山本七平botまとめ/【裏切者ヨセフスの役割②】ヨセフスの全著作を二十世紀まで残した「フラウィウス証言」
- yamamoto7hei
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①「〔旧友〕だがやはりキリスト教の成立は、紀元前三世紀に『セプトゥアギンタ(七十人訳=ギリシア語古代訳)が出て旧約聖書がギリシア・ローマ世界に紹介され、ついでイエスが出、パウロがローマ圏に大伝道をした結果だろう。それとも違うのかな」<『禁忌の聖書学』
2016-03-24 10:38:51②「〔山本〕違わないだろう。だが二つの点は指摘しておきたい。 まずアレクサンドリアで訳された『七十人訳』だが、あれはヘブル語が読めなくなったローマ圏のユダヤ人の三世・四世の為であって、ギリシア人もローマ人もおそらく読んでいなかっただろうということだ。 そう言える理由がある。」
2016-03-24 11:09:04③「〔山本〕一つはヨセフスの『ユダヤ古代誌』で、これは旧約聖書をヘレニズムの歴史記述の原則通りに改編したものだが、それだけでなく、ユダヤ人が誤解されそうな点は巧みに改変し、削除し、都合がよければ、根拠のない伝承も取り入れている。」
2016-03-24 11:38:51④「〔山本〕モーセのエチオピヤ遠征なども恐らくその一例で、彼の描くモーセは旧約聖書のモーセより遥かに颯爽としたヘレニズム的英雄だ。彼がこう書かざるを得なかった理由はわかるけど、ローマのアンティセミティストが、この点、つまり旧約聖書を美化しているという点を突いたという例はないな。」
2016-03-24 12:09:14⑤「〔山本〕これがよくわかるのがヨセフスの『アピオーンヘの反論』だ。 アピオーンは当時のローマ世界で、ホメロス学の権威とされていたようだが、徹底したユダヤ人排撃派。 彼の著作は残っていないが、ヨセフスの『反論』を読むと、どのような誹謗を加えていたかはよくわかる。」
2016-03-24 12:38:53⑥「〔山本〕彼はモーセについて多少の聞きかじりはあるけれども、明らかに『七十人訳』は読んでいない。ある意味では最も関心を持つ筈の人間、更にアレクサンドリア・ギリシア語が母語であったアレクサンドリア人の彼でさえ『七十人訳』に目を通していない。こんな状態なら無関心層が読む筈はない。」
2016-03-24 13:09:11⑦「〔山本〕これは別に不思議ではない。 当時の教養あるギリシア・ローマ人にとって権威とすべきものはプラトンとアリストテレス、読むべきものは『イーリアス』と『オデュッセイア』…ギリシア・ローマの哲学者や詩人・劇作家の作品であってもユダヤ人の書いたものなどは読まないのが普通だ。」
2016-03-24 13:38:56⑧「〔山本〕ただヨセフスの『ユダヤ古代誌』には『アリステアスの手紙』も種本として採用されている。 手紙として紹介しているのでなく、彼の歴史記述の文脈の中に、巧みに組み込まれているわけだが、これを読んだものは、『七十人訳』の存在は知っただろう、 では果して読んだか。」
2016-03-24 14:09:29⑨「〔山本〕恐らく四世紀になっても余り一般には読まれなかっただろう。 というのはエウセビオスの『教会史』だな。 …キリスト教を公認したコンスタンティヌス帝がニケアで公会議を開いたのが紀元325年、そして「ニケア信条』…が採択されてキリスト教の基本信条となったわけだが、(続」
2016-03-24 14:38:56⑩「〔山本〕あの原案を提出したのがカイサリア主教のエウセビオス。そのエウセビオスの記した『教会史』の初めの方を読むと、ヨセフスの『ユダヤ古代誌』の引用をつなぎ合わせているといった感じなんだ。続けて読むと『教会史』は『ユダヤ古代誌』の続編のように見えてくるがこれは少々おかしな話さ」
2016-03-24 15:09:12⑪「〔山本〕本来は旧約・新約・教会史の筈だろう。いずれにせよエウセビオスはキリスト教徒の歴史をユダヤの歴史へと遡及させていった。いわば、ローマ人であれギリシア人であれガリア人であれカルタゴ人であれ、キリスト教徒になるとその父祖はアブラハム、いやさらにアダムにまで遡ってしまう。」
2016-03-24 15:38:51⑫「〔山本〕もっともそうなりうる下地はローマ帝国にはあったんだな。 その昔の伝統的なローマ人にとっては、父祖はロムルスとレムスで、彼らはローマ紀元を使っていた。 …だがカラカラ帝が市民権の枠を広げてローマ帝国内に住む自由民は全部ローマ人にしてしまった。」
2016-03-24 16:09:15⑬「〔山本〕といってもギリシア人やガリア人やカルタゴ人が、自分たちの歴史をロムルスとレムスヘ遡及させるわけにもいくまい。 市民権をとっても黒人が、自分たちの系譜をピルグリム父祖(ファーザーズ)に遡及する気にはなるまい。 奴隷として強制的に連れて来られたのだから。」
2016-03-24 16:38:52⑭「〔山本〕精神的な父祖の喪失は精神史の喪失さ。そうなるまいとすれば『ルーツ』がベストセラーになる心情になる。 だが、クリスティアノイ…この新種族(フュロン)が、信仰の父なるキリストを経由して、自分達の父祖をアブラハムに遡及させて精神史の空白を埋めても不思議ではない。」
2016-03-24 17:09:08⑮「〔山本〕そうなればアブラハム・モーセ・預言者・イエス・教会そして自分という歴史ができてしまう。 『ユダヤ古代誌』に『教会史』がつづいて不思議でないわけだ」 「〔旧友〕そのことは一応わかる。クリスティアノイがキリスト教徒の複数形だということもわかる。だがフュロンとは」
2016-03-24 17:38:53⑯「〔山本〕これがもう一つの理由さ。 フュロンは通常『族』と訳すけど、これは一、二世紀のキリスト教側の文献には見られない表現で、外部から見ていると、新しい妙な『キリスト族』という、少々理解しかねる新種族が生れて来たと見えたんだろうね。」
2016-03-24 18:09:14⑰「〔山本〕新種族というより、今はやりの表現を使えば新人類といってもよい。 この『クリスティアノイと呼ばれるフュロン』という言葉を最初に使ったのはヨセフスなのだ。 これが有名な『フラウィウス証言』に出てくる。 あの証言があったから、ヨセフスの全著作が二十世紀まで残ったんだ」
2016-03-24 18:38:52⑱「〔山本〕ローマ時代の著者で、全集が完全に残っているのは彼だけだが、これはキリスト教徒が、聖書の外にイエスをキリストと証言した唯一の書として保存して来たからなのだ。 人間の運命もわからないが、著作の運命もわからないもんだ…」
2016-03-24 19:09:00