古鷹青葉を見守る衣笠さんbot改 #2

多忙を極める雷提督の日々、そしてかかってきて一本の電話の内容とは。
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古鷹青葉を見守る衣笠さんbot改 @dairokusentai

「はい、はい。それはこちらでも聞いています。本人もそんなつもりではなかったと思いますけれど、事情を聞いて――」 執務室で提督が電話の応対をしているのを、私は秘書艦の仕事を片づけながら聞くともなしに聞いていた。内容は分からないけれど、随分と長電話だ。おかげで私が提督と話ができない。

2016-05-07 01:33:41
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「はい、承知しました。では!」 半ば叩き切るように提督が受話器を置いた。 「あの、雷ちゃ――」 「提督だってば!ちょっと待ってて衣笠、先に電話入れさせて」 わが鎮守府の提督を務める駆逐艦娘雷ちゃんが、手で私を制してどこかに電話をかけている。最近はずっと忙しそうなのが気にかかる。

2016-05-07 01:42:37
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声を潜めて相手先と何事か通話していた雷ちゃんが、やっと受話器を置いた。 「待たせたわね。それで?青葉たちの話だったかしら」 「どっちかっていうと古鷹ねーさんのことかな……」 私は雷ちゃんに古鷹ねーさんの進水日の出来事を話した。古鷹ねーさんの、あの無邪気な笑顔を思い出しながら。

2016-05-07 01:50:29
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あの雨の中、三時間も待たされていたのに古鷹ねーさんは青葉に対して怒りもしなかった。大粒の雨に打たれながら見せた「青葉が来てくれて嬉しい」という感情しか読み取れない笑顔に、私は怯えにも近いような思いを抱いた。古鷹ねーさんが、何か知らないものに変わってしまったかのようだった。

2016-05-07 01:55:41
古鷹青葉を見守る衣笠さんbot改 @dairokusentai

人間と何一つ変わらないような姿をしている艦娘だけれど、何日間も出撃や遠征に出て、その途上で暴風雨や高波に見舞われることは珍しくない。だから三時間ばかり雨に打たれたところで古鷹ねーさんが風邪をひいたりすることはなかった。けれど、青葉は当然デートをするどころではなかった。

2016-05-07 02:02:43
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青葉が言葉を重ねて謝り倒しても、古鷹ねーさんの表情は笑顔のままから変わらなかった。「うん、怒ってないよ」と言うばかりだった。その光景の異常さを見ていられなくて、私は半ば引きずるように二人を鎮守府に連れ帰り、古鷹ねーさんにタオルを押しつけて部屋に戻った。そうせずにはいられなかった。

2016-05-07 02:11:52
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私の話を一通り聞き終えた雷ちゃんは、一つ大きなため息をつき、そして言った。 「……古鷹も、どうしていいのかわからないんじゃないかしら。『怒ったら青葉に嫌われる』とか思ってるのかも」 「でも、そんなの……。悪いのは青葉なのに」 「まあね。古鷹もこれからわかっていくんじゃないかしら」

2016-05-07 02:21:30
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長い目で見てあげなさい、と締めた雷ちゃんに頷きながら、私は腑に落ちないものを感じていた。雷ちゃんの言葉に、何かをはぐらかすようなニュアンスを感じたのだ。けれど、そんなことを面と向かって問いただすわけにもいかない。釈然としないままにいると、突如勢いよく執務室の扉が開かれた。

2016-05-07 02:30:17
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「一人前のレディーのお戻りよ!」 「ただいまなのです」 「お疲れ」 「聞いて驚きなさい!遠征大成功よ!資材は倉庫に保管してきたわ!」 暁ちゃん、電ちゃん、響ちゃんが次々に執務室に飛び込んできて、静かだった執務室が一気に賑やかになった。特に暁ちゃんが興奮してしゃべり続けている。

2016-05-07 02:38:31
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「油田地帯にね、今まで気づかなかった島があったの!誰にも手をつけられてなかったらしくて、燃料取り放題だったわ!」 「でも、昔人間がプラントを作ろうとした残骸みたいなものはあったのです」 「埋蔵されてる原油の量が思ったより少なかったから、採算が取れないと思って採掘をやめたのかもね」

2016-05-07 02:46:55
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艦娘は人間が乗る一般の艦船よりサイズが小さいため、人間用の艦船より遥かに少ない量の燃料で航行できる。採掘や輸送も艦娘自身の手で行うため、人間が利用するにはコストがかかり過ぎて手つかずだった小さな油田や鉱山も利用できた。それが、私たち艦娘が深海棲艦に対抗できている理由の一つなのだ。

2016-05-07 02:54:56
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「よくやったわ。具体的な数字はある?」 「これよ!」 暁ちゃんが資材の量を記した紙を得意満面に取り出す。それを雷ちゃんに手渡そうとした時。 「失礼します」 再び執務室の扉が開いた。入ってきたのは、暁ちゃんたちと一緒に遠征に出ていた軽巡洋艦娘の由良だ。何かのリストを手にしている。

2016-05-07 03:02:09
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「あ、良かった今報告するところね?暁ちゃん、さっきの資材の計算だけど、ここ間違ってたわよ」 由良が指し示した数字を見て、暁ちゃんの顔が真っ赤になった。横から覗きこむと、計算の最後で足し算を間違って桁が一つ多くなっていた。 「ぬか喜びさせないでよ」 「もー!わざとじゃないもん!」

2016-05-07 03:09:25
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きゃいきゃい言い合う雷ちゃんと暁ちゃんを、響ちゃん電ちゃんとともに由良も微笑ましそうに見守っている。かつて軽巡洋艦由良は、第六駆逐隊から伝えられた誤情報が一因となって撃沈された。そのために、いっとき雷ちゃんたちは由良に遠慮がちな接し方しかできなかった時期があったのだ。

2016-05-07 03:13:32
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けれど、一緒に遠征に行っていたことや、いま屈託なく笑い合っている様子を見て、雷ちゃんたちと由良の間にあったわだかまりは跡形もなく解消されているようだった。それを見て私も心の底から温かな気持ちになるとともに、私の姉たちはいつまで手がかかるんだろう、と益体もないことを思った。

2016-05-07 03:22:42
古鷹青葉を見守る衣笠さんbot改 @dairokusentai

ふと我に返ると、雷ちゃんが由良を執務机のそばに呼び寄せ(使っている椅子が高く足が届かないために、椅子の昇り降りが大変なのだ)、何事か尋ねたのが目に入った。かすかに「イムヤ」という名前が聞こえた。由良が少し寂しげに首を振る。それを見て、雷ちゃんも気落ちしたように目を伏せた。

2016-05-07 03:29:17
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その様子が気にかかってなにかあったの、と雷ちゃんに尋ねようとしたその時、執務机に置かれた電話が音高く鳴った。雷ちゃんが受話器を取り上げ、相手と二言三言言葉を交わす。私もすっかりほったらかしにしていた秘書艦の仕事のことを思い出し、ペンを取り上げた。 「……何ですって?」

2016-05-07 03:34:00
古鷹青葉を見守る衣笠さんbot改 @dairokusentai

雷ちゃんが取り落した受話器が、執務机の天板に当たってゴトッと大きな音を立てた。執務室にいた全員の目が雷ちゃんに集まる。けれど、雷ちゃんはそれに気づいてもいないかのように、呆然と呟いた。 「……司令官、……が?」と。

2016-05-07 03:38:26