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高山文彦 @nkpnt571
以前書いた物だが、文章に手を入れ再掲。レオーネ版「用心棒」は冒頭で水を飲むのは一緒だが、舞台を西部劇にしたため、原典の息子(百姓?)の出奔は取り入れ辛く、代わりに人質の母親とその子供のエピソードを前倒しで描いている。その次のシーンで舞台の町に主人公が入るのは同じ。
高山文彦 @nkpnt571
異常な空間に立ち入る状況描写で観客にショックを与えるため、黒澤版では手首を咥えた犬の映像が描かれるのだが、西部劇の状況描写としてはちょん切られた手首などというものは存在し辛いので、別の手段でレオーネは観客にショックを与えようと試みる。変則的なカット繋ぎを使って。
高山文彦 @nkpnt571
水を飲んだイーストウッドが空を見上げると、次のカットは仰角で捕えた木の梢と縛り首用の縄。主人公の見た目だと思っていると、カメラは突如パンダウン、馬で歩むイーストウッドの姿が画面に示され、観客は眩暈に似た衝撃を味わう。ワンカットで主観から客観への移動がなされるからだ。
高山文彦 @nkpnt571
これが当該のカット繋ぎ。 p.twipple.jp/SDiKi
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高山文彦 @nkpnt571
黒澤は腹立ちのあまりレオーネ版の荒野の用心棒を見なかったというが、「用心棒」のカメラマン・宮川一夫は見ていたはずで、状況証拠は大映作品「ある殺し屋」を見れば判明する。製作年度を記述すれば、「用心棒」1961年、「荒野の用心棒」(日本公開)1965年、「ある殺し屋」1967年。
高山文彦 @nkpnt571
「ある殺し屋」にも同様の繋ぎがあるのだ。暗殺向きの場所を探すシーンがそれである。墓地で彼方を見る雷三。見た目の如き「貸間あり」の看板。突然カメラがズームバックするとフレームに入ってくる雷三の姿。ワンカットでの主観から客観への変化。 p.twipple.jp/2WeIE
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高山文彦 @nkpnt571
「ある殺し屋」(カメラマンはもちろん宮川)DVD封入の小冊子にも、そのカメラワークに至ったいきさつが少し触れられているのだが、単行本・森一生「映画旅」の証言の方がより詳しいのでそちらの森一生の発言から引用。(どちらも「荒野の用心棒」には言及されていない)
高山文彦 @nkpnt571
あの墓地のとこで、雷ちゃんがやってきて、ふっと前方を見たら、「貸間あり」って看板のアップになりますね。そして、ずっとズームバックしたら、もう雷ちゃんがその看板のあるアパートのほうへ歩いてるんです。(中略)主観と客観が一緒になってるんですよね。これは宮川さんがやったんです。
高山文彦 @nkpnt571
この再盗作行動は宮川の映画人としての正当な仕草ともいうべきで、パクリ返した理由は、パクった相手の力量を、すなわち演出家としてのレオーネの力を、正当に評価していたからだろう。当時「映画泥棒再び」の舞台として森一生ほどふさわしい大映の映画監督はいなかったはずだ。
高山文彦 @nkpnt571
黒澤が他者のために書いた脚本を二度映画化したのは大映では森一生だけのはず「荒木又右衛門 決闘鍵屋の辻「敵中横断三百里」。さらに晩年の黒澤の協力者としても名高い野上照代とのゴシップ(好きな方は野上著「天気待ち 監督・黒澤明とともに」で、著者自ら間接的ながら述べておられます)。
高山文彦 @nkpnt571
レオーネの変則的繋ぎが独創かと言うと、その原型的シーンが「駅馬車」に存在する。黒澤が賞賛してやまぬジョン・フォード作品に。最後の決闘で観客は倒れた敵の姿を見て主人公の勝利を確信する。一方戦いの結果を知らず、顔を伏せ恋人の安否を気遣うダラスにカメラはゆっくりと移動で近づく。
高山文彦 @nkpnt571
観客は、このショットはウェインの見た目のショットであろうと考える。だが画面右側からフレームインするジョン・ウェインの姿を見て、カメラが主観ではなく客観ショットであったと気付くのだ。 p.twipple.jp/frEMt
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高山文彦 @nkpnt571
黒澤は用心棒を撮った時に西部劇みたいな時代劇を撮ると公言しており、脳裏にあった西部劇はジョン・フォード作品だったと思う。「用心棒」の最後の対決が予告編の一対一の決闘が、本編では三船VS大勢になったのも、意識下に駅馬車のラストの対決シーンがあったからではないかと思いたくなる。
高山文彦 @nkpnt571
駅馬車のラストの対決シーンで道路を横切る黒猫が現れ、荒くれ者達が猫に向かって拳銃を発射して外すシーンがあるわけですが、実は荒野の用心棒にも猫が。 p.twipple.jp/ir08t p.twipple.jp/qn8z4
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高山文彦 @nkpnt571
黒澤存命中に「荒野の用心棒」を見てもらい、作品への率直な感想を聞きたかったのは俺一人ではあるまい。黒澤作品のリメイク(パクリ)作品としては「荒野の用心棒」が未だ最も優れた映画である事は確かで、「荒野の七人」は脚色のアブリッジの上手さに頼りすぎで演出は弱い作品だと思う。

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