#平成島原大変

まとめました。
10
まも【ドボ鎮】 @Kojimamo

長崎県島原市発行の雲仙普賢岳噴火災害『平成島原大変』等の資料を元に このタグで自衛隊・交通・インフラ等の機関がどう対応したかこれから書いていこうと思います。 #平成島原大変

2014-11-04 23:48:19
まも【ドボ鎮】 @Kojimamo

雲仙普賢岳噴火災害を記録した『平成島原大変』島原市企画課編より 島原鉄道の全線復旧の安全祈願祭式で線路上にて、気動車へ神籬(ひもろぎ)で祓い清めている場面。ここまでやるのは流石、島鉄である。 #平成島原大変 pic.twitter.com/wIsaOVr1f7

2015-08-10 23:25:01
拡大
まも【ドボ鎮】 @Kojimamo

1991年6月3日16:08 普賢岳大火砕流発生 夕刻 第三種出動命令 大村駐屯地施設大隊車両隊出動 22:30 島原城に普通連隊・施設大隊到着 深夜までに派遣部隊配置完了 【火焔の山に挑む―雲仙普賢岳と自衛隊】より #平成島原大変 pic.twitter.com/4NpfBq73q1

2016-03-28 11:23:16
拡大
まも【ドボ鎮】 @Kojimamo

第四施設大隊三曹の記述 「島原市に近づくにつれ火山灰の為に視界悪化。重苦しい気持ちに。中隊長『明日、うちが出るから三曹は75ドーザー頼む』朝まで殆ど眠れず。色々な事を考えて…」 【火焔の山に挑む】より #平成島原大変 pic.twitter.com/7Fo1vJ1S6d

2016-03-28 11:26:03
拡大
まも【ドボ鎮】 @Kojimamo

「0700出発、耐熱服初着用、動きが思うように取れず。昨夜眠れなかった思いが爆発。火砕流が来たら75ドーザーは作業から走行姿勢には直には切替わらない」 混乱の思いの中いざ出陣。現場入口に到着 【火焔の山に挑む】より #平成島原大変 pic.twitter.com/7iH7gGf8LH

2016-03-28 11:29:07
拡大
まも【ドボ鎮】 @Kojimamo

「82式指揮通信車が先頭。続いて73・60式装甲車が先頭、その後を進む。距離を進める事に変わる様子。本当に今まで人が住んでいたのかと不思議な思いがした。」 【火焔の山に挑む】より #平成島原大変 pic.twitter.com/pbWiQXYGFF

2016-03-28 11:36:07
拡大
まも【ドボ鎮】 @Kojimamo

「被災した家々、パトカー…。手を合わせつつ車道から移動。他の隊員は遺体収容。なおも奥へ。そして目の当たりにした火砕流の爪痕。「怖い」これが本当の正直な気持ちだった。」75式ドーザー操縦士 【火焔の山に挑む】より #平成島原大変 pic.twitter.com/XsybzNipPE

2016-03-28 11:38:36
拡大
まも【ドボ鎮】 @Kojimamo

火山灰に覆われた島原城と市街地。 360年前は藩主の圧政により島原の乱が起こる遠因となったが 平成の世の大変では災害派遣された陸上自衛隊の前進基地となり島原半島を護る砦となった。 【火焔の山に挑む】より #平成島原大変 pic.twitter.com/ADxsF9RZLa

2016-03-28 11:50:56
拡大
まも【ドボ鎮】 @Kojimamo

島原市内から普賢岳溶岩ドームを監視する87式偵察警戒車と隊員。 陸自第4戦車中隊から74式戦車2両を災害派遣に投入されたという説が最近まであったが実際は玖珠駐屯地で待機していたとされる。 【火焔の山に挑む】より #平成島原大変 pic.twitter.com/TnerWgpnhv

2016-03-28 13:23:20
拡大
まも【ドボ鎮】 @Kojimamo

《火砕流!大きい火砕流!》無線機が悲鳴の様に飛ぶ。 驚いて見上げると大きな黒雲が巻上がり凄い速度で落下。 事前研究では2分半の余裕しか無い筈だった。 「3中隊離脱せよ」が「逃げろ!」に変わった 【火焔の山に挑む】より #平成島原大変 pic.twitter.com/vCkHSeybsg

2016-03-28 19:21:21
拡大
まも【ドボ鎮】 @Kojimamo

土石流発生後、既に南側送電線ルートの鉄塔1基が倒壊。「北東側に火砕流が来ると島原市は停電し孤立する」と営業所は緊迫。支店から50台分の高圧発電機車基地を一週間で作れとの指示。 「やってみます」 毎日グラフ別冊より #平成島原大変 pic.twitter.com/2ztY4ymc5P

2016-03-28 20:09:38
拡大
まも【ドボ鎮】 @Kojimamo

「火砕流が来ると島原市は停電し孤立する」一週間で50台分の高圧発電機車基地の設営指示。他の要請工事変更をお客様対応した所、設計者の苦情めいた電話に冷汗。電柱等資材も間に合わないので手持ちでやり繰り。 毎日グラフ別冊 九州電力配電課係員の手記より #平成島原大変

2016-03-28 20:22:30
まも【ドボ鎮】 @Kojimamo

高圧発電機車基地の設営指示 ブッシング(変圧器の入出力端子)を建ててないので休日返上で出勤。ところが当日、現場へ行くと作業員がいない。電力所との打合せの手違いの為に、所長と主任らの4人のみで炎天下の中、3台分の作業。 毎日グラフ別冊 九州電力配電課係員の手記より #平成島原大変

2016-03-28 20:38:37
まも【ドボ鎮】 @Kojimamo

電力所副長の指示の元、慎重に建て込んでも完了点検後、ガスケット(配管継手への固定用シール材)がハミ出ていたりして手直し。慣れぬ作業と暑さに参る。 毎日グラフ別冊 九州電力配電課係員の手記より #平成島原大変

2016-03-28 20:50:58
まも【ドボ鎮】 @Kojimamo

それでも最期のブッシングが終わり互いに安堵の表情と感謝を交わした。 「これでなんとかなる!」 検相や試験等で一週間+αで完成。 毎日グラフ別冊  雲仙・普賢岳 全記録 平成大噴火」九州電力配電課係員の手記より #平成島原大変

2016-03-28 20:52:52
まも【ドボ鎮】 @Kojimamo

1990年11月17日 普賢岳200年振りの噴火 海自大村航空隊は気象庁の空中観測支援 1991年5月 島原半島分断に備え佐世保地方総監部は深江町海岸で海上輸送・揚陸訓練実施 6月 護衛艦2隻派遣 災害調査のヘリ出動 #平成島原大変 pic.twitter.com/ETKf2as4Vo

2016-03-31 19:13:42
拡大
まも【ドボ鎮】 @Kojimamo

海上自衛隊 1991年8月 派遣艦艇を2隻から1隻へ 11月 派遣艦隊を佐世保待機へ 1995年7月 揚陸艦「もとぶ」による島原新港の海域調査 12月 陸上自衛隊派遣部隊も島原より完全撤収 1996年6月 「噴火活動の終息宣言」 #平成島原大変

2016-03-31 19:32:19

コメント