【言葉の踏絵と条理の世界①】不思議な殉教/自由主義者を名乗ろうがマルクス主義者を名乗ろうがクリスチャンを名乗ろうが、全ては「一向宗」に過ぎない日本教徒

イザヤ・ベンダサン『日本教について~あるユダヤ人への手紙~』/言葉の踏絵と条理の世界/不思議な殉教/13頁以降より抜粋引用。
5
山本七平bot @yamamoto7hei

①【不思議な殉教】日本人がいかに理解しにくい民族であるか。 理解したと思い込んだとき、実はそれが誤解にすぎない場合でも、それを誤解だと証明することすら不可能に近い、という事実をまず指摘したいと思います。<『日本教について―あるユダヤ人への手紙―〔イザヤ・ベンダサン〕』

2016-04-15 18:09:01
山本七平bot @yamamoto7hei

②三島由紀夫氏の切腹の後、世界中の新聞雑誌に多くの解説が掲載されました。 私もまた二、三の新聞から意見を求められましたが、答えませんでした。 理由は、このとき私は、ある古い日本の物語を思い起したからです。

2016-04-15 18:38:52
山本七平bot @yamamoto7hei

③そしてこの古い物語と三島氏の切腹を考え合わせてみますと、事件後に出たあらゆる解説が(日本のものをも含めて)、実は、誤りではないかと、私には思われたのです。 どの点に誤りがあるのか、それを申し上げる前に、その古い物語を話しましょう。

2016-04-15 19:08:59
山本七平bot @yamamoto7hei

④今から三百数十年ほど前、東京と京都のほぼ中間の太平洋岸に、徳川家康という領主がおりました。 当時の日本はいわば空位時代で、大諸侯は互いに争っており、その様相はまるでルネッサンス期のイタリアのようでした。

2016-04-15 19:38:56
山本七平bot @yamamoto7hei

⑤この家康は後に全日本を統一し、今の東京に中央政府を樹立し、三百年の平和、いわば「Pax Tokugawae」の基礎をおいた人で日本の政治家の一典型と言うべき人物です。 彼がまだ前記の小領主に過ぎなかった頃、領内で反乱が起りました。 これは一向宗という仏教の一派の反乱です。

2016-04-15 20:09:07
山本七平bot @yamamoto7hei

⑥〔話は横道にそれますが、この一向宗は、後にも日本の多くの諸侯によって、キリスト教と同じように禁止されています。 日本におけるキリスト教の禁止は、このような、キリスト教以外の、仏教のある宗派への禁止とともに考えるべき問題で、(続

2016-04-15 20:38:54
山本七平bot @yamamoto7hei

⑦続>キリスト教のみに焦点を向け、これを初代キリスト教徒への迫害やキリスト教国における宗教的争いと同一視すべきではありません〕 全ての宗教的反乱と同じように、この時の反乱も…鎮圧が困難でしたが、実はその大きな理由の一つが…彼の部下の指揮官が熱心な一向宗の信徒だったからです。

2016-04-15 21:38:53
山本七平bot @yamamoto7hei

⑧この指揮官は、家康が督戦に来ると戦い、家康が去ると戦いをやめてしまいました。 こういうことが明らかになると、三百年前の世界では、いずれの国であれ死刑です。 そしておそらく現代でも、ある国々では死刑でしょう。 家康は激怒して彼のところへ来ました。

2016-04-15 22:09:07
山本七平bot @yamamoto7hei

⑨しかし彼は、自分の部下を処刑する事は好みませんでしたので、最後のチャンスを与えようと思い、次のように言いました。 「処刑か改宗か、どちらかを選べ」 部下は平然として答えました。 「改宗はしません。処刑して下さい」 そして彼は土の上に坐し、首を差し出しました。

2016-04-15 22:38:59
山本七平bot @yamamoto7hei

⑩家康は刀を抜いて振り上げましたが、何を思ったか急に刀を下ろして鞘に収めると 「こんな頑固者は、処刑してもしようがない」 といいました。 その瞬間、この部下は、不意に彼の方をふりむくと、全く突然に、 「唯今、改宗いたしました」 といいました。

2016-04-15 23:09:03
山本七平bot @yamamoto7hei

⑪家康は驚き、 「お前は何というひねくれ者だ。処刑するといえば改宗しないといい、処刑をやめれば改宗するという、一体、どういうわけだ」 とききました。

2016-04-15 23:38:52
山本七平bot @yamamoto7hei

⑫部下は答えていいました。 「命が惜しくて改宗したといわれることはサムライの意地が許さない。 だがこれで私は、たとえ改宗しても、命おしさに改宗したのでないことが明らかになりましたから改宗します」と。

2016-04-16 08:09:04
山本七平bot @yamamoto7hei

⑬これは非常に面白い物語です。 もし仮に彼が処刑されたとすれば、彼は一向宗の殉教者です。改宗を拒否して処刑されたのですから、これを否定する事はできません。 だが事実は彼はサムライの意地に殉教したのであっても、一向宗に殉教したのではない訳です。だがこれを証明する法はありません。

2016-04-16 08:38:53
山本七平bot @yamamoto7hei

⑭私が「理解したと思い込んだ時も、実はそれが誤解にすぎないのに、それを誤解だと証明する事すら不可能に近い」と申し上げたのは、この事です。 私が「日本教」と呼ぶのは、この意地を支えている教義の基礎となっている一つの宗教――その為に日本人が殉教も辞さない一つの宗教を指します。

2016-04-16 09:09:14
山本七平bot @yamamoto7hei

⑮従って私は、日本人が「私は自由主義者だ」「私はマルクス主義者だ」「私はクリスチャンだ」と自称しても、それらはすべて、いわばこの場合の「一向宗」であって、日本教を表現するための方法にすぎないと考えております。

2016-04-16 09:38:51
山本七平bot @yamamoto7hei

⑯すなわち、それぞれの言葉を借りて日本教を表現しているのであって、たとえその人びとが殉教しても、それは前記の物語と同様に日本教への殉教であり、またたとえ転向しても、それはこの部下と同じように、日本教の強固な信徒であることの証明だと思います。

2016-04-16 10:09:03
山本七平bot @yamamoto7hei

⑰従って家康の部下の態度は本質的には「変節」ではありません。…これと極めてよく似た事件は日本では常に起ります。 従って日本が…無条件降伏した時、昨日までの超国家主義者が今日はアメリカ型民主主義者となり、昨日までの特攻隊員が今日は赤旗を振ったところで少しも不思議ではありません。

2016-04-16 10:38:56
山本七平bot @yamamoto7hei

⑱また戦争中の日本人がナチズムの言葉で日本教を語ったからといって彼らをナチスと考えることが誤りであると同様に、戦後の日本人がアメリカ型民主主義の言葉で日本教を語っているからといって、彼らを民主主義者と考えることは誤りです。 それらはすべて「一向宗」です。

2016-04-16 11:09:04
山本七平bot @yamamoto7hei

⑲従って将来(おそらくは近い将来)、同じようなことが起っても、驚いてはいけません。 まず「日本教」を理解すること、 それはわれわれのみならず、世界にとっても必要なことでしょう。

2016-04-16 11:38:52