。(-_-;

2015-11-12 00:15:43
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まぁ、かなりアバウトな解釈だが、空間の中に物体があるのではなく、物体が空間を生成するという考え方(世界観)は割と好きである。

2015-11-12 00:18:14
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というわけで、次は同じく第1章の「建築の起源」です。ここが読みたかった。ロージエの『建築試論』(1753年)の「原始の小屋」とミースのもう一つの有名な言葉である「レス・イズ・モア」(Less is more)が共通している、という話らしい。ぼちぼち読む。(ぼちぼち

2015-11-12 00:19:57

建築の起源

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後藤武著『ファーンズワース邸/ミース・ファン・デル・ローエ』 amazon.co.jp/dp/4487800986 の第1章の「建築の起源」を読んだ。ロージエの『建築試論』(1753年)の「原始の小屋」にある「還元的な原理」がミースの「Less is more」を想起させるとのこと。

2015-11-13 00:02:44
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ロージエの「原始の小屋」はこれです(画像)。ここでは「女性が、生の樹木の骨組みだけでできた小屋を指差さす姿」が描かれている一方で、その足元には「古典主義建築の断片が遺構として散乱」していて、この2つの対比がとても印象的、とのこと。 pic.twitter.com/9liHWTYKNL

2015-11-13 00:06:25
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メモ。/ 新古典主義建築 - Wikiepdia ja.wikipedia.org/wiki/%E6%96%B0… 「新古典主義の最初の転換点となったのは、1753年に刊行されたロージエの著作『建築試論』である」「試論はすぐ各国語に翻訳され、ヨーロッパの建築思想に大きな影響を与えた」

2015-11-13 00:08:56
未発育都市 @mihatsuikutoshi

ただ、ロージエの「原始の小屋」(1753年)のような絵は当時のフランスでは割となじみのあるものであった、とのことです。例えば、ジャン=ジャック・ルソーの『人間不平等起源論』が出版されたのも同じ1753年で、18世紀半ばのフランスではこうした「起源論」が流行っていたそうです。

2015-11-13 00:17:24
未発育都市 @mihatsuikutoshi

そして、それから約1世紀後、「再びこの起源への問いが浮上してくるのが19世紀末から20世紀初頭、近代建築の草創期だった」、近代建築は「歴史との断絶の結果として刷新が生まれたのではなく、起源への遡行の過程を通じて見出された刷新だったのです。(続く

2015-11-13 00:19:28
未発育都市 @mihatsuikutoshi

続き)ミースは小屋の中に、必然性によって生み出される建築の原型を見出し、そこに時代の意志を読み取ります」とのことです。

2015-11-13 00:23:19
未発育都市 @mihatsuikutoshi

中でも興味深いのは、ミースが1923年に行った講演でスライドに映したのは、自身がデザインした「ガラスのスカイスクレイパー案」(近代的なガラスの高層ビル案)などではなく、「インドやアフリカ、北極圏などに見られる原始的な小屋の数々」だったということ。

2015-11-13 00:26:46
未発育都市 @mihatsuikutoshi

そこでミースは「今私たちはこれらの小屋たちに匹敵する建物を持ちえているだろうか」と問いかけ、「答えは否。近代の環境と人間にふさわしい建物は、いまだ見出されていない」と自答したのだそうです。そして、この問いの答えがそれから約30年後の「ファーンズワース邸」で実現するというわけです。

2015-11-13 00:27:59
未発育都市 @mihatsuikutoshi

というわけで、次は同じく第1章の「庭のパララックス」です。「パララックス」とは「観察者の位置の変化にともなって、対象物が見えがかり上移動して見えること」の意らしい。人の移動、視線の移動などによって空間の見え方が変化する、それをミースは建築設計で取り入れた、という話なのだと思う。

2015-11-13 00:30:21
未発育都市 @mihatsuikutoshi

要するに、ミースが求めた空間は決して「均質空間」ではなかったということですね。というわけで、ロージエが「原始の小屋」で描いたような「還元的な原理」と視覚効果である「パララックス」がミースの「ファーンズワース邸」を解読する重要なキーワードなのだと思われる。(連続ツイート、終わり。)

2015-11-13 00:37:05
未発育都市 @mihatsuikutoshi

昨夜の「ファーンズワース邸」の連続ツイートを今、読み返してみたのだが、ミースはいびつな取捨選択をしているようにも思えた。「還元的な原理」と「パララックス」の2つを選んだ理由は何だったのだろう。

2015-11-13 18:27:17
未発育都市 @mihatsuikutoshi

むしろ「還元的な原理」だけを選択して「パララックス」のない「均質空間」を目指してくれていたほうがスッキリするよな。w

2015-11-13 18:29:21
未発育都市 @mihatsuikutoshi

あと、「新古典主義建築」のWiki ja.wikipedia.org/wiki/%E6%96%B0… に書いてあるけど、ロージエの「原始の小屋」(1753年)は「想像上の起原にすぎず、実証性に関しては無担保であった」ことも重要だよね。つまり、それ自体はフィクションにすぎないのである。

2015-11-13 18:35:04
未発育都市 @mihatsuikutoshi

つまり、ミースはロージエの「原始の小屋」の虚構に基づいていたという時点で、やはり、後にポストモダニストらによって批判されることになる「均質空間」への道はひかれていたのではないか、とも思える。

2015-11-13 18:37:19